3つの山口組抗争 神戸山口組を離脱した絆會に解散の動き

7月30日(木)7時5分 NEWSポストセブン

5月には岡山で、六代目山口組大同会幹部が神戸山口組池田組幹部を襲撃した事件が起きたばかり(写真/共同通信社)

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 日本最大の暴力団の分裂劇から5年、「3つの山口組」が並び立つ構図が崩れようとしている。泥沼化する抗争はヤクザ社会、そして一般社会にどんな影響をもたらすのか。暴力団取材のツートップ、溝口敦氏(ノンフィクション作家)と鈴木智彦氏(フリーライター)が語り合った。


鈴木:先に神戸山口組を離脱した絆會には、解散の動きが報じられています。


溝口:トップの織田絆誠組長が解散を唱えていたのは間違いないが、7月14日の緊急執行部会で解散が撤回されました。幹部の中には、今のままでも絆會は生き残っていけるという反対意見が多く、織田組長も納得した。


鈴木:織田組長は、生き残るために暴力団とは名乗らないようにする、という考え方ですよね。


溝口:彼は、反社会勢力と見られたままでは暴力団は生き残っていけないと思っている。反社会的な存在ではなく、かつてのような街の世話役としてのヤクザという存在に戻したいと言っている。そのための解散なんだと。


鈴木:理屈としては分かりますが、警察は暴力団の指定を解くはずがない。


溝口:確かに難しい。それに、いくら自分たちで解散した、組員ではないと言っても、警察には辞めた組員でも5年以内は組員同等とみなされるという“5年ルール”があって、銀行も保険もそれに従うから口座の開設もできない。それを逃れるのは困難でしょう。


鈴木:今回の神戸山口組の分裂騒動で、山健組とは違う神戸側の組織が絆會と合流するという可能性も出てきたのでは?


溝口:それもあり得るとは思います。ただ、六代目山口組に戻るという選択肢はもうないでしょう。


鈴木:この5年間で、六代目山口組が抗争において優位に立ったのは確かですが、神戸山口組も絆會も今に至るまで存続できてしまっているということ自体が、暴力によって築き上げてきた山口組の“ブランド”を毀損してしまっています。


溝口:それが山一抗争(*1)との大きな違いですね。山一抗争では竹中正久・四代目組長を始め多くの死者を出したが、一和会を解散に追い込んだ山口組は暴力の宣伝効果で組員を増やし、より巨大化していった。


【*1:1984年、竹中正久組長が四代目を襲名したことに反発した反竹中派が「一和会」を結成。竹中組長は一和会に殺害されたが、山口組の報復が激化。1989年の一和会解散まで双方で25人の死者を出した】


鈴木:テレビや新聞、夕刊紙が、毎日のように抗争を取り上げて、暴力団といえば山口組という認知度を築きました。


溝口:しかし今回の場合は、六代目山口組も組員を大きく減らしている。人員的にも金銭的にも、六代目側のほうが抗争する力があるのは間違いないが、抗争事件の刑罰が重刑化して1人殺したら無期懲役の今、派手な抗争はできない。


鈴木:ただ暴力団の存在意義が“殺してなんぼ”であることは変わらない。山口組分裂の直前に終結した道仁会と九州誠道会の分裂抗争(*2)は、足かけ8年で一般人を含む14人もの死者を出している。他のヤクザに対し、時代のせいで抗争できないとは言い訳できません。喧嘩をしなければ、他団体も山口組に特別な脅威を感じなくなってしまう。


【*2:九州の指定暴力団・道仁会の人事をめぐって九州誠道会(現在の浪川会)が分裂。2006年から8年に及ぶ抗争で47件の事件が発生し、一般市民を含め14人が死亡した】


溝口:ヤクザ全体が山口組のブランドに引っ張られていた部分があるから、山口組が衰退すると必然的に暴力団全体が細っていく。実際に全国の組員の数はこの5年、減少の一途を辿っています。


鈴木:しかも、六代目山口組には司忍組長が78歳、ナンバー2の高山清司若頭が72歳とともに高齢であるというネックがある。うまく若返りを成功させないと、さらなる分裂を招く可能性があります。


【PROFILE】

◆みぞぐち・あつし/1942年、東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業。ノンフィクション作家。『食肉の帝王』で2004年に講談社ノンフィクション賞を受賞。主な著書に『暴力団』『山口組三国志 織田絆誠という男』など。


◆すずき・ともひこ/1966年、北海道生まれ。日本大学芸術学部写真学科除籍。ヤクザ専門誌『実話時代』編集部に入社。『実話時代BULL』編集長を務めた後、フリーに。主な著書に『サカナとヤクザ』『ヤクザときどきピアノ』など。


※週刊ポスト2020年7月31日・8月7日号

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