W杯決勝進出の“小国”クロアチア 強さの秘密は「あきらめない心」

7月14日(土)21時0分 文春オンライン

 クロアチアがロシアW杯で快進撃を続けている。もちろん、決勝進出は史上初。ヨーロッパのビッグクラブでプレーするタレントを豊富に抱えるチームではあるが、大会前は「アウトサイダー」の域を脱しなかった存在だ。ただ、日本にとってはW杯で2度対戦した初めての国ということで身近な存在ともいえる。


 2006年のことだ。ドイツW杯で日本と同組になったクロアチアの秘密を探るべく、テレビから新聞、出版社まであらゆる日本のメディアが開幕前取材として同国に乗り込んできた。通訳コーディネートを務めた私は、あらゆるサッカー関係者のインタビューをセッティングしたが、決まって“ある質問”をすると、どのクロアチア人も返答に窮したのを記憶している。


「なぜクロアチアのサッカーは強いのですか?」


 少し悩んだところで返ってくる言葉は、いつも曖昧なものだった。


「遺伝によるものさ」


「神が才能を授けてくれたんだ」



初のW杯決勝進出を果たし盛り上がるクロアチアサポーター。リードされたときは、決まって「あきらめるな!(Nema predaje!)」のチャントで選手達を励ます ©JMPA


クロアチアには「良い裁縫師」がいるらしい


 積年の疑問を解くべく、今から3年前にクロアチア・サッカー協会のテクニカルディレクター(当時)、ロメオ・ヨザク氏にこの質問を投げかけた。今年の「バロンドール」(ヨーロッパ最優秀選手)の最有力候補とされるMFルカ・モドリッチが16歳だった頃に指導した彼は、現代表で活躍するほとんどの選手を手掛ける、いわば「同国一の育成スペシャリスト」だ。間髪入れずに返ってきた彼の見解はこうだった。


「『神が才能を授けた』という説は、限りなく真実に近いと思う。しかし、あらゆる能力を授かったような究極の選手がごく稀に現れる以外、神はほとんどの選手に対して、すべてを授けることはしない。すなわち、タレントと呼ばれる選手の多くは『不完全なタレント』に過ぎないと私は言いたいんだ。クロアチア人はサッカーの才能にあふれる民族なのは間違いない。“クロヤーチュ(krojac)”という言葉を知っているか?」


——はい、「裁縫師」のことですね。


「良い素材を手にした裁縫師は、良いスーツを仕立てなくてはならない。素材が単なる素材だけに終わってしまってはダメなんだ。クロアチアには良い素材(=タレント)があり、良い裁縫師(=コーチ)がいるというわけさ」



重要視される「あきらめない」という意識


 クロアチア、そして旧ユーゴスラビアが優れたサッカーコーチを生む土壌であることは、日本も含めた世界中で活躍してきた指導者の存在からも一目瞭然だろう。その一方で、ヨザク氏がタレントに求める要素として、「プレーセンス」や「運動能力」と並び重要視するのが「頭の中=キャラクター」だという。潜在意識の大部分は遺伝的に決定づけられ、それこそ「神が授けた才能」と彼は位置づける。


「選手として戦うのか、戦わないのか。できると判断してチャレンジするのか、できないと判断して止めてしまうのか。本物のサッカー選手かどうかを見分ける要素が『あきらめない』という潜在意識。試練が訪れても、壁にぶち当たっても『あきらめてなるものか』とひたすら立ち向かう。ほんの微妙な差ではあるが、クロアチア人は旧ユーゴ諸国の中でも、そんなキャラクターを強く秘めていると私は考えている」



先制されてもひっくり返す精神力


 ロシアW杯で世界のサッカーファンを驚かせているのが、クロアチアの選手達の「あきらめない精神力」だ。決勝トーナメント1回戦のデンマーク戦では、延長116分にモドリッチが決勝点となるはずのPKを失敗。しかし、PK戦で彼は再びキッカーとして立ち、失敗にひるむことなくシュートをねじ込んだ。準々決勝のロシア戦では89分にGKダニエル・スバシッチが右太ももを負傷しながらピッチに立ち続け、追い越し追いつかれの延長戦を経た上のPK戦でけりをつけた。どちらも相手に先制点を与えてから、ひっくり返したゲームだ。



 グループリーグのアルゼンチン戦(3ー0で勝利)の記憶が霞むほど、「クロアチアにとって最高のゲーム」とズラトコ・ダリッチ監督が手放しで絶賛したのが、準決勝のイングランド戦だ。度重なる延長戦で疲労困憊のクロアチアは、開始5分に相手FKであっさりノックダウンされたにもかかわらず、後半に息を吹き返して同点に追いつくとイングランドを手数で圧倒。延長109分、倒れても倒されても何度も立ち上がる「不屈の男」、FWマリオ・マンジュキッチが脚の止まった相手DFを出し抜いての決勝ゴールで「サッカーの母国」を叩きのめした。


 少年だったマンジュキッチの最初のコーチで、彼を5年間指導してきたダミール・ルヘク氏はこう振り返る。


「彼は11歳の時、『クーパーテスト』(12分間走)で3350mを走ったんだ。今でも多くの人がその数字を信じてくれないんだけどね。彼の魅力は、その根性とあきらめない心だった。試合でもトレーニングでも常に100%を出していたんだ」



世界を驚かせてきたのはサッカーだけではない


 男子バスケットボールのバルセロナ五輪の銀メダル(1992年)、サッカーのフランスW杯の初出場3位(1998年)、テニスのゴラン・イヴァニシェヴィッチのウィンブルドン制覇(2001年)、アルペンスキーのヤニツァ・コステリッチのソルトレイクシティ五輪三冠(2002年)、男子ハンドボールの世界選手権優勝(2003年)、テニスのデビスカップ優勝(2005年)、格闘家ミルコ・クロコップのPRIDE制覇(2006年)など……、1991年の建国以来、クロアチアはあらゆるスポーツで世界に爪痕を残してきた。そのたびに国民は選手達の頑張りに涙し、人口450万人の小国が世界に名を馳せたことを誇りに感じてきた。


 イングランド戦に勝利した直後のモドリッチは、国営テレビのインタビューで興奮した面持ちでこう語っている。


「僕たちは幸せと思っても誇りに思ってもいいじゃないか。これはクロアチア・スポーツ界の歴史における最大の成功だ。でも、ここで立ち止まるつもりはないよ」



 決勝戦の相手は、奇しくも20年前のW杯準決勝で破れたフランス。3試合連続で120分を戦い、さらに1日休みが短いクロアチアの劣勢が予想されているが、それでも選手達は悲願の初優勝を信じ、最後の1分まで勝負をあきらめることなくピッチを走り続けるだろう。そのファイティングスピリットが「神が授けた才能」であるにしろないにしろ、観ている者たちの胸を打つのは間違いない。




(長束 恭行)

文春オンライン

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