なべやかん 「ラーメンの替え玉を遠慮せずに頼んで」と要望

7月18日(土)7時0分 NEWSポストセブン

「ラーメンの替え玉、遠慮せずに頼んで!」と言うなべやかん

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“替え玉事件”で世間を騒がせたのは24年前のこと。なべおさみが通算で3浪となる愛息を進学させようと、明治大学商学部第二部(夜間)に替え玉受験させたことが公となり、ワイドショーで連日、放送される騒ぎになったのだ。その当事者が芸人のなべやかん(44才)だ。その後、たけし軍団入りして芸能界へ。当時の心境から、現在まで続く替え玉事件の影響について洗いざらい語った。


——24年前のことですが、なべやかんさんといえば、替え玉事件を思い出します。


なべ:今でもすごく言われますからね。普通は不祥事を起こした芸能人がテレビに出てきたりしても、腫れ物に触るような感じじゃないですか。「お前ペニオクやったよな」とか、覚醒剤で捕まった人に「また手を出したい?」「お好み焼きを作っている時に、粉を見てどう思うの?」とか、聞かないじゃないですか。


 ぼくの場合って、芸名の“やかん”が、夜間部(二部)の“やかん”の意味もあるので、十字架を背負っているようなものなんです。もう、避けようにないですね。


——今では、芸人として「おいしいな」という気持ちもあるんですか?


なべ:いやいや! 反省して「すみませんでした」と深々と頭を下げつつ、自戒の意味を込めて、あの頃の話をしています。


——お父さんのなべおさみさんとは、今でも替え玉事件の話をしますか?


なべ:新事実が出たら教えてくれたりしますよ。今だからわかる、大学の裏口入学の“伝統”とか。学校によって、やりかたが違うそうですよ。替え玉受験をやってる大学がいっぱいあるらしいとかね。まあ、ぼくがそんなこと言っちゃいけないですけど(笑い)。


——当時、自分が替え玉で入るというのは、事前にお父さんから聞いていたんですか?


なべ:替え玉というやりかたは、聞いていませんでした。大学入学式の前日くらいに、写真がおかしいと大学に呼ばれて知ったんです。


——写真がどうおかしかったんですか?


なべ:受験票とテストを受ける用の、2枚書類があるんですけど、ぼくと違う人の写真が、それぞれに貼ってあったんです。それで、写真がおかしいぞと。相撲部に推薦入学するということになっていて、写真もぼくと少しも似ていないんです(笑い)。


——今となっては、入学する前に発覚してよかったと思いますか?


なべ:入ったところで学力もついていけないと思いますし、そこでできた友達にずっと嘘をついて生活することになってしまうので、結局どこかでカミングアウトしていたと思います。そう考えると、あれでよかったと思いますね。


——お父さんが謝罪会見をしていましたが、テレビで見ていましたか?


なべ:見ていました。すぐに嘘を言っているとわかったので、「なんてことを言ってるんだ」って思いましたよ。バレる以前の問題で、信じる人なんか誰一人いないような言い訳でしたから。これはちょっとやばいな、世間様に対して、火に油を注いだぞって思いました。


——見知らぬ紳士が、善意で裏口入学をもちかけてきた、という内容でしたね。すぐに撤回の会見を開いていましたけども。


なべ:そんなバカなって話ですよ。しかもそのとき、父は旅公演で、『一心太助』っていう芝居をしていたんです。「俺は正直者の味方だい、嘘つきは大っ嫌いだい」というのが決め台詞だったんですけど、「お前が嘘つきじゃないか!」って、客席から総ツッコミだったそうです。


——当時の報道ではやかんさんは素人で、顔は出ていませんね。騒動の渦中に自分が置かれるんじゃないかという恐怖はありましたか?


なべ:恐怖というより、雑誌などに色々と嘘を書かれるのが嫌で。たとえば、“ひきこもりのオタク”だと書かれる。嘘なわけです。ぼくは怪獣などのキャラクターコレクターなんですが、当時はヤフオクなんてないから、外に出て探し回っていたんです。だからオタクというのは合ってるけど、ひきこもりは違うな、とか。


——冷静に騒動を見ていた?


なべ:そうでもないですよ。テレビや雑誌を見ればバッシング報道があるわけですから、嫌になっていました。でもある日、現実を直視しようと思った途端に、すごく楽になったんです。それまでは現実逃避ばかり考えていたんですけど、批判する人の話を聞いて「この人がこんなこと言ってる、ほうほう」って、そんなふうに思える余裕ができた感じです。


——現実を見られるようになる、きっかけがあったんですか?


なべ:いえ、父が2回目の会見をしたあとぐらいに、自分自身で切り替えました。現実逃避しているほうが、つらかったんですね。それに騒動がゴールデンウィークの頭ぐらいだったんですが、6月の半ばには、たけし軍団に入っているんです。


——たけし軍団に入るきっかけは、なんだったんですか?


なべ:いろんな人がバッシングしている中で、唯一たけしさんだけが、『週刊ポスト』の連載の中で、肯定的なことを言ってくれたんです。「どこの大学でもやってることなのに、なんでこんなに騒いでるんだよ」という感じのことを言ってくれて。


 それで父がお礼の手紙を書いたんです。そうしたら、たけしさんからFAXが来て、会いましょうという流れになったんですね。それで父とたけしさんが2人で会って、父が「息子を引き取ってよ」と言ったら、たけしさんは6秒くらい考えて「いいですよ」って。


——たけしさん、肝が据わっていますね。


なべ:それからぼくは『北野ファンクラブ』(フジテレビ系)に出演することになるんですけど。びっくりしたのが、「うちで引き取る」となる前に、勝手に『北野ファンクラブ』の中で、ぼくの芸名ができていたんです。高田文夫先生が考えたのが“なべやかん”でした。好きな番組で、家で寝っころがって見ていたので驚きましたね(笑い)。


——今でもついて回る“替え玉”ですが、不便だなと思うことはありますか?


なべ:ぼくじゃないんですけど、ラーメン屋さんに入ると、一緒にいる人が遠慮しながら替え玉を頼むんですよ。普通に頼めばいいじゃんかよって思うんですけど(笑い)。


——周りが、替え玉って言っていいのかと遠慮する?


なべ:そうそう。どうぞどうぞ、遠慮せずに頼んでください(笑い)。


——真面目に挑戦したのに、替え玉で成功したんじゃないかと言われることもありますか?


なべ:しょっちゅうですよ。パワーリフティングで優勝しても、「どうせ替え玉だろ」って言われたりとか。「ドーピングしてるんだろ」って言われたこともありますし。もう面倒なので、ご自由にどうぞ、ご想像にお任せしますって(笑い)。


——去年ご結婚されましたけど、お子さんが生まれたら、名門校に受験させたいですか?


なべ:どうですかね、できが悪かったら仕方がないですもんね。奥さんは私立がいいと言っていますけど、いい友達が作れる場所なら、どこでもいいですよ。もちろん、替え玉受験はさせませんよ(笑い)。


【なべやかん】

1970年8月22日生まれ。東京出身。1991年、父でタレントのなべおさみが、明治大学に替え玉受験で入学させようとして騒動に。父の芸名と明大二部(夜間)に引っかけた芸名で、たけし軍団に加入し、芸能界入り。元パワーリフティングの選手で、『全日本パワーリフティング選手権大会』2001年、2002年優勝。収集歴30年以上の特撮物キャラクターコレクターでもある。『なべやかんのJスマイルライフ』(エフエム茶笛)や『武蔵忍法伝 忍者烈風』(東京MX2)などにレビュラー出演中。

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