三嶋一輝の3イニング……ベイスターズ“中継ぎの投げすぎ問題”を気に病む王様の話

7月6日(土)11時0分 文春オンライン

 昔々あるところに、ひとりの王様がいました。


 王様は野球が大好きでした。国の仕事はそっちのけで、来る日も来る日も野球ばかり見ていました。中でも王様は先発投手がマウンドを降りた後に登場する、中継ぎと呼ばれるピッチャーが大好きでした。先発では活躍できなかった投手が、中継ぎに適性を見出し輝き出すのを見て感動しました。ビハインドで投げることが多かったピッチャーが、決め球を磨き大事な7回、8回を任されることを我が事のように喜びました。いつお呼びがかかるかわからないから、常に緊張感をもって準備を整える中継ぎ投手。その姿になぜか共感する王様を見て、家来たちは「王様ったら、めんどくさい視察や外交はすぐサボるくせに、よく言うよな」「苦労人が好きっていうなら、俺たちの待遇をなんとかしてほしいもんだよ」と陰口を叩くのでした。


「たくさん投げると良くないのではないか……」


 いつものように大好きな野球を見ていた王様、ふととあることに気づきました。「おい、大臣。このピッチャー昨日も一昨日も投げていなかったか?」。すると大臣がパソコンをカタカタと叩き「はい王様。そのようです」。「うむ」。王様は腕組みをしたまま言いました。「おい、大臣。このピッチャーはさっきの回もその前の回も投げて、しかも打たれたではないか。それなのにもう1イニング投げるのか」。すると大臣はまたパソコンをカタカタと叩き「はい王様。そのようです」。「うむ」。


 王様は思い出していました。かつて大好きだった左の中継ぎピッチャーが、勝っていようが負けていようが来る日も来る日も名前をコールされ、そしてついにいなくなってしまったこと。「もしかして、たくさん投げると良くないのではないか……」王様は不安になりました。大好きな投手が出てくるとうれしくて歓声をあげていた自分が、急に悪者のような気がしてきました。背番号17が、うつむき、がっくりと肩を落としながら3イニング目の途中でマウンドを降りる姿を見て、自分でもよくわからない怒りと悲しみがあふれてきました。ひとりプンプン怒る王様を見て、家来たちは「あー王様また不機嫌になった」「3イニングがどうした、俺なんか今日で宿直3日目だぞ」とまたヒソヒソ耳打ちするのでした。


 いつもいつも投げている、あの中継ぎを助けたい。しかし一体どうすればいいのか。王様は国の仕事そっちのけで考えていました。「王様、よろしいでしょうか」。王様がうーんうーんと悩んでいると、大臣のひとりがやってきてこう言いました。「ぜひとも王様のお目にかかりたいという、異国の商人がおります」。「なんだ、今はそれどころじゃない、あとにしてくれ」王様がすげなく答えると、大臣は困ったような顔で「それが、その商人が申すには、野球好きの王様にぜひとも見せたいものがあると」。



いつもいつも投げている、あの中継ぎを助けたい


 野球と聞いては黙っていられない王様、すぐにその異国の商人を呼び寄せました。「王様が今お考えのことを当ててみせましょう。連投多投を強いられている中継ぎ投手をなんとか助けられないものか、そうでしょう?」。王様はびっくりして玉座から滑り落ちました。「私にいい考えがございます」異国の商人は太い眉をじろっと動かして、王様に言いました。「簡単ですよ、投げさせないように、中継ぎ投手を隠してしまえばいいのです」



首筋に冷たい汗が落ちていくのを王様は感じていました


 言葉を失う王様をよそに異国の商人は話を続けます。「王様もご存知でしょう。中継ぎ投手はブルペンからリリーフカーに乗せられてマウンドまでやってきます。ということはあの車があれば、中継ぎ投手をどこへでも連れて行けるということです」。そして「少々お値段は張りますが、いやなに、一国一城の主である王様に不可能はありますまい」。首筋に冷たい汗が落ちていくのを王様は感じていました。


「さて」王様は中庭にポツンと置かれたリリーフカーを触りながらつぶやきました。「どうしたものか」。確かにこの車でブルペンに行けば、中継ぎ投手ならつい乗り込んでしまうだろう。しかし行き先はマウンドではないのだ。お城に連れてきて、どうしよう。まずは温かいお茶だ。お茶を飲ませたらどうする? 疲れているはずだから、大きなお風呂に入ってもらおうか。ごはんは何が食べたいだろう。ふかふかのベッドも用意しておかなきゃ。


 そうだ今日の夜は阪神戦があるではないか。メッセンジャーは打てるのかな。三嶋は投げるだろうか……と思ってハッとした王様。なぜならこれから、その三嶋をリリーフカーで運んでお城に隠してしまおうとしてるのです。「わ、わしは何のためにそんなことを」王様が思わず声に出すと「彼らの幸せのためです」いつのまにか後ろに立っていた異国の商人が言いました。「彼らは状況に応じて、多少無理を押しても投げなければならない」「その無理が選手寿命を削ることになっても」「だから王様は三嶋を隠すんでしょう」。また王様の首筋に冷たい汗がスーッと流れ落ちました。


リリーフカーに乗ってみて王様は気づきました


 王様は一生懸命考えました。そうだ、選手には出来るだけ長く活躍してほしい。それが彼らの幸せのはずだ。でも待てよ、どうして彼らは投げるのだろう。求められるから、投げるんじゃないのか。チームが勝つために、この場面を任せられるピッチャーが彼しかいないから。それは選手にとって、この上ない喜びなんじゃなかろうか。あまり考えることが好きではない王様ですが、この時ばかりは頭の中が混乱していました。「さぁ早く乗ってください」「ハマスタまで私が運転しましょう」異国の商人は太い眉をじろっと動かしました。


 リリーフカーの後部座席、一段高くなった青いシートはふかふかで、背中には白い星の模様がありました。不思議なことにそこに座ると、見慣れたはずの中庭が全く違って見えてきました。大きな声が聞こえてきます。スタンドを埋めつくさんばかりの人、人、人。パリンガシャーンとガラスが割れる音がしたかと思えば、その満員の人たちが一斉に「みしまぁぁ」と叫んでいました。ゆっくりとまっすぐ、滑るように一塁線を走るリリーフカー。みんなが待ってる、あの糸を引くようなストレートを待ってる。


「待ってくれ」王様は叫んでいました。「間違っていた」「何がです?」「わしは、わしは」異国の商人の太い眉を見ないようにして、王様は言いました。「ファンだ」。「もちろん、王様はファンです。正しいファンです。現に酷使される中継ぎを救おうとしています」異国の商人は諭すように言いました。「いや」「ファンに、正しいも正しくないも、ない」。王様は気づいたのです。勝つためには多少の犠牲は仕方ないと思う傲慢さと、勝ち負けよりも好きな選手をずっと見ていたいと思う甘さと、自分の尺度で選手の幸せまで推し量ってしまう身勝手さ。それらがいつも自分の中でせめぎあっている。答えは出ない。出ないからこそ、ずっと応援していられる、そのことに。


 王様は黙ってリリーフカーを降りました。異国の商人は太い眉をじろっと動かしながら走り去り、やがて彼方へと消えて行きました。遠くで「やっちゃえ」と聞こえたような。


「おい、大臣。このピッチャー昨日も一昨日も投げていなかったか?」「そのようです」「おい、大臣。キャッチボールしてるではないか。跨がせるつもりか!」「そのようです」。王様は相変わらず仕事そっちのけで野球ばかり見ています。今日も勝てば笑い、負ければ不機嫌になり、投げすぎの中継ぎを心配しています。それがどれほど素敵なことか、王様は以前より少しだけ分かった気がするのです。王様だってただのファン。笑ったり怒ったりできる、ただのファンです。


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(西澤 千央)

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