七夕の悲劇を乗り越えて ヤクルト・小川泰弘は『きっと、うまくいく』

7月9日(月)11時0分 文春オンライン

 僕の手元にあるのは、ミズノ社製のNPB公認球。その一部は黒ずんでおり、さらに仔細を確認してみると、土で揉まれたような跡や、激しくこすられたような擦過傷がうっすらと確認できる。そして、このボールにはNPBやミズノのロゴマークの他に、こんなフレーズが青い文字で記されている。


DYNAMITE BOAT RACE 2017


 これだけでは、まだ何のことかわからないかもしれない。このボールを理解するヒントは、球団公式ホームページの「イベント」欄に隠されている。昨年7月3日にリリースされた「イベント情報」には、次のような一文が記されている。


7月7日(金)広島戦「DYNAMITE BOAT RACEナイター」を開催します!


 昨年7月7日、神宮球場で行われた広島東洋カープとの第12回戦。この日、BSフジテレビで放送されているボートレース番組とのコラボマッチが行われた。そして、それを記念して、この日の試合における使用球にはすべて、前述の「DYNAMITE BOAT RACE 2017」がプリントされていたのである。



「DYNAMITE BOAT RACE 2017」の文字がプリントされボールと、球団HPの告知文 ©長谷川晶一


悪夢のような一戦で実際に使用されたボール


 そう、僕の手元にあるのは、昨年の七夕の試合で実際に使用されたボールである。ワンバウンドしたことによって新しいボールと交換されたものなのだろうか? あるいは、グラウンド内のファールとなり、ボールボーイによって回収されたものなのだろうか? 試合のどの場面で使われ、どのシーンで回収されたものなのかはわからない。けれども、間違いなくこのボールは、あの日の神宮球場で誰かが投げ、誰かが打ったと思われる試合球なのだ。


 このボールを入手したのは今年の春先のことだった。あるヤクルトファンから、「私が持っているよりも、長谷川さんが持っていた方がいいと思って……」と手渡されたのである。彼女は、昨年の七夕に神宮球場を訪れ、試合中に行われたファンクラブ会員向けのクイズに答え、その当選者となったことで、球団からこのボールをもらったのだという。


 賢明なるヤクルトファンの方であれば、すでにおわかりであろう。このボールにはどんな意味が込められているのか? 彼女がなぜ、このボールをわざわざ僕にくれたのか? そう、この日は、「七夕の惨劇」として、今もなお多くのヤクルトファンが記憶にとどめている一戦が行われた日なのだ。この日のことを、僕は原稿に書いた。そして、それを読んだ彼女が、「あの日を忘れないために」とボールをくれたのだった。


 この日、神宮球場で行われた対広島戦は、多くのヤクルトファンにとって、まさに悪夢のような一戦だった。8回を終えて8対3と5点のリードを誇っていたものの、クローザーに転向したばかりの小川泰弘がまさかの6失点。大逆転負けを喫した。あの日の心情は今でもありありとよみがえってくる。行くあてのない僕たちは途方に暮れた。辛かった。悔しかった。泣きたかった。いや、正直言えば泣いていた。泣いたっていいじゃないか?



ライアン小川——君の名は希望


 しかし、「七夕の惨劇」に象徴される、屈辱まみれの2017年はすでに過去のものだ。「2018年」という新しいシーズンがやってきた。交流戦勝率1位という栄誉とともに、ペナントレースを戦っているヤクルトナイン。僕らファンも、気持ちを切り替えて応援するのみだ。僕らができることは、ただ見守ることだけかもしれない。でも、何もできずにそばにいる。それでもいいじゃないか。


 ……そんなことを考えていたところ、神のいたずらなのか、今年の七夕もまたライアンが登板することになった。まさかのシンクロニシティ。場所はナゴヤドームだけど。ちなみにこの日の神宮球場は、乃木坂46による真夏の全国ツアーで大盛り上がりだったらしい。しかし、僕の衝動はライアンにある。ライアン、君の名は希望。リベンジのときはきた! 僕は「あの日のボール」を改めて取り出し、そしてテレビの前で固唾を呑んだ。



 この日のライアンは絶好調だった。6回まで、ほぼ完ぺきな投球で、ドラゴンズ打線を無失点に抑えた。僕は確信していた。いつかできるから今日できる。……しかし、必死のピッチングもむなしく、味方の援護がないまま、7回に1点を失って、ライアンは敗戦投手となってしまった。無念である。でも、昨年の七夕と比べればずっと希望の持てる敗戦だったのは間違いない。ちなみに、今年も含めた過去10年間の「七夕対戦」の結果は次の通り。


2009年……対中日 ●1対12

2010年……対阪神 ●2対3

2011年……対巨人 ○3対2

2012年……対広島 ●4対9

2013年……対中日 ○5対3

2014年……ゲームなし

2015年……対巨人 ●4対5

2016年……対横浜 ●3対5

2017年……対広島 ●8対9

2018年……対中日 ●0対3


 なんと、過去10年で9試合を戦って、2勝7敗という散々な成績だった。誰か、僕に悲しみの忘れ方を教えてほしい。


 僕はライアン小川にインタビューをしたことはない。だから、彼が長澤まさみ綾瀬はるかが好きだということも、野球以外のスポーツでは大相撲に夢中になっているということも、意外にもかなりの読書家で、ミステリーであれば東野圭吾の『マスカレード・ホテル』、エッセイであれば伊丹十三の『ヨーロッパ退屈日記』、吉田松陰の『覚悟の磨き方』を愛読しているということも、よく知らない。だからこそ、ぜひ、いつか彼にインタビューをしたい。そして、「あの日のボール」を片手に、あの夜のことを笑い飛ばしたいのだ。


 最後に、ライアンのお気に入り映画のタイトルをご紹介して、本稿の結びとしたい。彼が絶賛しているのはまさかのインド映画。タイトルは 『きっと、うまくいく』 。かのスピルバーグが「大好きな作品」と語るこの映画は、僕も大好きだ。そして、このタイトルこそ、すべてのヤクルトファンに、そしてライアン自身に贈りたいフレーズなのである。なぜなら、ライアン小川——君の名は希望なのだから。



※「文春野球コラム ペナントレース2018」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト http://bunshun.jp/articles/-/7984 でHITボタンを押してください。



(長谷川 晶一)

文春オンライン

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