ジャニー喜多川氏から教え子・中居正広に受け継がれた哲学

7月19日(金)16時0分 NEWSポストセブン

中居正広に受け継がれたジャニー喜多川氏の哲学とは

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 7月13日、『中居正広のニュースな会』(テレビ朝日系)で中居正広が「トークのスキルを最初に見出してくれたのがジャニーさんだった」「“細かいことを積み重ねなさい”と勉強させてもらいました」と7月9日に亡くなったジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長への感謝を述べた。著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)の中で、ジャニー氏に関する秘話も豊富に綴っているライターの岡野誠氏が2人の共通点を考察する。


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 人は、何かと“自分のほうが優れている”とアピールしたくなるもの。後輩ができると講釈を垂れ、「俺たちの頃は」と口癖のように話す人もいる。だが、本当に話を聞きたくなる人ほど、自分から何かを語ることはない。


 ジャニー喜多川氏は自伝の出版をしないまま、生涯を終えた。そんな彼の哲学とは何だったのか。これまで残した言葉を読んでいくと、ある傾向が浮かび上がってくる。


 1970年代後半に低迷していたジャニーズ事務所を、再興させたのは田原俊彦、近藤真彦野村義男の3人だった。彼らは、1979年の『3年B組金八先生』(TBS系)の生徒役をきっかけにブレイク。1980年6月21日に田原俊彦が『哀愁でいと』、12月12日に近藤真彦が『スニーカーぶる〜す』で歌手デビューし、ヒットチャートを席巻していく。3人が“たのきんトリオ”として、映画『グッドラックLOVE』をヒットさせていた頃、ジャニー氏はこう語っていた。


〈これからのことはよく聞かれるんですが、彼等はまだ20才前ですから10年後のビジョンはもちろん2〜3年後のプランも今はありません。というのも今、現実にあることを精一杯やるという姿勢をあの子達に教えられたんです〉(コンフィデンス・1982年1月11日号)


 1990年代はSMAPのブレイクが事務所の在り方を大きく変えた。1991年9月9日に『Can't Stop!! -Loving-』でデビューしたSMAPは、1994年に『Hey Hey おおきに毎度あり』で初のオリコン1位を獲得し、その後も『がんばりましょう』などのヒットを飛ばしていった。SMAPに関するインタビューの中で、ジャニー氏はこう述べている。


〈ジャニーズは単なるジャリタレばかりといわれるが、昔は皆ガキであり、へただった。それが磨かれるからスターになる。彼らはそれを小学生のころから続けている。私自身も教わりつつ教えている〉(産経新聞夕刊・1995年6月12日付)


 1999年11月3日には、嵐が『A・RA・SHI』でデビュー。昨年11月から20周年記念の5大ドームツアーを行ない、今年12月までの全50公演で計237万5000人を動員し、日本歴代最大規模になる予定だ。その嵐が2020年限りでの活動休止を発表した今年1月、ジャニー氏はこう話していた。


〈この子たちはどうなるかと思っていたら、(後に)全てを教えられた。みんなを尊敬しています〉(サンケイスポーツ・2019年1月31日付)


 ジャニー氏は何歳になっても、常に“教えられている”と謙虚な姿勢を崩さなかった。時代の変化に敏感で、常に新しい何かを探していたからこそ、若者から学ぼうという精神があったのだろう。


 その考え方は、教え子にも受け継がれている。ジャニー氏が“トークのスキルを最初に見出した”中居正広は、2019年5月2日、深夜放送の『岡村隆史のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)にゲスト出演した時、年下のスタッフと接する際の心構えをこう話した。


〈なるべく“普通さあ”とか“一般的にいうと”と言うのを止めるようにしました。僕なんかより10、20くらい(離れてる)人と、自分が今まで使ってきた物差しが圧倒的に違う。なるべく、もの差しを弓なりじゃないですけども、柔軟に、しなやかに持たないといけないなとは思いますね〉


〈僕なんかが若い時に、『俺らの時代はさ』と聞くことがあったとしても、ちょっとまた(今は)違うかなあと。『俺なんかの時代はさあ』と言われても、わからないから〉


 1990年代にアイドルの司会道を切り開いてきた中居は、時代に合わせて柔軟に対応してきたからこそ、2019年の今も『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(TBS系)、『新・日本男児と中居』(日本テレビ系)、『中居正広のニュースな会』(テレビ朝日系)などテレビ5本のレギュラー司会を務めているのだろう。これらの番組は取り上げる話題が毎週異なるだけでなく、出演者の世代もバラバラであり、職種も芸能人だけに限らない。


 あらゆる人をまとめ上げるには、相手の心の機微を察知できる能力が不可欠だ。中居は出演者に対する配慮を欠かさないし、視聴者の気持ちに立った振る舞いもできる。


 デビュー前、10代の多感な時期にジャニー氏から仕事に対する姿勢を学んだ中居は決して“自分の常識”に捉われないからこそ、時代が変わっても求められる司会者になっている。


●文/岡野誠:ライター・芸能研究家。著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)は3刷に。関係者への取材で、ジャニー喜多川氏が田原俊彦の『哀愁でいと』をプロデュースする際の詳細なエピソード、ジャニー氏と田原が『グッドラックLOVE』のレコーディングの時に意見を戦わせた逸話なども綴っている。

NEWSポストセブン

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