あの夏、23歳の母はなぜ、幼な子2人をマンションに置き去りにして死亡させたのか

7月15日(月)17時0分 文春オンライン


『つみびと』(山田詠美 著)


「文芸って、文章に芸があるってことなんじゃないの?」


 と、ずいぶん前に対談したとき、山田詠美さんが軽やかにおっしゃったのを覚えている。


 ありていに言えば、作家の仕事とは、見て来たような嘘をつくこと(漫画家もそうだけど)。


 どうだろうこの、目の前に繰り広げられる見て来たような素晴らしい嘘。罪を犯した母親も、その子どもたちも取り巻く人々もみんなそこにいるかの様。これが文章に芸があるということなのだ。


 モデルになった事件の実際の母親は、『 ルポ 虐待——大阪二児置き去り死事件 』(ちくま新書)に依(よ)れば、自分を言葉で表現することがあまり出来ないタイプと思う。日本語を話せるとか、読み書きや理解が出来るということとはまた別に、本当の気持ちや覚えていることを言葉にしようとすると、脳内スクリーンに警告文字が浮かび上がってフリーズしてしまうようだ。


 聞いてくれる相手がいれば必要以上に長く気持ちよく語りたい人ばかりの今日この頃だというのに、彼女は語り出さない。……何も考えていないからなのだろうか?


「ということではないと思うよ」


 と手練れの作家が引き受けた。


「まあ、芸人のすることですからさ、フィクションだよ、もちろん」


 と、あの色っぽい笑みを浮かべる詠美さんが目に浮かぶようだ。


 楽しんで読もうとした。だけどすぐ、もし自分だったらと恐ろしくなった。誰だって道を選択するときは、そっちが正しいと思っているはずだ。


 母子家庭を助けるシステムが、とか、虐待児を助けるシステムが、などと現状を嘆けば正論になるのかもしれない。公的システムがアレなことは、私もなんとなく知ってます、母子家庭構成員&被虐待児出身なんで! って胸張ってどうする。


 システムがアレだと、結局個人的に助けてくれる人を見つけないとどうにもならないってことでもある。一度は恋をしたことによって彼女に幸せが訪れたのだもの、恋していればいつかはと思っていたのかもしれない。私もそういう勘違い(失礼)をしていた時期もあったような……あ、蜃気楼が見えてすぐ消えた。


 とにかく本書は、「ある事件を小説という形で思う存分読む」という、受け手側にとっては達成感満載の(辛いけど)快楽文章読本であります。


 なんと初の新聞連載だったそうですね。想像もつかない。体の中にこんなに何人もややこしい人物を作って持ち歩き、毎日取り出しては書いていった、その体力!!


 そんな詠美さん、少し前にお会いした時の私には、


「また小説も書いてね」


 という言葉の宝物も下さったのでした(自慢)。



やまだえいみ/1959年、東京都生まれ。85年『ベッドタイムアイズ』で文藝賞を受賞し、デビュー。87年に『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で直木賞受賞。2001年『A2Z』で読売文学賞、05年『風味絶佳』で谷崎潤一郎賞を受賞。



うちだしゅんぎく/1959年、長崎県生まれ。漫画家。漫画『南くんの恋人』、自伝的小説『ファザーファッカー』など著書多数。





(内田 春菊/週刊文春 2019年7月18日号)

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