元南極調理隊員が明かす、ゴミを減らす方法など南極サバイブ術

6月25日(月)16時0分 NEWSポストセブン

元南極調理隊員が明かす南極生活(写真/アフロ)

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 女性セブンの名物記者・オバ記者こと野原広子(61才)が、南極隊員30人の胃袋をつかんできた調理人・渡貫淳子さん(44才)に南極生活の話を聞いた。


 渡貫さんは、2015年に第57次南極地域観測隊の調理隊員となり2017年春に帰国。南極料理レシピを公開したり、料理教室の講師をしたり、企業の商品開発をするなど、幅広く活動している。調理師の夫とエンジニアの息子の3人家族だ。知られざる南極隊の様子について、渡貫さんはこう語る。


 * * *

 観測隊員の構成は、調理師と医師が2人ずつで、あとは通信・車両・環境保全等の各専門分野を1人ずつが担当している。1人だけで任務がまかなえるわけはないから、当然、ほかの隊員の応援が必要となるときが山ほどある。


 私の相方となった長谷川雄一さん(43才)は、2回目の赴任。その経験値から、“調理は1人でする”というシフトを提案されました。調理師は厨房にだけ縛り付けられるのではなく、ほかの仕事もするというもの。1年4か月、限られた空間内で、限られたメンバーで過酷な任務をこなすためには、そうしてバランスを取りながら生活するのがメンタルをうまく保つ最善策、と相方は考えていたのです。


 そうはいっても、3食・30人分を1人で作る日はキツイですよ。朝4時起床。5時からパンを焼き、7時から朝食。片付け後にミーティング。昼の仕込み、昼食、片付け、夜の仕込み、夕食、片付け、ミーティング。翌朝の準備をしてから、お風呂とヨガをはさみ、最後に翌朝の冷凍パンを冷凍庫から出して就寝——かなりの長時間労働です。


 その間に、サロンのソファで2回、30分ずつ仮眠をとって、日が沈まない白夜は、夜通し働いている人のために深夜、夜食を作りました。


 ヨガは最初は、DVDに合わせてサロンでやっていたけど、だんだんと参加者が増えてきた。マイナス30℃を下回ったある日、「外でしない?」とその仲間を誘ったら、つきあってくれた。


 だけど、これが大失敗。四角い板状にマットを広げたとたん、パリッパリッに凍って、乗ったらすぐに砕け散りそう。早々に退散しました(笑い)。


 調理隊の試験に挑んだのは3度目。5年目にしてやっと合格しました。1、2回目は、受けました、落ちましたと、そのたびに家族に報告したけど、夫や息子からの感想は特になし。 でも、ふつうに考えて、主婦が1年以上、家を空けようというんだから、家族は迷惑でしかないでしょう。



 出発の日は、空港までの見送りはなかったけど、当時高校生だった息子は、私が出がけに「はいっ」って両手を広げたら、「ふんっ」と言いながらハグしてくれたの。「母ちゃん、頑張ってこい」という意味だったのかな? あッ、この話はダメ。泣いちゃう。


 日が沈まない夏に、1年分の建築作業を終わらせなくちゃならないから、隊員総出。調理人もドクターも研究者も、トラックの荷台に乗って工事現場に連れていかれ、土木作業をするんです。


 私が手伝ったのは風力発電所で、現場監督の指示に従い、木枠を組み、鉄筋を巻いたところに、生コンを流す。他にも建築作業は驚くほど多いんです。冬は冬で、雪上車で昭和基地から離れ、車の中で寝起きして屋外作業。冷凍庫で作業する人がしている手袋が手放せなくなりました。


 屋外のトイレの便座の下は缶。用を足した人は、次の人のためにシートを1枚かけます。


「そんなところじゃ、出ない」なんて言っていたら、南極では生きていけません。


 そんな環境で、人は何が食べたいかというと、結局はふつうの“がっつりご飯”なんですよね。朝はパンもご飯も食べられるブッフェ。昼はラーメンなどの麺類か、カツ丼、牛丼。夜は焼肉定食とかさばみそ煮定食とか。


 でも、調理師はおいしい料理を出すのは当たり前で、さらに考慮しなければいけないのが、“ゴミを極限まで少なくする”こと。南極のゴミは、すべて乾燥させて燃やして、ドラム缶に詰めて日本に持ち帰らなくちゃならないんです。


 だからビーフシチューのかたまり肉が残れば、フードプロセッサーにかけて、ミートソースに入れる。フルーツ缶詰は、凍らせて出し、汁はヨーグルトと混ぜてラッシーにしたり、カレーライスの風味づけにしたりして、なんとしてでも食べさせちゃう。


 ラーメンの汁も張れないの。私が「生ゴミに出したくないから、飲み干せ」と言ったらパワハラになるから、リクエストに応じてスープの量を増減しました。


※女性セブン2018年7月5日号

NEWSポストセブン

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