小林幸子を「どん底」から救ってくれた北島三郎の言葉

6月29日(土)16時0分 NEWSポストセブン

「どん底」を味わった小林幸子を救った一言とは

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 事務所の「お家騒動」によってマスコミから大バッシングされ、一時はテレビ出演どころか新曲も出せない窮地に陥った小林幸子(65)。そんな「どん底」から復活した小林の胸に響いたのは、サブちゃんこと北島三郎の言葉だった。小林幸子の短期集通連載の第4回は、苦境を脱して初めて気付いたことについて、総括する。


 * * *

 振り返ってみると、人生、本当にいい時ばかりじゃありませんよね。でも、辛いことのほうが多かったかと聞かれれば、絶対にそうではありません。


 もちろん、泣きたいこともありました。でもそんな中にも、楽しいことは必ずあるものなんです。逆に言えば、周りから幸せそうに見えていたって、当の本人には辛いことだってある。皆さんもそうじゃないでしょうか。


 10年近く前の事務所トラブルの時も、「辛くなかった」と言えば、正直、嘘になります。スタッフの退社をめぐり、一時、マスコミから激しいバッシングを受けるなど、ちょっとした騒動になりました。


 マスコミの風当たりは強く、所属していたレコード会社からの新曲リリースも保留となりました。「CDを出せない」というのは、歌手にとって死亡宣告を受けたようなものですから、その時は絶望のどん底。にっちもさっちもいかなくなりました。


 それでも、さだ兄(さだまさし)に新曲を作ってもらったり、インディーズレーベルを立ち上げたりと、何とかこの窮地を脱することができました。


◆人生の寄り道や道草は決して無駄じゃない


 2011年の出場を最後に、紅白からも遠ざかっていたのですが、2015年に『千本桜』で特別出演を果たします。4年振りのことでした。


 その時、オヤジさんから(北島三郎さんのことをこう呼ばせてもらっているのですが)こう言われたんです。


「なあ、幸子。いろんなことがあったけど、この3年間は道草してたと思え。道草ってなあ、楽しいぞ」


 本当にそうだよなァ。オヤジさんの言葉は、胸に染みました。『おもいで酒』が200万枚を超えるヒットになって以降、私は舗装された高速道路を無自覚に走ってきました。そしてここから見える風景だけがすべてだと思っていました。


 でも、突然、高速道路から降りることを余儀なくされてしまい、私は未舗装のデコボコ道を進まざるを得なくなりました。ハンドルを握るのも大変。寄り道に回り道、時間もかかります。


 ところが、ふと冷静になって周囲の風景を眺めてみると、これが素敵なんです。えっ、こんな美しい場所があったの? と、この年になって知った。


 高速道路を降りなければ気づかなかったことです。たしかにお膳立てされた高速道路は走りやすいし、時間もかからないけれど、目に入る景色はいつも一緒。安定しているけれど、驚きはありません。


 下の道は、デコボコだけれど、驚きの連続でした。そして何より、「自分で切り拓いていく」という面白さがありました。しかも、この寄り道のおかげで、私はたくさんの人に出会えたし、たくさんの経験ができた。オヤジさんはわかっていた。人生の寄り道や道草が、決して無駄じゃないことを。


「ひとつ、いつもと違う角を曲がればそれはもう旅の始まり」。これは尊敬する永六輔さんの言葉。ようやく、この言葉の意味を実感しています。


 高速道路を走っていれば、角はありません。高速を降りたことで、私は初めて角を見つけた。角を自由に曲がる面白さを発見した。で、曲がってみる。寄り道です。でもここから新しい旅が始まる。これってワクワクしません?


※小林幸子・著『ラスボスの伝言〜小林幸子の「幸」を招く20のルール』より抜粋

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