大坂なおみ発言で考えるトップ選手のメンタルヘルス。田中ウルヴェ京が「期待されている自分になるな」と言う理由

7月27日(火)13時50分 婦人公論.jp


全仏の1回戦に勝利し、取材に応じた大坂なおみ選手。その後の記者会見を拒否した(写真提供:時事通信社)

テニスの大坂なおみ選手が四大大会の一つである全仏オープンで記者会見を拒否。罰金を科され、2回戦を棄権した。自身のツイッターで「長い間、うつの症状に悩まされている」との告白も。オリンピックをはじめ世界の舞台を経験し、今もスポーツ界を支える杉山愛さんと田中ウルヴェ京さんが、トップ選手の心理を考察、私たちがメンタルの健康を保つ秘訣まで語り合った(構成=古川美穂)

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常に強さを見せていなければならない選手たち


田中 全仏オープンの一連の出来事について、トップテニスプレーヤーだった愛さんはどう思われましたか。

杉山 すごく驚きました。というのも、テニスプレーヤーはジュニア時代からずっとメディアの大切さやつき合い方を学んでいます。トップに行くほどメディア対応は当然の責任だと誰もが捉えている、と思っていたので。しかもSNSという、ある意味一方的な形で発信したことにも驚きました。

田中 ああ、なるほど。

杉山 けれど改めて、ここまでの大坂選手の言動を考えると、負けた後の記者会見など相当なストレスを抱えながらやっていたのだということが理解できました。今回のことは苦しんだ末の結論だったのでしょう。ただ、2回戦で棄権になったのは非常に残念。誰も望んでいない形になってしまいました。ほかにもっと良いやり方があったのではないかとは思います。

田中 メンタルトレーナーの立場から見ると、会見拒否も、うつ状態のことをオープンにしたのも、ずいぶんと勇気が要っただろうなというのが第一印象です。

杉山 勇気というと?

田中 実は2019年に国際オリンピック委員会(IOC)は、「今後はトップアスリートのメンタル問題にも積極的に取り組むべきだ」と表明しています。そして20年のIOC国際アスリートフォーラムでは、参加した五輪経験選手のうち3分の2が「自分のメンタルの状態を人に明かすのはタブーだと思う」と回答しているのです。

杉山 弱さを隠そうとするトップアスリートたちの中で、大坂選手が自分から弱さをさらけ出したのは勇気があるということですね。

田中 はい。トップクラスの選手たちは常に強さを見せていなければならないという意識があります。でも、メンタルを健康に保つうえでは、一般的に「弱い」とレッテルを貼られることでも、口にすることは大切。それは「メンタルのしなやかさ」にもつながります。選手は自分が弱いと感じた時、その事実を伝えることは大事だとみんなわかっているけれど、口に出しにくい。

偽りなく正直に自分の気持ちを伝えようと


杉山 私は大坂選手に何度もインタビューしていますが、彼女はどちらかというと人見知りでシャイ。大舞台で力を発揮するあのダイナミックなプレーとは真逆の、とても繊細な面を持っている印象があります。一方で、人に注目されることは嫌いではない。そんな彼女の性格的なギャップみたいなものは、私も接してきたなかで感じています。

田中 愛さんにお聞きしたかったのですが、大坂選手がSNSで会見拒否を表明した時、主語が「私」ではなく「我々」でした。あれはどういう意味だったのでしょう。

杉山 テニスでは、負けた直後は誰でもすごく心乱れるというか、日常で味わうことのない激しい屈辱や敗北感を味わうものです。私の現役時代は、事前に少しでもメンタルトレーナーやスタッフと話してから会見に臨めればベストだと思ってそうしていましたが、中には試合後そのままの勢いで記者会見場に行ってしまう人もいます。

田中 まだ客観的な整理ができていない心理状態の時に、厳しい質問を投げられたりすると、ダメージが大きい。

杉山 ええ。そういう場面を見ると、こちらも心苦しくなる時があります。優しさを持ち合わせている大坂選手だから、「我々」は、超トップクラスの、同様に嫌な思いをした選手たちをさして言ったのでしょう。

田中 なるほど。また、大坂選手はどんな質問にも本当に真摯に答えようとしている印象があります。そうした姿勢も心理的な負荷を増やしているのではないかと思うのですが。

杉山 おっしゃる通り、すごくピュアで、偽りなく正直に自分の気持ちを伝えようとします。だから苦しくなってしまう。私は全仏の前哨戦でローマにいた大坂選手に、リモートで1対1のインタビューをしました。彼女は私の英語での質問を必ずもう一度復唱して、「うーん」と考えてから自分の意見を言うのです。本当に1問1問、真剣に答えてくれて。

田中 誠実で手を抜くことができないのでしょうか。トップ選手特有の完璧主義的な部分かも。

杉山 はい。彼女もコート上では完璧主義の部分を少しずつ手放し、自分を許すことが上手になってきています。その結果、最近ハードコートで安定した成績を残せるようになった。テニスの技術を磨くのと同様、記者会見を含めてコート外でもうまくストレスマネジメントすることが、今後のツアー生活で1つのカギになると思います。

「堂々と謙虚に」という姿勢が大事


田中 私はワールドカップやオリンピックにメンタルコーチとして帯同する機会がありますが、大きな競技会では、選手はもちろん監督にも重圧がかかります。記者会見にあたり私が選手や監督によく申し上げるのは、「自分の本音を10割しゃべらずに、2割で十分という意識で」ということ。それから「堂々と謙虚に」という姿勢が大事だともお伝えしています。

杉山 すごくわかります。無理にすべてをさらけ出さなくても、見ている人にはちゃんと伝わる。「堂々と謙虚に」も大切だと思います。最終的にはメディアというより、その向こうにいる人たちに「また頑張りますから、どうか応援してください」と伝わるのが望ましいのですから。

田中 プロアスリートなら、「こういう答えがほしい」ということが伝わるような質問を受けますね。

杉山 ええ、ええ。

田中 それに対して、「期待されている自分になるな、期待されていることを意識するな」と私は言っています。トップ選手は真面目だし、謙虚でないと上にいけない。だから相手の要求に合わせて一所懸命に答えようとしてしまい、そのために疲弊する。

杉山 本当にそうです。スポーツ選手なら誰でも大きな浮き沈みはあると思います。私も、調子がいい時には誰にでも勝てるのではないかと思うぐらい前向きな気持ちになりました。半面、どん底で調子が悪い時はしばらく誰にも会いたくない。スーパーで食料を買い込んで、3日間は完全に引き籠もれる態勢を作っていました。

田中 スポーツの中でも、テニスのような対人で長時間の個人競技は特に波が大きいかもしれません。


「テニスは《メンタルスポーツ》と呼ばれるほどダイレクトな形で精神力が試される。1対1で対戦し、最後の最後まで勝敗がどちらに転ぶかわからない。」(杉山さん)

トップアスリートであればあるほど
気分の浮き沈みが激しい


杉山 そうなんです。テニスは「メンタルスポーツ」と呼ばれるほどダイレクトな形で精神力が試される。1対1で対戦し、最後の最後まで勝敗がどちらに転ぶかわからない。マッチポイントを取ってから逆転負けすることも、その逆もあります。相手の気持ちも手に取るようにわかり、そこがまた面白さでもある。

田中 記者会見でさえ本当の自分を見せたくない、それも戦略の一部だと聞いたことがあります。

杉山 はい。先ほどの「弱みを見せたくない」という話にもつながりますが、心理的な駆け引きも重要な競技ですから。

田中 一方、私がやっていたシンクロナイズドスイミングのような採点競技では、自分の演技さえちゃんとできれば良いので、会見などで緊張した顔を見せても構わない。むしろ隠さず本当の自分を見てもらいたいという気持ちがありました。

杉山 へえー、面白い!

田中 トップアスリートであればあるほど気分の浮き沈みが激しいのは、自分の心身の状態を敏感に察知できることとも関係します。「今日はふくらはぎのこの部分が痛い」とチェックするのと同じように、「今日から3日ぐらい落ち込みそう」とか。それを表に出すかどうかはともかく、ちゃんと自分の浮き沈みに気づけるというのは、良いパフォーマンスをするために大事なことです。

杉山 たしかに、心身の状態を常に客観的に把握するのはパフォーマンスを上げるのに重要かもしれません。生きていれば人間必ずアップダウンはあります。それはスポーツマンに限らないですね。

*この対談は6月17日に収録しました

<後編につづく>

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