坂本勇人「19歳の少年」が巨人史上最高の遊撃手になるまで

7月9日(月)11時0分 文春オンライン

 突然だけど、あなたは19歳の頃を覚えているだろうか?

 

 目の前に膨大な時間と未来への不安があり、鏡を見れば無力な何者でもない自分がそこにいる。とにかくバイトやら遊びの予定を詰め込んで、なるべく先のことは考えないようにした。もう子どもでもなければ、まだ大人になりきれないあの感じ。だから、10代でデビューするプロ野球選手を見る度に素直に尊敬してしまう。


「プロ2年目、初めての開幕スタメンが神宮球場だった。まだ19歳だったこともあり、並み居る先輩たちとプレーする喜びと緊張から、非常によく覚えてます」


 今季の『TOKYO SERIES 2018』で球場配布パンフレットのテキストを担当した際、巨人選手数名に戦いの舞台となる「神宮球場の思い出」の質問書を提出したら、キャプテンからそんな言葉が返ってきた。2008年3月28日、チームではあの松井秀喜氏以来となる10代の開幕スタメンを勝ち取り、19歳3カ月の坂本勇人は「8番セカンド」でグラウンドに立った。


 当時のショートは二岡智宏、サードには全盛期の小笠原道大、ファーストはイ・スンヨプ、外野陣は高橋由伸、谷佳知、アレックス・ラミレスらが顔を揃え、マスクを被るのはもちろん20代の阿部慎之助だ。他球団ファンから見ても、巨人が憎らしいほど豪華な面子を揃えていた最後の時代かもしれない。そんな超有名選手たちに並んで前年のドラフト1位とは言え、まだ背番号61をつける19歳が開幕戦に出たら、誰だって死ぬほど緊張すると思う。



背番号「61」をつけていたプロ2年目の坂本勇人 ©時事通信社


19歳・坂本の規格外の「タフさ」とは?


 選ばれし者の恍惚と不安、二つ我にあり。2戦目からは故障離脱した二岡の代わりにショート先発へ。その1週間後には本拠地・東京ドームの阪神戦でプロ初アーチとなる満塁弾を放ってみせた。しかも、セ・リーグ最年少記録となるグランドスラムだ。坂本はオールスターファン投票でも中日の井端弘和を抑え初選出。巨人野手で10代の球宴選出は45年ぶりの快挙である。


 セ・リーグ会長特別表彰も受け、まさに記録づくめのシーズンだが、あの頃の二岡智宏は由伸と並ぶチーム屈指の人気選手だった。雑誌『プロ野球ai』の人気投票で数年間に渡り1位を独占していた時期もあったほどだ。今となっては信じられないことだが、球場では背番号7のレプリカユニフォームを着た二岡ファンがショート坂本を「なんであいつなんだよ」なんて嫉妬まじりにしつこく野次るシーンにも遭遇したことがある。


 驚異的なのは19歳の坂本がそんな厳しい目に晒された状態でも、オープン戦15試合から、ペナント144試合、夏のオールスター2試合、秋のクライマックスシリーズ4試合、日本シリーズ7試合までの「計172試合」すべてに出場しているという事実だ。しかもそのほとんどを遊撃手として。野球センスはもちろんだが、これだけの体力がある高卒2年目野手は稀だろう。プロ野球選手にとってイケメンはファンを呼ぶ武器になるし、時に足枷にもなる。その風貌と忘れた頃のスキャンダルでなんか軽いイメージを持たれがちだが、ああ見えて坂本はデビュー当時から、強い身体と精神力を併せ持つ規格外にタフな選手なのである。



チームメイトたちも惚れ込んだ才能


 スペシャルワンの才能。当時のチームメイトたちにもそのポテンシャルは衝撃的だったようで、現DeNA監督ラミレスは自身の本で「2年目の彼を見て、将来はジャイアンツを代表する選手になると直感した」と書き、08年夏場に坂本がスランプに陥った際は原監督から頼まれ、自ら打撃のアドバイスを送り手助けまでしている。そして、今は亡き木村拓也も当初エラーが多かった坂本の遊撃守備を酷評する周囲の声に対して、「勇人の守備範囲を見たことがあるのか。ほかの選手が触れないような打球まで追い付くからエラーが多いんだ」とかばったと同僚の古城茂幸は自著で明かした。


 プロスポーツを見るファンの楽しみのひとつは「長年の期待が形になる」瞬間だと思う。時間をかけて追ってきた選手が、ついに理想の姿へと成長してくれた喜び。いわゆるひとつの勝手に親戚のおっちゃん目線。背番号6は20代中盤に一流だけど超一流には何かが足りなかった数シーズンを過ごすも、主将の大役を阿部から継承して、16年にはセ・リーグ遊撃手初の首位打者に輝き、17年には28歳6カ月の右打者史上最年少で通算1500安打を達成、名実ともに“坂本のチーム”と呼ばれるようにまでなった。あの10年前の開幕戦、巨人ファンが19歳の少年に見た夢を、成長した29歳の男がほとんど完璧に叶えてくれた。……わけだが、ひとつだけ大きな誤算があった。それは近年の巨人というチームそのものの低迷である。



10年後、2028年の坂本勇人の姿とは?


 プロ12年目、2018年の坂本は6月22日のヤクルト戦で10号ツーランを放ち、広島・野村謙二郎やヤクルト・池山隆寛といった名ショートたちを超える、セ・リーグ遊撃手初の10年連続二桁本塁打を達成。すでに球団史上6人目の11年連続100安打もクリアした。凄い、そりゃあ同僚2軍選手にバットを売られちまうぜ……じゃなくて、2年前にインタビューで好きな打順を聞いた際は「1番バッターより、少しゆったりした流れで打席に入れる3番が好きです」と答えてくれたが、今季は4月中旬から1番に固定されると打率.328とリーグ上位につけ、54打点はバレンティンに次いで2位だ。しかし、球史に残る巨人史上最高のショートストップへと登り詰めたこの選手がいても、チームは首位広島に引き離され、なんとかAクラス争いをしているのが現状である。


 巨人は世代交代の真っ只中、圧倒的強さを誇っていたのも今は昔……それでも、今季も球場へ行くのが楽しみだ。岡本和真や吉川尚輝ら若手が出てきたというのもあるが、全盛期の坂本勇人を毎試合、堪能できるのだから。ジャンルを問わず、ロックバンドでもアイドルグループでもプロ野球選手でもスーパースターの条件は「見ているファンの人生の時間軸になれること」だと思う。大人になると、あらゆる過去の出来事が5年前か、8年前なのかいまいち曖昧になってくる。そう言えば、最後にフジロックに行ったのは何年前の夏か全然分からない。それでも、例えば当時流行った歌をふと耳にすると、その前後の記憶も思い出せるわけだ。


 それぞれ坂本が開幕スタメンを勝ち取った2008年春に学校を卒業したとか、31本塁打を放った2010年におネエちゃんにフラれたとか、2012年に最多安打のタイトルを獲得した勇姿に背中を押されて転職に踏み切ったとか、そのキャリアとともに自分の人生に起こった出来事も記憶している。で、思う。坂本がもう29歳? お互い色々あったなぁなんてね。多くの巨人ファンにとって、背番号6はそういう存在だ。


 さて、10年後の2028年、坂本は39歳になっている。現在の阿部慎之助の年齢である。ショート以外のポジションを守る可能性も高い。もしかしたらNPB記録の通算3085安打超えで盛り上がっているかもしれない。49歳の白髪交じりの阿部監督が、39歳坂本に記念の花束を渡す……なんて勝手に想像するだけで鳥肌ものだ。当然、見ている我々も10年分歳をとる。いったいどんな未来が待っているだろうか?


 今、このコラムは坂本が広島戦で東京ドームのバックスクリーンに豪快な先制12号ツーランをかっ飛ばした夜に、病院から戻り書いている。昨日はほとんど眠れなかったが、体調が悪いわけじゃない。子どもが産まれた。父親になったのである。19歳の頃は、まさか自分にこんな日が来るとは予想しなかった。正直、まだまったく実感はない。赤ん坊をどう抱いたらいいのかすら分からないので、これから覚えることも多そうだ。


 だが、ひとつだけ決めていることがある。


 いつの日か、この子を初めて東京ドームへ連れて行った時、まずは「背番号6」のキッズ用Tシャツを買ってあげようと思う。


 See you baseball freak……


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(プロ野球死亡遊戯)

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