生田智子×木佐彩子「交際のスタートは実家での食事。アスリートの妻業は意外とゆるかった」

7月28日(水)14時0分 婦人公論.jp


サッカー元日本代表・ゴン中山こと中山雅史さんを夫にもつ生田智子さん(左)と、ヤクルトスワローズの投手からメジャーリーガーになった石井一久さんを夫にもつ木佐彩子さん(右)撮影=宮崎貢司

サッカー元日本代表の中山雅史さんを夫にもつ生田智子さんと、元メジャーリーガーの石井一久さんを夫にもつ木佐彩子さん。夫が現役を引退後、コーチや監督として単身赴任中で、1年の大半は離れて暮らしているというおふたりは、「亭主元気で留守がいい」と口をそろえます。その真意は──(構成=上田恵子 撮影=宮崎貢司)

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初めての差し入れは、大きい缶入りのうなぎパイ


生田 実は今年の3月に、銀婚式を迎えました。

木佐 25年! おめでとうございます。何かお祝いしましたか?

生田 まだなんです。夫は今年(2021年)1月からジュビロ磐田のコーチに就任して、静岡と東京で離れ離れ。今はコロナ下なので、もう5ヵ月くらいは会えていないですね。

木佐 うちの夫も、今シーズンから東北楽天ゴールデンイーグルスの監督に就任して、仙台に単身赴任中。私は、おかずの作り置きをしたり掃除したりするために週末だけ仙台へ。私たち、境遇が似ていますね(笑)。生田さんとご主人はどうやって出会ったんですか?

生田 最初は仲良しの三浦りさ子ちゃんから三浦知良選手を紹介されて、日本代表の試合を観に行った時、夫に会いました。第一印象は、面白いことを言う人だな、と。サッカー一筋で一度も舞台を観たことがないと言うので、名古屋公演の舞台に招待しました。ジュビロ磐田の本拠地と名古屋は近かったので。

木佐 そうしたら、ご主人は?

生田 一番大きい缶入りのうなぎパイを差し入れしてくれて。(笑)

木佐 かわいいですね! 私は、フジテレビでスポーツニュースを担当していた時に出会いました。当時、東京ヤクルトスワローズの野村克也監督に試合前のコメントをいただきに球場に通っていて、先発投手だった夫とよく顔を合わせていたんです。

交際期間は実家でデートを重ねて


生田 ご主人のどんなところに惹かれたんですか?

木佐 試合前の選手って、普通はピリピリしていますよね。でも彼はのんびり落ち着いていて、一人だけ空気感が違った。まずそこで「へえ〜」と思って。その後、フジテレビの球団担当と一緒に食事をするうちに、お付き合いをするようになりました。スポーツ番組を担当する立場上、関係者に迷惑はかけられないので、付き合うなら結婚すると決めていましたね。

生田 相手が野球選手だと、デートするのも大変だったでしょう?

木佐 私の実家のリビングとキッチンが、デートコースの1つになっていました(笑)。親にも早いうちに紹介しておいたほうが、安心するかなと思って。

生田 私も交際を始める前、東京で最初に食事をしたのが実家でした。うちの両親と祖母と犬も一緒に(笑)。彼が1993年のサッカーワールドカップ最終予選の敗退、いわゆる〈ドーハの悲劇〉で有名人になってしまったので、外で食事をするのが難しかったんです。

木佐 そうだったんですか。あの年はJリーグも開幕して、注目度も高かったですしね。

生田 その後、母の「30歳までにはお嫁に行きなさい」という言葉もあり、結婚しました。両親は、私がいないところで夫にも話をしていたみたいですけど。(笑)

意外とゆるいアスリートの妻


木佐 私は夫と結婚するなら、スポーツニュースは降りようと決めていました。やっぱり気まずいですもん。そもそも私は入社してから5〜6年、人事に「ニューヨーク支局に行きたい」と希望を出し続けていたんです。全然通りませんでしたけど、子どもの頃にロサンゼルスに住んでいたし、一度アメリカで働いてみたくて。

生田 じゃあ結果的に、ご主人を通して夢が叶ったんですね。

木佐 そうなんです。2002年に夫がメジャーリーグのロサンゼルス・ドジャースに移籍することになった時は、「ラッキー、よくやった!」と(笑)。生田さんはスポーツ選手と結婚してどうでしたか。

生田 正直、もっと大変なのかと思っていました。でも夫は自分の管理ができる人で、栄養のことなどもある程度わかっていたので、思っていたよりも楽でしたね。食事は和食が中心のいわゆる定食的なものを出すように心がけていました。

木佐 わかります。周囲からは食事の管理が大変だと思われがちですが、うちは本人がストイックなタイプじゃない(笑)。遠征先では焼き肉など重いものを食べることも多くて。だから家ではお刺身やおひたしを先に食べさせて、好物のお肉、白米は最後に出すようにしていました。ご飯なんかどんぶり2杯食べちゃうから、子どもみたいにだましながら。気をつけていたのはそのくらいです。

生田 うちは最初から全品を食卓に並べて、最後の一口をご飯とおかずで終わらせたいタイプ。いろいろなものを少しずつ食べたい人なので、肉や魚料理以外に納豆やおひたしなどの副菜を数皿出すようにしていました。この栄養素が足りないかなと思ったら、食材を適当にプラスして。

木佐 でも私たち、振り返ると結果的に正しい食事を出していましたよね。ざっくり管理だけど、間違ってはいなかった。(笑)

「仕事」という自分の世界を持つ


生田 結婚する際に、夫の両親から「仕事は辞めてくれるんですよね?」と聞かれました。当時はチーム本拠地の静岡に移住する必要があり、私もそのつもりでいたんです。でも私の母が、「女性も仕事を持つ時代だから、辞めなくてもいいんじゃない? この先、何があるかわからないし」とずっと言っていて。母は働きたくても叶いませんでしたから。

木佐 その通りだと思います。

生田 静岡から東京までは近いので、日帰りでできる仕事をしていました。夫も最初は、仕事をすることに賛成ではなかったのですが、次第に「どんどんやってください。俺もいつまでも現役ではいられないから」と言うようになりましたね。(笑)

木佐 気持ちが変わったんですね、よかった! 私は結婚と同時に夕方6時台のニュースの担当になり、結婚式どころではなくなってしまって。「勉強しなきゃ」って大慌てですよ。でも、夫が試合を終えて帰宅する頃には夕飯を作れていたし、夫は遠征で月の半分は不在なので、私はよく後輩を連れて飲みにも行っていました。(笑)

生田 それはいいですねえ。

木佐 でもある時、気持ちが大きく仕事に傾いて。夫が春季キャンプで家を空けている間、とある事故の取材のため10日間現場に滞在したのですが、そこで報道の仕事に大きなやりがいを感じてしまった。「もっとやりたい」と思っていた時に、上司から「ヨーロッパにサミットの取材に行くか?」って声をかけられたんです。

生田 それは長い期間、家を空けないとできない仕事ですね。

木佐 はい。夫は「彩がハッピーで楽しそうにしているのが一番嬉しい」という人ですが、さすがに申し訳ないかな、と迷っていたら妊娠が判明。神様が家庭を優先しなさいと言っているんだ、と出張は諦めました。その後、彼がメジャーに移籍してアメリカで4年ほど専業主婦生活を送りましたが、やっぱり私は自分の世界=仕事を持っていたほうが心のバランスがとれると再確認しましたね。

生田 私は娘がまだ高校生でお弁当も毎朝作らないといけないので、どうしても家庭中心で考えてしまいます。それでも、彼女に「働いているお母さん」の後ろ姿を見せられるのは良かったかな、と思っているんです。

〈後編につづく〉

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