プロ人生の危機を乗り越えろ ヤクルト・廣岡大志が味わった“三つの屈辱”

6月30日(日)11時0分 文春オンライン

あの日の廣岡大志は、何を思っていたのか……


(……彼は今、どんな気持ちでいるのだろう?)


 神宮球場のライトスタンドで、僕はそんなことを考えていた。6月24日、交流戦最終戦となった対オリックス・バファローズ戦。2対6で迎えた最終回、この回は五番のルーキー・中山翔太から始まっていた。そして、中山が凡打した後に打席に入ったのは、六番の中村悠平。僕はいつもの習慣で、手にしていた双眼鏡で一塁側ベンチを確認する。


 目に飛び込んできたのは、すでにヘルメットをかぶり、バットを握りながらせわしなく身体を動かしている背番号《36》、廣岡大志の姿だった。7回裏に代打で出場したものの凡打に終わり、そのまま守備に就いていた廣岡は、九番打者としてラインナップに名を連ねていた。9回裏ワンアウト、打席には六番打者。彼まで打順が回るためには、最低でもあと二人が塁に出なければならない。それでも廣岡は、「早く打席に立ちたい」という思いを隠すことなく、ベンチ内でウォーミングアップを始めていたのだ。


 かねてから、廣岡に大きな希望を見出しているからこそ、僕は「ぜひもう一度、彼の打席が見たいな」と切望し、「何とか彼まで回してほしい」と、中村をはじめとする後続の打者に期待した。すると、願いが通じたのか、六番・中村、七番・吉田大成がともにフォアボールを選んだ。これで、ダブルプレーさえなければ九番の廣岡まで回る状況が完成した。


 ここで、八番のマクガフに代わって登場したのが、代打の切り札・荒木貴裕だった。荒木が打席に入ると同時に、待ちかねていたように廣岡がネクストバッターズサークルに勢いよく向かう。荒木がチャンスを拡大すれば、絶好の場面で廣岡に回ってくる。試合は劣勢ではあったけれど、希望と期待がどんどん大きくなっているのを、僕は感じていた。


 しかし、頼みの荒木は三球三振でツーアウトに。それでも僕は、「彼なら、何かをやってくれるはずだ!」という望みを抱きつつ、打席に向かう廣岡の表情を双眼鏡でのぞき込んでいた。……しかし、その瞬間、廣岡よりも先に登場したのは小川淳司監督だった。小川監督は審判に代打を告げたのだ。場内には「廣岡に代わりまして、バッター・西田」のコールが響き渡る。今年の、ここまでの成績を考えたら西田明央を起用するのは、おそらく正しい選択だろう。西田の長打力は本当に魅力的だ。それでも、やっぱり僕は廣岡が見たかった。無限のポテンシャルを感じさせる廣岡が見たかった。


 気合いをみなぎらせながら右打席に向かう西田と、うつむきながらベンチに戻る廣岡がすれ違う。ここまで、まったく結果を残せていないのだから、それは当然のことなのかもしれない。それでも、「廣岡、相当に悔しいだろうな」という思いを、僕は抱かざるを得なかった……。



無限のポテンシャルを感じさせる廣岡大志


今季、廣岡が味わった「三つの屈辱」


 昨年も、今年も、廣岡は開幕スタメンを勝ち取っていた。しかし、昨年はすぐにレギュラーポジションを西浦直亨に奪われた。「今年こそは」の思いで迎えた今シーズンも、やはり西浦がレギュラーを奪い返し、彼が故障で離脱した後も、太田賢吾、奥村展征らがショートを任される試合が続き、廣岡の出番はなかなかなかった。


 今季、廣岡には「三つの屈辱」があったように思う。一番目は4月17日、対阪神タイガース戦。同点で迎えた9回裏、好機で打席に入った廣岡は、ベンチからのスクイズのサインに応えることができず、あえなく三振。サヨナラのチャンスを潰してしまった。試合後には「完全な僕のミス。バントできた球だった」と廣岡は語り、後に小川監督は、「お前を信じてやれなくてすまなかった」と、彼に謝ったという。


 そして二番目は6月4日、札幌ドームで行われた対北海道日本ハムファイターズ戦。10回表、二死一、三塁の場面。マウンドには左投手の堀瑞輝が上がっていた。バッターはプロ3年目の古賀優大。僕は、「当然、代打策だろう」と考え、「廣岡が出てこないかな?」と、淡い期待を抱いていた。このとき、ベンチには右打者では西田もいたし、廣岡もいた。左打者では雄平、宮本丈が控えていた。しかし、ベンチはそのまま古賀を打席に立たせ、結局は得点を挙げることなくチャンスは潰え、チームはその裏にサヨナラ負けを喫した。


 延長戦において捕手を温存することの重要性は理解できるけれど、10回裏からは中村悠平がマスクをかぶり、ショートを守ったのが廣岡だった。試合には出場したものの、この日は廣岡に打席が回ってくることはなかった。仮に代打を出すとしても、この場面では廣岡ではなく、たとえ「左対左」であろうとも、雄平だったかもしれない。豪快な長打が魅力の廣岡ではあるけれど、彼の現在の立ち位置は「レギュラー」どころか、「代打要員」ですらなく、「守備固め」なのだということをまざまざと見せつけられたシーンだった。


 そして、三番目が交流戦最後のオリックス戦での途中交代劇。繰り返しになるけれども、1割に満たない打率であれば、廣岡に代打を出すのはベンチとしては当然の判断だろう。そして、それこそが、現在の廣岡の立ち位置であり、彼が今、直面しているチーム内でのポジションなのだろう。僕はただ、往生際悪く、その現実を直視することを認めたくないだけなのかもしれない。



プロ入り以来、最大の危機を乗り越えろ


 かつて、ヤクルトに在籍していた今浪隆博さんは、現役最終年の「ファン感謝デー」において、ファンに引退のあいさつをする際に「引退の理由は廣岡に押し出されたからです」と語っていた。半ば冗談気味ではあったものの、後にその真意を尋ねると、今浪さんはこう語った。


「あれは、あの発言のままです。廣岡ってスケールが大きいというか、並みの選手ではないですよ、ポテンシャルが。それに、そこそこ顔がいい。スタイルがいい。プレーしている姿がカッコいい。ファンの人に応援される要素を持っているんです。これはとても重要なことです。そういったいろんなものを兼ね備えている選手。それが廣岡なんです」


 べた褒めだった。プロが認めるほどの潜在能力を秘めた選手、それが廣岡大志だった。しかし、プロ4年目を迎えた今年、廣岡はあえぎ続けている。開幕以来、41打席無安打という不名誉な記録を作り、6月14日の対埼玉西武ライオンズ戦でようやく今季初ヒットを放ったものの、いまだ打率は1割に満たない状態が続いている。プロ4年目にして、最大の苦境に立たされていると言っても過言ではないだろう。


 智弁学園高校の1年先輩である巨人・岡本和真はプロ4年目の昨年、大ブレイクを果たした。だからこそ僕は「今年は廣岡の番だ」という願望とともに、今シーズンに期待していた。京セラドーム大阪で始まった今年のペナントレース。廣岡は開幕スタメンに、その名を連ねていた。僕は翌日の試合前に、大阪にある廣岡の実家「廣岡精肉店」に向かった。名物のコロッケやメンチカツを食べつつ、廣岡の活躍を期待したいと考えたからだ。


 話題のコロッケやメンチカツは本当においしかった。そして、その店頭には、訪れるファンのために「廣岡大志 応援ノート」が置いてあった。そこに書かれている多くのファンの期待と激励コメントを見ながら、僕もまたメッセージを添えた。


「飛躍の4年目! 今年も期待しています!」


 スタートダッシュには大きく躓いた。けれども、シーズンはまだ続く。ノートに書いた僕の思いは、いまだ微塵も変わっていない。まだまだ逆襲のチャンスはあると信じたい。飛躍の4年目を迎えた廣岡大志に、それでも僕は期待している。



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(長谷川 晶一)

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