なぜジャニーズ事務所はソロではなくグループばかりなのか

7月13日(金)16時0分 NEWSポストセブン

今につながるジャニーズ事務所の歴史を紐解く

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 TOKIO、V6、KinKi Kids、嵐、タッキー&翼、NEWS、関ジャニ∞KAT-TUN、Hey! Say! JUMP、Kis-My-Ft2、Sexy Zone、A.B.C-Z、ジャニーズWEST、King & Prince……過去24年間でジャニーズ事務所からCDデビューしたグループは14組にも上り、そのいずれもがヒットチャートを賑わせている。


 彼らをプロデュースするジャニー喜多川氏は現在のグループの雛形を作るまで、どのような試行錯誤を繰り返したのか──。ジャニーズ事務所の歴史に詳しく、『テレビとジャニーズ』(blueprint/垣内出版)、『ジャニーズの正体 エンターテインメントの戦後史』(双葉社)などの著書がある太田省一氏はこう語る。


「ジャニー喜多川さんは日本でオリジナルミュージカルを成功させるために、1960年代に初代グループのジャニーズを作り、ジャニーズ事務所を立ち上げた。ミュージカル志向の強さは現在に至るまで変わっていません。一方で、創立当初は今ほどテレビでの活動は活発ではありませんでした」(太田氏。以下「」内同)


 1964年に『若い涙』でレコードデビューした初代グループのジャニーズは、1965年に『NHK紅白歌合戦』に初出場するなど人気を得る。さらなる芸の向上を図ろうと修業を積むため、1966年8月に渡米。その間、日本での芸能活動は休止した。1967年の正月に帰国した時には日本にグループサウンズブームが訪れており、人気が下降。同年の11月限りで解散することになった。


「この時、ジャニーさんはテレビに出ることの重要性を身に染みて感じたのではないでしょうか。2代目のグループであるフォーリーブスは、テレビをより重視して活動することになります」


 北公次、青山孝史、江木俊夫、おりも政夫の4人組で、1968年に『オリビアの調べ』でレコードデビューしたフォーリーブスは、テレビ東京系『ヤンヤン歌うスタジオ』の前身である『歌え!ヤンヤン!』に1972年から1975年までレギュラー出演。1970年から7年連続で『NHK紅白歌合戦』出場を果たすなど“TVスター”としても活躍した。


「フォーリーブスは、現在のジャニーズグループの原型と言っていいでしょう。司会役の江木、歌唱力の高い青山、バク転を披露するなど運動神経抜群の北、バラエティ対応能力の高いおりも……というように、それぞれの個性を明確にして、テレビで魅力を発揮した。SMAPなど、それ以降につながる1つの形をいち早く作ったグループでした」


 1972年、ジャニー喜多川氏は郷ひろみをNHK大河ドラマ『新・平家物語』でブラウン管に登場させ、その後『男の子女の子』でレコードデビューさせる。


「フォーリーブスもドラマに出ていなかったわけではないですが、ジャニーズ事務所のタレントが本格的に役者活動を始めたのは郷ひろみからでしょう。デビュー年には森田健作の学園ドラマシリーズ『青春をつっ走れ』、『あしたに駈けろ!』と立て続けに出演しています。グループで各人の個性を明確にしたフォーリーブス、歌ではなくドラマでテレビデビューした郷ひろみという2例が『たのきんトリオ』に繋がります」


◆たのきん以降、ファンが好きなアイドルを選べるように


 1975年に郷が事務所を離れ、フォーリーブスの人気も下降気味になってきた1970年代後半、ジャニーズ事務所は時代を牽引するようなタレントを生み出せていなかった。


 その窮地を救ったのが、ドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)の生徒役に抜擢された田原俊彦、近藤真彦、野村義男の3人だった。


「それまでの学園ドラマは、中村雅俊などが演じるスーパーヒーローのような先生が大活躍して、いつの間にか問題が解決していた。しかし、『金八先生』は中学生が実際に抱える受験、恋愛、親との関係などの悩みを描いた。先生役の武田鉄矢も含めて、リアリティのある学園ドラマでした。


 生徒役の田原、近藤、野村は三者三様の魅力があった。トシちゃんはある種の陰があって、マッチはヤンチャで、ヨッちゃんは親しみのある役柄。トシちゃんのデビュー曲『哀愁でいと』は、ドラマの役柄の雰囲気とも凄くリンクしていた。それも大ヒット曲になった理由の1つでしょう」


 彼らは歌手デビューは別々だったが、『たのきんトリオ』と呼ばれるユニットとなり、映画はシリーズ化され、テレビでも毎日のように共演していた。以降、ジャニーズ事務所からデビューするタレントは、ひかる一平や中村繁之などを除き、シブがき隊や少年隊などほとんどがグループになった。


「1970年代までの男性アイドルは新御三家などをはじめソロが中心で、ファンからすると “事務所から与えられる”という要素が強かった。しかし、たのきん以降はグループ内でそれぞれ個性が違うので、ファンが好きなアイドルを選べるようになった。また、メンバー同士の関係性も楽しめるようになった。たとえば、SMAPなら草なぎ剛と香取慎吾の仲の良さをラジオや雑誌の対談などから感じ取れる。グループアイドルを応援する楽しみがファンに発見されました」


 ジャニー喜多川氏は1964年の初代グループのジャニーズから試行錯誤を経て、1980年代になって、今につながる理想のスタイルを生み出したようだ。


「ジャニーズ事務所のタレントは歌、ドラマ、バラエティ、司会、舞台など様々な場所で活躍している。そのベースには、ジャニーさんの独特のセンスと嗅覚であらゆるものを貪欲に取り込むジャニーズならではの“何でもアリ”なエンタメ精神がある。ジャニーズのエンターテイメントの凄さと面白さはそんなところにあると思います」

NEWSポストセブン

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