吉本興業の大混乱を見て「島田紳助がいれば…」の声も

7月31日(水)7時0分 NEWSポストセブン

騒動はこの人にも波及した(写真/時事通信フォト)

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 反社会勢力にギャラをもらって出演していた闇営業問題が発覚、その当事者である雨上がり決死隊宮迫博之ロンドンブーツ1号2号田村亮による謝罪記者会見で岡本昭彦・吉本興業社長のパワハラ発言が明らかになった。この2日後に岡本社長のグダグダ会見が行われたが、そのなかで浮かび上がったのが、いずれも元ダウンタウンの元マネージャーである大崎洋・会長と岡本社長、松本人志が吉本興業内で持つパワーの強さだ。


 そして、現在の松本—大崎ラインが確立されるまでには、吉本をめぐる不祥事が大きく作用したことも見逃せない。


 2007年、当時副社長だった大崎氏が元暴力団幹部に「創業家である林家を経営に入れろ」と脅迫されるという事件をきっかけにお家騒動が勃発。林家と対立していた特別顧問のベテラン芸人・中田カウスが、週刊誌上で暴力団との関係を告発し合う暴露合戦を展開。これを機にカウスは特別顧問を離れ、林家もまた経営への影響力を失った。


 2011年には島田紳助が暴力団幹部との交際発覚で引退。こうしてスキャンダルが起きるたび、松本—大崎ラインの対抗軸がなくなっていったのだ。


「紳助は松本が唯一尊敬する先輩で、(明石家)さんまとも同期の親友だった。紳助がいれば、今回の件でもうまく連携して動けたかもしれないが、松本とさんまはほとんど交流がないため、どうしてもバラバラの動きになってしまう」(在阪の芸能記者)


 大物芸人の動向に右往左往する中堅・駆け出しも含め、もはや吉本全体が“笑い”を忘れつつあるようにも見える。


 若手時代を吉本興業で過ごし、独立後に1980年代の漫才ブームで大ブレイク、その後1996年に吉本へ復帰し、2007年に再度離脱している島田洋七は、そんな後輩にこう助言を送る。


「嫌われたって強ければ横綱なるやん。会社のことばっか気にするより、もっと真剣に芸磨けよ」


 でないとこの序列は一生変わらない。


※週刊ポスト2019年8月9日号

NEWSポストセブン

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