ジャニー氏に見込まれた滝沢秀明、極貧から大出世までの道

7月19日(金)7時0分 NEWSポストセブン

ジャニー社長の家族葬でも目立っていたという滝沢秀明(写真は今年4月)

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 7月12日に営まれたジャニーズ事務所・ジャニー喜多川社長(享年87)の家族葬。東京渋谷のジャニーズアイランドの稽古場にて、ジャニーズ事務所所属のタレントとジャニーズJr.を中心に約150人が参列した。


「家族葬」を終えた、午後2時半。ビルから霊柩車が出てくる。その助手席には、ジャニー社長の遺影をしっかりと胸に抱え、涙を見せずに前を一心に見る滝沢秀明(37才)が乗っていた。


 霊柩車の後を追うように、タレントやスタッフが乗るマイクロバス、ワンボックスカーが続き斎場へと向かった。


「助手席にはジャニーさんの姉であるメリー副社長や姪のジュリー副社長が座るのではなく、また“長男”の近藤真彦さん(54才)や東山紀之さん(52才)が移動車で斎場に向かう中、タッキーが助手席に座っていたのは驚きでした。霊柩車の助手席は家族の中でも妻や夫や子、いちばん親しい人が座るもの。


 タッキーがその席に座ることをみんなが認めたからでしょう。“養子縁組”をした息子同然の立場なのだと改めて思わされました」(芸能関係者)


 ジャニー社長の家族葬でも、その存在はひと際、目立っていたという。


 参列したタレントたちが椅子に座る中、滝沢は終始、最後方で立ったまま、関係者に指示を飛ばしていた。喪服を着崩すことなくシャツの第1ボタンまでビシッと留め、誰とも談笑せずに裏方として動き回っていたという。


「“父”であるジャニーさんをしっかり送ろうという強い意思が伝わってきました。タッキーは300人にも及ぶジャニーズJr.の育成やプロデュースを担う『ジャニーズアイランド』の社長。Jr.たちの市場規模はますます大きくなっていて、企業価値は100億円は下らないといわれています。いちアイドルが重要な関連会社の社長を任されるほどの信頼関係が確かにあったのだと感じました」(前出・芸能関係者)


 *

 東京都八王子市で3人きょうだいの末っ子として生まれた滝沢は、幼い頃に両親が離婚した。


「家を出て行った父親とは疎遠になり、幼い頃のタッキーは父親の愛情を知らずに育ちました」(滝沢を知る関係者)


 離婚後、母親は3人の子供を育てるため朝から晩まで働いたが、生活は苦しかったという。


「着るものにも困り、真冬でもタンクトップと短パンの生活を送っていた。食事も水で溶いた小麦粉をホットプレートで焼き、ケチャップを塗って食べたりしていた。唯一のごちそうは、具がシーチキンの餃子だったと話していました」(前出・滝沢を知る関係者)


 滝沢は中学生になると、貧しい家計を助けるために、仕事を探すようになった。子供でも働ける場所——そんな時、たまたま目にしたのが、姉が夢中になっていたKinKi Kidsだった。アイドルになりたいわけではなかったが、働きたい一心でジャニーズ事務所に自ら応募した。


 書類選考を通過してオーディション会場に向かうと、質素な服を着た1人の男性が参加者にハンバーガーを配っていた。オーディションが終わるとその男性は滝沢にこう告げたという。


「ぼくがジャニーです」


 滝沢が初めて“父”に出会った瞬間だった。そこから滝沢の人生は急転する。オーディション1週間後にジャニー社長から連絡が入り、2週間のダンスレッスンを受けただけでKinKi Kidsのバックダンサーとして初ステージに立った。


「その後、スターへの階段を駆け上がっていくタッキーに、ジャニーさんは歌や踊りだけではなく、人間としての礼儀やマナー、立ち居振る舞いまで厳しくも温かく教え込みました。タッキーが反抗期を迎えて大変な時期もありましたが、ジャニーさんはしっかりと受け止めていた。よく、“滝沢は母親譲りの女の子のような美しい肌を持っている。でも男っぽいんだよ”と評価していました。2人は実の父と子のような関係だったように思います」(前出・芸能関係者)


 ジャニー社長の教えを吸収していった滝沢は14才でオーディションの面接官を担当するようになった。


「関ジャニ∞の横山くんは、滝沢さんが面接官を務めるオーディションに参加しました。お飾りではなく目立つ鋭い面接官で、当初からプロデューサーとしての能力を見せていたそうです」(スポーツ紙記者)


 その後、滝沢はジャニーズJr.のリーダーに任命された。当時のJr.は後に嵐となるメンバーや山下智久(34才)、生田斗真ら多くのスター候補生がひしめいていたが、大抜擢された滝沢は“父”の期待に応えるべく奮闘した。


 Jr.を支えながら2002年にタッキー&翼でデビューし、トップアイドルとして活躍。俳優やバラエティー番組の仕事をしながら後輩たちを指導した。


 2009年にはソロとして、デビュー曲『愛・革命』をリリース。自身で作詞、作曲を務め、ジャニー社長も絶賛したという。


 そして2018年9月、ジャニー社長の後継者となるべく、滝沢は芸能活動の引退とプロデュース業への専念を発表。トップアイドルの裏方転身という「革命」を受けて、ジャニー社長はこんなコメントを出した。


《私は驚きとともにうれしくて涙がこぼれそうでした。このような決断をしてくれた滝沢には心より感謝しています》


※女性セブン2019年8月1日号

NEWSポストセブン

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