総理になってほしかった政治家ランキング 1位選出の人物像

7月17日(水)7時0分 NEWSポストセブン

インタビューに答える安倍晋太郎氏(1980年、共同通信社)

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 歴史に「if」はないといわれる。だが、過去の政治の転換点で、「もしもこの政治家が総理になっていたら、“国のかたち”は違っていたかもしれない」と期待された人物は少なくない。


 日本政治の分水嶺はどこにあったのか──参院選(7月21日投開票)を前に検証することには重要な意味がある。本誌・週刊ポストのアンケートで政治家OB、政治記者、評論家ら30人が「総理になってほしかった政治家」を選んだ(別掲表)。


 安倍晋三首相はこの6月に総理在任期間で初代首相の伊藤博文を抜き、歴代3位となった。参院選後の8月24日には大叔父である佐藤栄作・元首相、そして11月20日には通算2887日となって桂太郎・元首相を超え、戦前・戦後を通じて歴代1位となる可能性が高い。


「政治家は所業の結果を歴史という法廷で裁かれるものだ。だから常に歴史の法廷の被告席に座っている」


 とは中曽根康弘・元首相の言葉である。毀誉褒貶ある安倍政治の評価は後世に譲るとしても、なぜ、安倍首相は権力の座にとどまり続けることができるのか。壊滅状態の野党、自民党内の後継者難など様々な理由が挙げられるが、永田町には、現在の安倍政権は「父子2代の内閣」なのだという興味深い見方がある。


 首相の父、安倍晋太郎・元外相は中曽根政権後の総裁選び(1987年)で竹下登氏、宮沢喜一氏と総理・総裁の座を争い、自民党幹事長として「次の総理」の座を目前にしながら病に倒れ、帰らぬ人となった。40年近くにわたって自民党本部職員を務めた田村重信氏(拓殖大学桂太郎塾名誉フェロー)が語る。


「中曽根内閣の後、内政派の竹下さんが総理に就任した。当時はバブル経済で日本の国力がピークだったが、世界一に驕って変化を選ばなかった。


 もし、外相経験が長く国際的視野をもっていた晋太郎さんが総理になっていたら、もっと違う道が拓けていたかも知れない。安倍総理が外交と経済再生に力をいれているのは、父がやろうとしていたことを引き継いでいるのだと思う」


 総理になるには「天の時」「地の利」「人の和」が必要とされる。政治的実力があっても、運に恵まれなければ総理の座には届かない。その面で安倍父子は対照的だ。晋太郎氏が亡くなると、晋三青年は父の薫陶を受けた森喜朗・元首相、小泉純一郎・元首相の引き立てによって出世のレールに乗せられ、総理の座をつかむチャンスを得た。


 本誌のアンケート調査で、最多得票でランキング首位になったのが奇しくも安倍首相の父・晋太郎氏だった。安倍晋太郎氏とはどんな政治家だったのか。


 第一次安倍内閣の官房副長官を務めた的場順三氏は晋太郎氏との交流も深かった。


「私が総理になってほしかったのは晋太郎さん。総理として担がれる魅力、オーラがあり、派閥政治全盛の時代に他派閥議員も晋太郎さんの周囲に集まっていた」


 その1人、山口敏夫・元労相は、「晋太郎さんは反戦思想の持ち主だった」と語る。


「学徒出陣で特攻隊に志願した生き残りで、戦争の悲劇を身をもって知っていた。タカ派に見られがちだが、反戦思想で中道保守。少数政党の話もしっかり聞いてくれる懐の深い人物で野党からも信頼されていました」


※週刊ポスト2019年7月19・26日号

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