がんで亡くなる前日に動画を残してくれた夫 家族で号泣した

7月18日(火)7時0分 NEWSポストセブン

亡き夫からの動画や手紙、日記は宝物に(写真/アフロ)

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 年を重ねるにつれて、家族や親戚、友達ががんになったという話を聞く機会は増えていく。2人に1人が罹患する時代といわれて久しい。抗がん剤の副作用の苦しみは想像を絶するものだし、お金はいくらあっても足りない。患者自身だけでなく、家族も精神的、体力的に大変だ。それでも、この特集であえて言いたいのは、がんという現実を受け入れて、希望を失わずに生きていこうということだ。花香志保美さんは、1973年生まれ。3児(高校2年生、中学2年生、小学4年生)の母親。自営業の夫は、2008年1月に膵臓がんが発覚。手術して切除したが、2009年3月に肝臓に転移。同年11月に亡くなった。現在は、実母と3人の子供と5人で暮らしている。花香さんが語る。


 * * *

 夫が、疲れがとれないと言い出したのは2007年末。そのときは「病院へ行ったら」と軽い感じで言いましたが、膵臓に影があると言われ、がんでした。3cmほどの腫瘍があって、医者から「10年くらいかからないとこんなに大きくならない。もっと早く気づいていれば…」と言われました。


 ショックで、何も頭に入ってきませんでした。「どうしよう? どうしよう?」で頭がいっぱい。余命も言われなかったので、死んじゃうとは思いませんでした。


 亡くなったのは、2009年11月です。最期の言葉は「愛してる」でした。私もそれに答えました。自営業でしたので、子供たちもいますから、悲しんでいる暇はありません。同じ気持ちの家族とともに私はすぐに働き始めました。


 当時、長男は小学校低学年でした。長男は、周囲から「お母さんを守るんだよ」と、何度も何度も言われたようなんですね。おそらく「長男だからしっかりするんだよ」とか「お兄ちゃんだからパパの代わりになるんだよ」とか、言われたんでしょう。


 それって、プレッシャーになるじゃないですか。弟たちが寝た後、私と2人でいる時にわっと泣いて。理由をそのときは言わなかったけれど、後から、「なんでみんなあんなこと言うんだろう」ってポロッと言ってました。長男には、「みんなは心配して言ってくれてるんだよ」って言いましたけど、重荷だったみたいです。今でも、子供たちから「パパが今生きていればよかったのに」と言われることがあります。


 現在は、夫の実家を出て、私の母と子供たちと5人で暮らしています。働いてはいますが、まだ仕事が軌道に乗っていないため、今は預金を切り崩しての生活です。夫の貯金には手をつけていません。子供の進学資金にしたいので。


 私が今、正気を保っていられるのは子供たちのおかげです。もしいなければ、どうしていたか…それから、夫の遺してくれた闘病日記、子供たちや私に書いてくれた手紙が宝物になっています。


 また、夫は、亡くなる前日に携帯電話で動画を遺してくれてもいたんです。その動画を去年の命日に初めて子供たちに見せたんです。それまで、見たくないと言っていたんです。つらくて見られないって。だから時期を置いていたんです。そろそろ見せても大丈夫な年齢かなと思って。


 夫は病床から、1人1人にメッセージを残していました。「長男はできるのにさぼっちゃうことがあるので、そういうところは直そうね」「次男は、みんなを楽しませる子になってほしい」「三男は、覚えていないんだろうな」…。パソコンを開いて、1人1人呼んで見せたんですけど。結局みんなで見て、ボロボロ泣きました。何度も真剣に見て、聞いていました。


 日記は、年に1回くらい読み返しています。私が夫に「病気を代わってあげたい」と言ったときには、そんなことを言わせてしまったことを悔いていたようです。こういったものを遺してくれてよかった。このときの夫を思う気持ちは、ずっと生きていますから。


※女性セブン2017年7月27日号

NEWSポストセブン

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