【インタビュー】是枝裕和監督 赤ちゃんポストがあるべき形とは…「映画の中でそのヒントを描きたい」

2022年6月20日(月)11時30分 シネマカフェ

是枝裕和監督『ベイビー・ブローカー』撮影:斉藤美春

写真を拡大

是枝裕和監督の最新作『ベイビー・ブローカー』が、第75回カンヌ国際映画祭で最優秀男優賞(ソン・ガンホ)とエキュメニカル審査員賞を受賞した。

本作は、赤ん坊を匿名で預けられる“赤ちゃんポスト”を題材にした物語。預けられた赤ん坊を非合法に売るブローカーのサンヒョン(ソン・ガンホ)とその相棒ドンス(カン・ドンウォン)、赤ちゃんポストに子どもを預けた母親ソヨン(イ・ジウン)の3人が織りなす旅路を描く。また、『空気人形』ほか是枝監督の信頼も厚いペ・ドゥナが、3人を追う刑事スジンに扮している。

シネマカフェでは、是枝監督にインタビューを実施。企画開発の過程や、ソン・ガンホやペ・ドゥナとのエピソードについて語っていただいた。

「赤ちゃんポスト」と「善意を悪用する」というアイデア

——『そして父になる』の制作に際し、リサーチを進める中で日本の赤ちゃんポストである熊本市の“こうのとりのゆりかご”について書かれた書籍と出合ったそうですね。

2016年に「ゆりかご」というタイトルのプロット(作品の概要を数枚にまとめたもの)を書いた時点で、「神父の格好をして出てきたソン・ガンホがすごく善人のふりをしているけど、預かった赤ん坊を裏でお金に換えている」というものがあって。まずそこを思いついちゃったんです。

ひょっとしたらがっかりされてしまう目線かもしれないけど、社会的なテーマが先にあったというより「色々な善意で成り立っている赤ちゃんポストというものを裏切って利用する人たちの話にしよう。ソン・ガンホがこんな役をやっていたら面白い」がまずありました。

もちろん『そして父になる』をやったときに、日本では養子縁組や里親制度がなんで進まないんだろうという問題意識を持っていたし、その時点で“こうのとりのゆりかご”について書かれた本を読んで「赤ちゃんポスト」という題材に非常に惹かれたのは間違いないけど、「善意を悪用する」というある種の不謹慎なアイデアも同時に持っていて。

——是枝監督はこれまで様々な家族の形を描いてきたように感じています。血縁関係ではなくつながっている人々であったり、経済的な格差であったりと『ベイビー・ブローカー』は『万引き家族』と共通する点も多いですね。

『そして父になる』から枝分かれして、『万引き家族』と『ベイビー・ブローカー』は同時期にプロットを書いているんです。そういった意味でも、この2作は兄弟という感じがしますね。

——『誰も知らない』から『ベイビー・ブローカー』に至るまで、日常と“事件”が地続きにある物語が是枝監督の作品のひとつの特徴とも感じます。

なるほど。自分ではあまり分析して見ていないですね。逆に言うと、意識していないのにそういった共通点があるのはもうちょっと本質的なところなのかもしれない。



同志、友人であるペ・ドゥナとは「共有できる部分がとても多い」

——ペ・ドゥナさんは、本作のプロット段階でお読みになっていたと伺いました。

そうですね。たまたま彼女が東京に遊びに来ていて、表参道で会ったときにプロットを渡したのが最初かな。

——『空気人形』の頃からペ・ドゥナさんとの親交が続いているかと思いますが、改めて是枝監督にとってペ・ドゥナさんはどういった存在でしょうか。

こんなことを言うと彼女のファンに怒られるかもしれないけど、考えていることがお互いにすごくよくわかるんです。嫌だと思うものや好きなものが似ていて。

言葉で表現するのが難しいし「韓国人」「日本人」といった大きな文脈で語りたくはないんだけど、物言いがイエスかノーかはっきりしている中で、彼女は非常にあいまいな部分を大事にする人。言葉と気持ちが裏腹な状態ってあるじゃないですか。そういったところがすごく繊細だから、一緒にいて腹の探り合いをしなくて済むんです。それは友人としてもそうだし、監督と役者という関係性でもそう。一番の同志であると同時に友人でもあるから、彼女が役者として何を考えているのかとか、どういう役にやりがいを感じるかとかも含めて共有できる部分がとても多い。彼女が現場にいるだけですごく安心します。

役者としての表現力は言わずもがなですが、今回は大半が車の中のシーンであるにも関わらず非常に繊細な役が含んでいる様々な感情の揺らぎを表現してくれました。もちろんその表現力を前提に書いている役ではあるけれど、この作品の重層性を支えてくれたのは彼女の存在です。

もちろん単純なことが悪いわけじゃないけど、『ベイビー・ブローカー』は赤ちゃんを売りに行くブローカーの話だけではなくて、もう一つ別の物語が同時進行している。“疑似家族”を見つめるスジン(ペ・ドゥナ)の目線の変化が、この物語を見ていく観客の目線の変化につながっていく。それをできたとしたら、彼女だからこそだと思います。

——おっしゃる通り、ペ・ドゥナさんが演じるスジンが一緒に並走してくれる感覚がありました。本作だと、スジンが食事するシーンが多く盛り込まれていますよね。こだわりや意図があったのでしょうか。

彼女は、何かをしながらセリフを言うのがとても上手なんですよ。上手く食べながらセリフはきちんとクリアに言うことって、本当に難しいんです。しかも言葉の意味だけではなく、ニュアンスまで伝わるように演じてくれて、とにかく技術が高い。だから遠慮なく食べてもらいました。



「どうしたら母親が子どもを捨てずに済むのか」そのヒントを描く

——ソン・ガンホさんは、日々の編集をご覧になって「7テイク目より4テイク目の芝居のほうがいいはず」といった提案もされたそうですね。

あれはびっくりしましたね。まず、全部が頭に入っているのがすごい。彼は現場に早めに入って「昨日撮っていたシーンを繋いでいたら見せてほしい」と自分から編集担当のところに来て、ヘッドフォンをつけて確認していて。そのあと僕のところに来て「昨日のシーンはとても素晴らしかったし良い編集だったけど、自分のシーンはいま監督が使っているものよりももしかするとこっちのほうがいいかもしれないからもう一度だけ比べてみてほしい」みたいなことを必ず言い残す。そんな俳優は初めてでした。

——すごいですね…。脚本についても伺いたいのですが、是枝さんは現場で改稿や差し込みをされるかと思います。今回は日本語で書いて、韓国語に翻訳し、キャストやスタッフに渡す形で行われたのでしょうか。

そうですね。翻訳者が間に挟まるので当日に渡すのはなかなか大変だから、余裕を追って出すようにはしていましたが、今回はそこまで改稿はなかったと記憶しています。

今回は、「各登場人物がソウルに着いてからの流れは途中まで撮ってから決めます」と伝えて、答えを出さずに撮影を始めました。だから1か月くらいはその先のストーリーラインを出さなかったんですよね。現場やお芝居を見ながら「最後はどうなるんだろう」と考えて書き直すことを繰り返してなんとか着地したという形です。サンヒョン(ソン・ガンホ)のラストについても、色々なパターンを考えました。

——先ほどのソン・ガンホさんのお話含め、ある種のライブ感がある現場だったのですね。一方、冒頭のお話にあった通り、入念な取材を経たうえで撮影に挑むのが是枝監督のスタイルかと思います。

現場のライブ感を大事にするためは、一方で入念な下調べをしておかないとジャッジができない。むしろ両方ないと絶対ダメなんです。色々なリサーチを行うことで自分の中にストックが生まれて、それがあるから臨機応変に様々な方向に振ることができる。

——ちなみに今回、映画的に参考にしたものはあったのでしょうか。

ジョン・フォード監督の『三人の名付親』ですね。強盗3人が赤ん坊を抱えて砂漠をさまよう作品なんですが、悪人が善をなしてしまうところなど参考にしています。

——いまのお話にも通じるかもしれませんが、『ベイビー・ブローカー』を拝見して“共助”を感じました。悪人が善意を持つところもそうですし、コミュニティで子どもを見守るという部分、また張り込みをしているスジンに夫が差し入れをするといった描写からも、共にサポートしあって生きていく希望のようなものを抱いて。

その辺りは大事にしようと思っていた部分なので、わかってくれてうれしいです。

もちろんソン・ガンホさんが演じたサンヒョンは悪い奴だけど、イ・ジウンさん演じるソヨンにとってみればセーフティネットでもある。劇中にソヨンが「もうちょっと早く出会えていたら」と言いかけるシーンがあるけど、本来ベイビー・ボックス(赤ちゃんポスト)があるべき形とは何だろうか、という問いかけも兼ねていて。

つまり、どうしたら母親が子どもを捨てずに済むのか。映画の中でそのヒントは描きたいなと思っていました。

シネマカフェ

「赤ちゃんポスト」をもっと詳しく

「赤ちゃんポスト」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ