「人見絹枝さんの思いを、次の世代の子どもたちに伝えたい」菅原小春(人見絹枝)【「いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜」インタビュー】

7月7日(日)20時50分 エンタメOVO

人見絹枝役の菅原小春

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 金栗四三(中村勘九郎)が日本人として初めて出場したストックホルムから16年。1928(昭和3)年のアムステルダムオリンピックで、ついに日本初の金メダルを獲得する。この大会で選手たちの奮起を促したのが、日本人女性初のオリンピック選手・人見絹枝の800メートル走銀メダルだった。第26回で描かれた彼女の物語に、心動かされた視聴者も多いに違いない。演じたのは、ダンサーとして世界的に活躍する菅原小春。初めて演技に挑戦した感想、人見絹枝役に込めた思いなどを聞いた。



−第26回、絹枝が銀メダルを取る800メートル走の場面は素晴らしかったです。ご自身でご覧になった感想は?

 すごい…としか言えません。私自身、まだ冷静に見られる状態ではなく、何と言ったらいいのか分かりませんが、全身の毛穴が開いて、大きな波に自分の感情を全部持っていかれたような感覚になりました。

−その前、絹枝が「800メートル走に出場させてほしい」と泣きながら訴える場面では、菅原さん自身の気持ちが表れていたように感じました。

 私にはお芝居の知識がないので、演技を作り込むようなことはできません。ただ、人見さんや(彼女に陸上を勧めてくれた)シマ(杉咲花)さん、その他いろんなことを考えたら、ああなっていました。だから多分、私は普段からあんなふうに泣いているんだと思います(笑)。

−人見絹枝役を演じる上で、どんな準備をしましたか。

 資料は読まないようにしました。人見さんの写真を見たとき、その顔から、ただ走るのが早いだけの人とは違う、魂を燃やして生きてきた人ならではのすごみが伝わってきたんです。それを一瞬で感じさせるようなすさまじい人だったんだ…と。そう考えたら、誰かが書いたものを読んで情報を得るのではなく、三段跳びや走り幅跳びなど、残っている人見さんの映像を見て、そこから自分が得たインスピレーションで演じたいと思いました。
 撮影後に、岡山で人見さんの親族の方にお会いし、お話を伺ってきました。写真を撮ることが好きだったそうで、シンガポールなどいろいろな場所に遠征に行ったときの写真を貼ったノートも見せていただきました。そこに書き込まれた言葉にはユーモアがあふれている上に、文字もチャーミング。とても女性らしい方ですが、言葉の端々から内に秘めた燃える思いが伝わってきました。

−お芝居の中で、ダンスの経験が生きた部分は?

 人見さんの頃は、トレーナーなんていないし、今のようにきちんとした走り方や投げ方もなく、みんなで試行錯誤しながらやっていたはずです。だから、演じる上では気持ちを優先しようと。ダンスのときは、私もどちらかというとテクニックより魂が先行することが多いので、そういう意味では、ダンスに近い感覚で演じることができました。

−人見さんに共感する部分はありましたか。

 とても共感しました。私も体が大きいので、バックダンサーをやっていた頃、目立ち過ぎて「少し下がって」と言われることが多く、コンプレックスを感じていた時期があったんです。でも、海外に飛び出してみたら、私ぐらいの体格はごく普通。それ以来、コンプレックスが強みに変わるように、自分を磨いていかなければ…と考えられるようになりました。そういう点では、人見さんに通じるものがあります。

−第26回は、居場所のなかった人見絹枝という人が、自分の居場所を見つけていく物語としても心打たれるものがありました。どんなことを感じましたか。

 その点も、自分と重なるものがありました。私も、いつも1人で行動しているので、孤独を感じることが多いんです。海外に出掛けるときも、1人で大きな荷物を持ってバックパッカーのようなことをしていますし。だから、家に帰ると寂しくなって、お風呂で大泣きしたり…(笑)。ダンスも、自分で振り付けをして、自分で踊らなければいけません。そのために自分を追い込み過ぎて、犬が自分の尻尾を追いかけてグルグル回っているような状態になることも多くて…。

−金栗さんやシマさんと出会う前の絹枝に似ていますね。

 人見さんも、みんなと温かく触れ合いたかったんだと思います。私は、共作をするようになってから「誰かに頼ってもいいんだ」ということに気付いたんです。そうしたら、仲間がいる温かさや楽しさみたいなものを感じるようになって…。今回演じている中で、人見さんの人生にもそういうことがあったんだろうな…と思いましたし、私自身も現場の皆さんに対して同じことを感じることができました。だから、この現場に私の居場所を見つけたような気がして、すごく居心地がよかったです。

−人見絹枝という役を演じてみて感じたことは?

 シマさんと出会っていなかったら、人見さんは自分の魂を生かすことができたかどうか、分かりません。あの出会いによって、金栗さんやトクヨさんとも出会うことができ、皆さんが一つ一つ扉を開いて、「外に飛び出していきなさい」と背中を押してくれた。あの銀メダルは、そういういろいろな出会いがあって、仲間がいたからこそ手にすることができたものなんだ…と。そんなことを改めて感じました。

−菅原さんが感じたこの作品の魅力は?

 人見さんは、自分の体と魂を張って、日本を背負って海外に出ていきました。私も、そういう人見さんのような思いを次の世代の子どもたちに伝えるため、魂を燃やしてやっていきたいと思っています。この作品を見ていたら、私と同じことを皆さんが考え、一生懸命やり遂げようとしていたことに気付き、とてもシンパシーを感じました。

−ところで、今回がお芝居初挑戦だそうですが、今後の女優業に対する意欲は?

 今回は、とてもいい経験をさせていただきました。ただ、世の中には素晴らしいお芝居をされるプロフェッショナルな女優さんがたくさんいらっしゃいます。だから私は、自分が共鳴でき、私の魂を燃やす意味があり、自分の体と心を通して何かを伝えられると感じる役と出会えたとき、また挑戦してみたいです。今回の人見絹枝さんは、まさにそういう役でした。

(取材・文/井上健一)

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