「志村けんロス」は3カ月経ってもやまない…代役が沢田研二しかない理由

6月25日(木)7時0分 文春オンライン

 新型コロナウイルスによる肺炎で、志村けんさん(当時70)が亡くなってから、間もなく3カ月が経つ。「志村ロス」がやまないなか、代役として映画『キネマの神様』に主演することが決まっている沢田研二は72歳の誕生日を迎えた。2歳違いの二人は“加トちゃんケンちゃん”“志村と田代まさし”と並ぶ名コンビだったという。隠された「共通点」とは、いったい何だったのか。



志村けんさん ©文藝春秋


◆ ◆ ◆


「エール」で見せた微細かつ複雑な演技


 睨むような視線を送り、冷たい一瞥を投げ、怒鳴って机を叩く……。


「エール」で“笑い”を完全封印し、凄まじい威圧感を放ちながら日本作曲界の大重鎮である小山田耕三を演じた志村けん。“これまで見たことのない志村”の数々に圧倒させられたが、第48話(6月3日放送)でも唸らせられた。


 古山裕一(窪田正孝)が作曲を手掛けるも売れていない「船頭可愛いや」のレコードを聴いた世界的オペラ歌手・双浦環(柴咲コウ)は、西洋音楽を下敷きにしながら親しみやすい流行歌に仕上げている裕一の才能に感嘆。彼の音楽を世の人々に届けるためにもと自分で再レコーディングしたいと願うが、所属するコロンブスレコード内でも圧倒的権限を誇る小山田耕三が止めにかかる。


 環は彼の部屋に乗り込み、反対する理由を問い詰めて「その目。私、その目を見たことがあります。ドイツにいた頃、先生と同じ目をした芸術家たちをたくさん見ました。彼らはみんな、自分の立場を脅かす新しい才能に敏感です」と言い放つ。「フッ、バカバカしい……」と返すも、痛いところをクリティカルヒットされてわずかにキョドる小山田=志村。


「8時だョ!全員集合」「ドリフ大爆笑」「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」「志村けんのだいじょうぶだぁ」などで40年近く志村にまみれてきたうえに、「エール」撮影時に彼が語っていた「いつもの志村けんらしくない、こんなこともやりますよってところを見てもらえれば、うれしいね」「でも、ついつい何かしたくなっちゃう」というコメントも聞かされている身としては、同じフレームに柴咲コウと志村が収まっていると「私ってダメな女ね…」と柴咲が言い出して夫婦コント(「8時だョ!全員集合」)でもおっ始まるんじゃないかと思ったりもしたが、やっぱりそんなことはなし。


 裕一の才能に嫉妬を覚えていることを年下の女に突かれた驚き、恥ずかしさ、怒り、それでも保とうとする威厳を同居させた表情は“おっかない志村”で通してきたこれまでの「エール」では一切見せなかった微細かつ複雑なもので、演技派俳優としてのフェーズ移行が完了していたのだなと感じた。


「そうだよ、ジュリーがいたじゃないか!」


 そして彼の存在はもちろん、俳優としての非凡な才能までも失ったこと、山田洋次監督とのタッグを組むはずだった主演映画『キネマの神様』でそれを発揮できなくなった悲しみ、悔しさ、寂しさに襲われる。「エール」第25話(5月1日放送)、第28話(5月6日放送)、第34話(5月14日放送)……と、志村の出演回を見るたび、回を重ねるごとにその想いは増幅する一方だった。ましてや、こちらは東村山在住者だけにどうしたって志村の顔が頭に浮かんでしまうのだからたまらない。


 そんななかでハッとしてグッときた唯一の出来事が、『キネマの神様』の主演を志村に代わって沢田研二が務めるというニュースだった。当初は「志村の代わりなんていない。代役なんか立てて撮ったりしないでくれよ」と考えていたが、沢田研二登板の報には「そうだよ、ジュリーがいたじゃないか!」と大納得&大満足でバシバシと膝を打った。ひとまず山田洋次監督の“わかっている”采配に感謝せねばと、松竹の本社がある東銀座に向かって深々と頭を下げた。


志村とジュリーの“鏡コント”


 志村とジュリー。世代によっては縁もゆかりもないコンビに思えるかもしれないが、40代後半以降の者にとっては切っても切り離せない間柄で、“加トちゃんケンちゃん”“志村と田代”と並ぶ名コンビなのだ。「サムライ」「ダーリング」「カサブランカ・ダンディ」「TOKIO」といったヒット曲を連発させながら、「8時だョ!全員集合」「ドリフ大爆笑」で志村の付き人に扮する“付き人コント”や志村を妻に迎える“夫婦コント”、さらには加藤茶とのトリオで“ヒゲダンス”をノリノリでやってくれるジュリーは、カッコいいのに面白いスーパースターだったのだ。で、このふたりといえば“鏡コント”に尽きるだろう。



 舞台は楽屋。ジュリー扮するスター(志村がスターに扮するバージョンもあり)が大きな鏡の前を通ると、同じ格好をした志村が鏡の向こうに現れる。お互いに「ウン?」という顔をしてから、ラジオ体操をしたり、ボールをバウンドさせたり、傘を開いたりするが、鏡の向こうの志村は動作がズレていたり、ボールがぜんぜん弾まなかったり、なんだかおかしい。容姿も似ている気もするが、よく見ると志村はジュリーとは手足の長さも違うし、どう考えても顔の造作が違うというわけで観ているこちらは大爆笑という内容。


 このコントのおかげで志村とジュリーは“似てないようで、やっぱり似ている”コンビとして我々の心に刻まれているし、ふたりが鏡を挟んで今回の再キャスティングを「まかせたよ」「まかせとけ」と言い合っているような気にもなってジ〜ンとしてしまうのである。


大名優でもあるジュリー


 もうひとつ言うならば、ジュリーは大名優でもある。三億円事件の犯人を演じた「悪魔のようなあいつ」(75)、原爆を作って日本政府を脅迫する『太陽を盗んだ男』(79)、天草四郎となって真田広之との妖しいキス・シーンを見せつけた『魔界転生』(81)など、日本映画&テレビドラマ史に残る名作に主演。


 タッグを組んだ監督も藤田敏八(『炎の肖像』(74)、『リボルバー』(88))、長谷川和彦(『太陽を盗んだ男』)、深作欣二(『魔界転生』)、森田芳光(『ときめきに死す』(84))、鈴木清順(『カポネ大いに泣く』(85)、『夢二』(91))と名匠ばかりで、山田洋次監督とは『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』(82)ですでに手合わせ済みで、あの大島渚からは『戦場のメリークリスマス』(83)で坂本龍一が演じたヨノイ大尉役を熱望されていたほど(ツアーがあったために実現ならず)。ホラー『ヒルコ 妖怪ハンター』(91)やミュージカル・コメディ『カタクリ家の幸福』(01)でも主演を張っており、存在感を薄めることなくどんなジャンルでもハマることができる“振り幅”の大きさも半端ではない。


 また、妻の田中裕子と夫婦漫才師を演じた『大阪物語』(99)では年下の女性を妊娠させて家から追い出されるもなに食わぬ顔で数軒先に新居を構える男、『幸福のスイッチ』(06)では田舎町の小さな電器屋の主人といった具合にダメなオヤジも普通のオヤジも演じ、それぞれでシンミリとさせてくれた。


『キネマの神様』でジュリーが演じる主人公のゴウは、ギャンブル中毒で家族に見放されているダメなオヤジという設定。まったくもって不足のないキャスティングだ。


共通するプライドとストイックさ


 さらに、2004年と2018年のライブ公演で“観客数が見込みより少ない”という理由でライブ公演をキャンセルし、単なる困ったオヤジのような扱いで報道されたことも踏まえての起用であるならば、改めて山田洋次監督の采配には頭が下がる。


 でもこの公演キャンセルに関しては、「客席がスカスカの状態でやるのは酷。僕にも意地がある」という当時のコメント(2018年10月)から、稀代のスターの活躍を知る者としてアーティストのプライドとストイックさを感じて妙に嬉しかったし、ああいった報道になんだか違和感を覚えた。


 志村も笑いに妥協することがなかったし、「エール」の収録ではボロボロになるまで台本を読み込むなどストイックな姿勢で臨んでいたと報道されていた。そんな意味でも志村とジュリーは似てないようで、やっぱり似ているふたりだったし、志村の代わりを務められるのはジュリーしかいないのだ。


(平田 裕介)

文春オンライン

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