『モンテ・クリスト伯』で発揮 ディーン・フジオカの摩訶不思議な存在感

6月20日(水)6時25分 クランクイン!

『モンテ・クリスト伯』でドラマ初主演を務めたディーン・フジオカ クランクイン!

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 先日最終回を迎えたドラマ『モンテ・クリスト伯—華麗なる復讐—』(フジテレビ系)は、何とも不思議な作品だった。原作はアレクサンドル・デュマ・ペールの誰もが知る名作小説であり、日本でもこれまで舞台化、アニメ化されている。しかし、ディーン・フジオカ主演で連続ドラマ化の報に、“トンデモ展開のネタドラマ”になりそうな予感がしていた…。 そして放送初回、ディーン演じる柴門暖と、山本美月演じる目黒すみれの、結婚式用DVD映像で始まるオープニングは衝撃だった。牧歌的で明るく能天気な光景とハイテンション、そこから急転直下の不運の連続、冤罪とむごい拷問。「巌窟王って、こんな作品だっけ?」…1話を観て呆気にとられ、「ついていけない」と感じた視聴者も多かったのか、初回視聴率は5.1%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。さらに、データニュース社「テレビウォッチャー」調査による「満足度調査」も初回は3.44%と芳しくなかった。

 しかし、暖の復讐劇が幕をあける第3話以降、視聴率は上下しつつも次第に上昇。「満足度」はそれ以上にぐんぐん上昇していった。脱獄に成功し、別人“モンテ・クリスト・真海”になったうさんくさいルックスも、自分を裏切った復讐のターゲット=かつての友人たちが誰も暖だと気づかない違和感も、次第に気にならなくなってくる。そして最終回では、初回のオープニングで登場した、結婚式用DVDの能天気で明るすぎる映像の“違和感”を回収する。

 “最後の晩さん会”に復讐のターゲットたちを招待し、映像を見せながら「幸せそうですねえ、すみれさん」「この映像は南条さんが作ったんですよね。親友だったんですもんねえ」「神楽さん、踊ってる。ダンスはちゃんと練習しないと」などと感想を漏らしたうえで、自身・柴門暖の過去の姿を見て言うのだ。「誰ですかぁ、この頭の悪そうな男は? こういう人間にだけはなりたくないなあ。他人に騙されるのが目に見えている」。 運命のいたずらに翻弄された人生の落差を最大限に表現する役目を担っていた能天気な映像。そして、作品全体に漂う不思議さやうさんくささが、物語からリアリティを徹底的に排除しつつも、不思議な説得力を持たせている。そこには、ディーン・フジオカという人の摩訶不思議な存在感、浮世離れ感が大いに機能しているはずだ。

 この役を演じられるのはディーンだけ。さらに言えば、この人なしではドラマ化は成立しなかったな、とも感じる。

 どこにいても浮き立つ、異質な存在感。当時、まだ知名度の低かった彼が、連続テレビ小説『あさが来た』(NHKほか)で五代友厚役として脚本家・大森美香に抜擢されたのも、まさにこの理由からだった。ディーンに対して、親近感はまるで湧かないし、共感もできない。生活感もリアリティも感じないし、心の機微もよく分からない。しかし、上品にぶっ飛んでいて、観る者を圧倒し、ワクワク感を与えてくれる。これってフィクションにおいて、非常に重要なことではないだろうか。

 ディーンを真ん中に据え、今作の新井浩文や、高杉真宙、岸井ゆきのなどのように脇に達者な役者を置けば、大掛かりなセットなど必要なく、時代や国、様々なものを軽く超越するスケールの大きなエンタメ作品が作れる気もする。ありきたりな日常を一足飛びに超え、常識を瞬時にぶち壊すスケールの大きさが、ディーン・フジオカにはある。この存在感を生かせば、古今東西の名作の数々や、昔懐かしいアニメや童話、あるいはSFなども映像化できるかもしれない。ドラマ界の新たな鉱脈として、ディーン・フジオカの浮世離れ力にあらためて期待したい。(文/田幸和歌子)

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