ザ・スパイダース 紅白に出られなかった理由は「髪の長さ」

6月21日(金)7時0分 NEWSポストセブン

「夕陽が泣いている」は120万枚を超える大ヒット

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 1960年代後半から1970年代前半にかけて一世を風靡したグループ・サウンズ(GS)。1961年に結成されたザ・スパイダースはGSの草分け的存在であり、多くのファンの心をつかみレコードはヒットしたが、NHK紅白歌合戦には出られなかった。その理由を元メンバーでベース担当の加藤充氏が明かした。


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 あの頃は「寝て起きたらファンが倍になる」日々でした。『夕陽が泣いている』(1966年)を出してから海外に行ったら、その間に日本で人気に火が付いていて、帰国したら羽田空港が大変な騒ぎになっていたこともありました。メンバーだけは目立たないように後ろから出ることになっていたのに、自分だけ知らされてなくて前から出ちゃって、メンバーに怒られましたね。


 そうそう、タイガースの5人がまだファニーズと名乗っていた頃は、メンバー全員がスパイダースのファンクラブに入っていたんです。大阪のイベントの時には、皆揃って客席に座っていましたね。終わってからサインや握手もしましたよ。


 曲が売れても紅白歌合戦には出られませんでした。当時のNHKの前田義徳会長が「髪の長いのは不良だ」って言って。だから年末にはヨーロッパに行って、色んなグループと一緒になりました。特にスペンサー・デイビス・グループとは仲良くなって、僕らが日本から持っていったヤマハの楽器を、ヤマハに了解を得て、帰りにプレゼントしたこともあります。


 海外にはよく行きましたね。映画のロケで、当時はまだ日本人が容易に行けなかったバリ島にも行きましたよ。『スパイダースのバリ島珍道中』っていう作品。大勢出てくれた現地人のエキストラのギャラが煙草1本だったって後で聞かされてビックリしましたね。ヴィレッジ・シンガーズの笹井(一臣)君のお父さんが日活の映画プロデューサーで、スパイダースの主演映画を何本も作ってくれました。


 スパイダースが解散して、最終的には自分だけが芸能音楽界から離れてしまいましたけど、今にして思えばスパイダース時代は幸せでしたよ。あれだけの素晴らしいメンバーと好きなことをやれたわけですから。特にマチャアキ(堺正章)と(井上)順ちゃんが、2人していつも場の雰囲気を明るくしてくれたのを今でも思い出しますね。


 最近は、「カッペちゃんオールスターズ」でスパイダースの2代目ドラマー前田(富雄)と年2回演奏しています。お陰様で最近は昔のGSメンバー達の寄り合いコンサートにも出させてもらっています。スパイダース時代は齢をサバ読んでいて、今年85になりました。周りからは「日本最高齢ロック・ベーシスト」だの「GS界の人間国宝」だのと言われて冷やかされてますよ(笑い)。


【ザ・スパイダース】1961年に結成され、田辺昭知、かまやつひろし、大野克夫、加藤充、井上孝之、堺正章、井上順の7人のラインナップとなる。自作自演バンドのハシリであり、GSの草分け的存在。GS界にミリタリー・ルックのファッションを定着させたのも彼らである。代表曲は『フリフリ』『夕陽が泣いている』『あの時君は若かった』など。


※週刊ポスト2019年6月28日号

NEWSポストセブン

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