【ゲームの企画書】エロゲー業界の重鎮アリスソフトのTADA氏が駆け抜けた現場30年。平成に始まり平成に終わった『Rance』シリーズを完結させた「作り続ける人」が向かう先

8月1日(木)11時30分 電ファミニコゲーマー

 アリスソフトは、平成元(1989)年から美少女ゲームをリリースし続け、いよいよ発売タイトルの総数が100作品を数えようとする老舗のブランド【※】だ。ブランドロゴにも堂々と「it’s eroge maker!!」と記載され、そこからも18禁作品への強いこだわりが窺える。

(画像はアリスソフト 公式サイトより)

※法人名としてはチャンピオンソフトという名があり、アリスソフトはそのブランド名。

 そんなアリスソフトの代表作と言えば、『Rance』『闘神都市』『大悪司』といった大ヒットしたシリーズの名が挙がる。
 これらはいまも新作が発売されるたびにPCゲーム雑誌の人気ランキングを席巻し、平成30(2018)年に催された「萌えゲーアワード 2018」【※】においても、みごとに『RanceX −決戦−』が準大賞を受賞している。

※萌えゲーアワード
業界審査団体の審査を経て発売された、R18作品だけでなく一般作品も含めた全PCゲームタイトルについての人気投票を毎年行っている。ユーザーの投票によって作られた年間ランキングをもとにして、審査委員会が最終的に受賞作を決定する。審査委員会は、業界雑誌の編集者をはじめとする有志で構成されている。

 とりわけ平成30年発売の最終作『X』で完結となったこの『ランス』シリーズは、第1作『Rance −光をもとめて−』が平成元(1989)年に発売されており、まさに平成という時代のパソコンブーム、PCゲーム業界の変化そのものを色濃く映している作品だと言えるだろう。

 そして何より特筆すべき部分は、この『ランス』をはじめ、これらの人気シリーズすべての産みの親が、30年間ずっと開発チームのリーダーであり続けたことにある。

 彼の名はTADA。コンシューマー市場にも、30年を超えて続く息の長い人気シリーズはあまり見ない。

TADA氏

 それどころか30年売れ続けたシリーズを、ひとりの人物がずっと現場でコントロールし続けていた例はほかに類を見ない。個性的な世界観と、だれにも真似できなかった独自のゲームシステムの数々。
 TADA氏の作品はいつも、遊び尽くせぬボリュームと中毒性の高いゲーム性を誇っていた。

 たとえば『ランス』シリーズだけを見ても、その登場キャラクターの多さのみならず、どのような脇役にも練り込まれた設定が付いていることなど、知れば知るほど驚かされることだろう。そのうえでさらに、続編タイトルごとにまったく違ったゲームシステムが加わるのだ。
 ランスワールド独特のレベルシステム、アイテムなどによるキャラクター育成、自由度の高いシナリオ選択などのシステム全体が持ち味となって、一作ごとに作品世界がますます深まっていくのだ。それにより、古参のユーザーであればあるほど、アリスソフトの魅力に取り憑かれていったことは、想像に難くない。

 そのTADA氏が、自己のTwitterアカウント上で、アリスソフトからの退職を報告したのはこの6月のことだった。その報せを受け、電ファミで公開した氏に関するニュースもまた、プレイヤーたちのあいだでたいへんな反響を呼んだ。

 それは30年という長いクリエイター人生の中でTADA氏が生み出した数々の名作への記憶が、プレイヤーたちの中でまったく色褪せずに息づいていることを実感させるものだったように思う。

 今回、より深く、アリスソフト初期の逸話や、TADA氏のゲーム作りへのこだわりについて、あらためてご本人に話を伺う機会を得た。黎明期の美少女ゲーム市場に飛び込み、まさに手探りの状態から開発を始めたというTADA氏は、どのようにして次々とヒット作を生み出し、急成長していく業界を歩んでいったのだろうか。

 アリスソフトとTADA氏の足跡を見つめ直すことで、背後にあるTADA氏の姿勢を浮き彫りにしてみたいと思う次第である。

 なお電ファミでは、この“ゲームの企画書”のアリスソフト回を皮切りに、これからしばらく平成の美少女ゲーム史を追い続けていきたいと思っている。美少女ゲームというジャンルが生んだムーブメントがどういうもので、それが今のゲームやアニメなどにどう繋がっているのか? それを解き明かしていければと思う。

取材・書き手/今俊郎・黛宏和
監修/TAITAI


『ランス』シリーズ最終作には、ふたつの時間的リミットがあった

──アリスソフトさんといえば、美少女ゲーム業界の歴史から外せないブランドさんです。そんななかでも、TADAさんの存在はとても大きかったことと思います。
 今回のインタビューでは、TADAさんの足跡を追うとともに、アリスソフトさんの歴史も振り返られればと思います。いろいろと懐かしいお話なども出そうですが、よろしくお願いいたします。

TADA氏:
 よろしくお願いします。なにせ自分だけでインタビューを受けること自体が、たぶん10年ぶりぐらいですので。自分でもメモは用意してきたんですが、「何があったかなあ……30年間?」という状態。うまくお話しできるかな(笑)。

TADA氏

──(笑)。TADAさんがこの30年で製作に関わったタイトル数というのは、最終的には何本ぐらいになるのでしょうか?

TADA氏:
 メインで制作したのが20本くらいかな。サブで参加したのが12本程度だろうか……アリスソフトのタイトルの半分ぐらいは作ったり深く関わったりしていると思いますね。

──30年で30本超。すごい数ですね……。
 その中でも、平成とともに始まったアリスソフトの第一作だった『ランス』は長く愛されたシリーズとなり、奇しくも平成の30年間で終わりを迎えました。同時にTADAさんご勇退の報もあり……。まずは長丁場を終えたいまのお気持ちを教えていただけますか?

TADA氏:
 『ランス』シリーズは完結できてホッとしています。じつは『RanceX −決戦−』を作りながら、ふたつの時間的なリミットを考えていたんです。
 まずは自分の体力の限界。「もう、このへんだろうな」と解っていたので。それでも、一回途中でだいぶヘタって、しんどくなった時期もありました。

──最終作ということで、ボリュームもすごいですからね。もうひとつのリミットとは?

TADA氏:
 エロゲー業界全体の勢いですね。これ以上、販売してくださる店舗が減る前に「間に合わせたかった」という気持ちです。

──なるほど。いまはダウンロード販売もありますが、あくまで「パッケージ販売に拘りたい」という思いだったのでしょうか。

TADA氏:
 そうです。この先もきっとエロゲー業界はなくならないとは思いますが、パッケージで販売する形は「そろそろヤバいな」と、だいぶ危機感を持っていましたね。やはり『ランス』はパッケージソフトとしてシリーズを始めましたから、『X』もパッケージで終わらせたかったんです。

──今回の取材は、平成のPCゲームを振り返る企画であるとともに、TADAさん個人を掘り下げる機会としても考えています。そこでぜひお聞きしたいのですが、そういったパッケージへのこだわりは、どこから来ているのでしょう?

TADA氏:
 純粋に箱ですとか、形のある物が大好きなんですね。うちのパッケージが他社さんと比べてもわりと豪華なのは、そのためです。
 その昔も8000円くらい払って買ってきたゲームが、開けると中身がフロッピーだけだったりすると寂しかったりして(笑)。やっぱり、いろいろ入ってないと物足りなさを感じるでしょう。

── 一時期は、必ず『アリスCD』【※】というオマケも入っていましたね。

※アリスCD
無サポートながら、さまざまなオマケデータやゲームの開発キット『System3』などが入っていた豪華な付録CD。2001年ごろまで、アリスソフトの一部の製品に同梱されていた。

TADA氏:
 そうそう。とにかく何かを入れたかったんです。また、シュリンクを外したり、箱の蓋を開けたりするのも好きなんですよ。だから最後までパッケージで『Rance』を出せたのは、自分たちとしては嬉しかったですね。

──プレイヤーの方々にとっても、変わらぬ『ランス』を見届けられて、最高の形だったと思いますね。

エロゲーを作り続けて30年。その第一歩は?

──それではこのままTADAさんご自身について伺っていきます。そもそもTADAさんがゲーム制作に興味を持たれたきっかけは何だったんでしょうか?

TADA氏:
 学生時代のパソコン……まだPC88の時代にPCゲームを遊び始めたのが始まりですね。当時はソフトもレンタルでした(笑)。
 そういう時代にウォーシミュレーションゲームを遊んでいたと同時に、『天使たちの午後』(JAST・昭和60年)、『ファイナルロリータ』(パソコンショップ高知・昭和61年)などの美少女ゲームも遊び始めたんです。まだチャンピオンソフトに入る前ですね。

 ただそのころは、プログラムというものを素人ができるなんて、まったく思っていなかったんです。でも、専門でもなんでもない普通の学校の先生が趣味で作ったソフトを見かけたことで「自分たちでも作れるんだ!」ってことに気が付いたんですね。

──「だったら自分たちで作ってみよう!」と。

TADA氏:
 ええ。ちょうどそのころは同人ソフトというものが出始めてきた時期でもあり、自分たちでも作ろうと思ったんですよ。でも、けっきょくできなかった。
 絵を描ける友人を家に連れてきて、──当時はモニタにセロファンを貼ったりした上から疑似的にトレスして描くんですが、友人を一日拘束して描かせたりしても完成しませんでした(笑)。

──でも、その時点ではもうゲーム作りを意識していたんですね。

TADA氏:
 そう! もうゲームのことばかり考えていました。でも実力が伴っていなかったので、すぐには形にできないわけです。ですからその当時はPCゲームをとにかくプレイしていましたね。
 『大戦略』(システムソフト・昭和60年)や『オホーツクに消ゆ』(アスキー・昭和59年)などと一緒に、先ほどお話をしたような、まだ黎明期だったエロゲーもウキウキしながらやっていたんです(笑)。

──そうして専門学校でプログラムの勉強をしたうえで、チャンピオンソフトさんに入社されたと。なぜチャンピオンソフトだったんでしょう?

TADA氏:
 自分に技術はないけど、どうしてもゲーム会社に入りたくて、いろいろなメーカーを調べたところ、当時、難しいアセンブラ言語で作られるゲームが多い中、チャンピオンソフトのゲームは初心者向けのBASIC言語で作られていたんです。そこで「チャンピオンソフトだったら、俺でもできるかも!」と(笑)。

──(笑)。コンシューマーのメーカーには、興味はなかったのですか?

TADA氏:
 専門学校の先生に「チャンピオンソフトに就職を決めました」と後で報告したら、「勝手に決めるなよ、カプコンとか推薦してやるつもりだったのに」と言われましたが、「無理無理、それにエロがやりたいし」って感じでした。

──その時期のチャンピオンソフトは、すでに美少女ゲームを作っていたんですか?

TADA氏:
 『ポップレモン』(昭和61年)や『ラブリーGAL』(昭和62年)などを作っていましたよ。あとは雑誌とフロッピーがセットになったディスクマガジンがありました。『ZETA』(昭和59年〜60年)が美少女系で、『LEMONADE』(昭和61年〜62年)が18禁エロ漫画付きのものでした。

──なるほど。そんなチャンピオンソフトにTADAさんが入社されたのが……。

TADA氏:
 昭和62(1987)年ぐらいかな。このとき専門学校の同級生だったWAOくんも一緒に入社したんです。僕はベーシックしかできないけど、彼はアセンブラもできるので、無理矢理連れてきた(笑)。それでWAOくんには先ほどの『ZETA』路線のものを作ってもらい、「僕は18禁の『LEMONADE』をやる!」と息巻いていたのに、入ってすぐに社長の方針で、「エロは辞めます」となってしまったんです。

──美少女ソフトが作りたくて入ったのに!

TADA氏:
 そう。僕は18禁ソフトが作りたくて入社したのに、急に「囲碁ソフトやビジネスソフトを作る」と言うんですよ。しかも、実際に作ってもぜんぜん売れなくて(笑)。
 それでも入社後最初の1本として『リトルプリンセス』という女の子が出てくるゲームを作ったんです。そのあとに作ったのが『エグゼクティブへの道』というビジネスシミュレーション(笑)。それも売れず、会社そのものが倒産に近いところまで行きました。それで社長に「もう、エロゲー作りましょうよ」と言ったんです。

──TADAさんから社長さんに進言されたんですか?

TADA氏:
 僕がというか、「社長の方針はわかるけど、エロも作ろう」ってみんなで言いました。個人的にも、それがいちばんやりたかったことでしたし。

 ただ、「チャンピオンソフトは、もうエロはやらない」と各方面に伝えてしまっていたので、「やるなら別ブランドで」と社長に言われ、そこで生まれたのがアリスソフトでした。「名前を変えたほうが売れるだろう」という打算もあったけど(笑)。

──(笑)。その第一弾が平成元(1989)年7月15日発売の『Rance −光をもとめて−』だったんですね。

TADA氏:
 そうです。『Rance −光をもとめて−』、『Intruder 〜桜屋敷の探索〜』『クレセントムーンがぁる』が、ほぼ同時発売(平成元年)。スタッフが6人ぐらいかな……ほかからの掛け持ちスタッフも入ってくれていましたが、「ふたりで1本ずつ担当していこう!」と話して(笑)。

少人数で作り上げた念願のエロゲー『ランス』

──いよいよ念願のエロゲー制作となったわけですが、『Rance −光をもとめて−』は、どういったコンセプトから出た企画だったんでしょうか?

TADA氏:
 ファンタジー世界を舞台にしたのは、純粋に自分がそういったRPGが好きだったからですね。それに、当時は学園ものなどばかりで、「エロでファンタジー」という作品があまりなかったんですよ。ですので「ファンタジー」で「エロ」くて「かわいい女の子」が出るものを、と制作しました。

──それにしてもふたりで1本、全部で6人という少人数での制作はかなりキツそうです。

TADA氏:
 チャンピオンソフトでの経験はあったんですが、いま思うと「よくあれを発売したなあ」というレベルでしたね。マニュアルも手書き部分が多いし、フロッピーを自分たちでコピーして、ラベルも貼っていました(笑)。学生時代に作れなかった同人ソフトを社会に出てから作ったようなものですね。

 だから最初の『Rance』から「アリスの館」というコーナーを作り、そこに同人のノリで自分たちが言いたいこと、語りたいことをどんどん入れていったんです。やりたい放題で作っていました。チャンピオンソフト時代の、ディスクマガジンのノリっぽいところもありますね。

──やりたい放題の作品に対して、お客さんの反応はいかがでしたか?

TADA氏:
 どこかでも書いたんですが、初期ロットが600本程度なので……ぜんぜんですよ、もう(笑)。会社は火の車だし、大変です。
 でも作っていた自分たちは、当時は売り上げのことなどあまり考えていませんでしたね。苦しかったのは社長だけ(笑)。僕らはもう、学校のサークルみたいな雰囲気で。

──「念願のエロゲーが作れた!」と(笑)。

TADA氏:
 そう。もう、クラブ活動みたいなものです。このころは2、3ヵ月に1本くらい作っているのかな。むちゃくちゃでしたけど、そのぶん作るのも楽しかった。いまで言うとブラック企業のノリですが、不夜城で楽しくやっていました。

──確かに次作の『RanceII −反逆の少女たち−』は平成2(1990)年5月15日の発売。あいだに1年もないんですね。

TADA氏:
 いま思えば、「よくこんな短期間で……」となりますが、じつは2作目はこれでも遅れたんですよ。当初は年末に売ろうと、4ヵ月ぐらいの間隔で出す予定だったんです。社長に「発売日を延ばさせてください!」と頭を下げに行ったのを覚えています。

──この時期も、スタッフは変わらず少なかったのですか?

TADA氏:
 ええ。まだまだ少なかったので、ひとり何役もするのが当たり前でした。僕も企画、プログラム、シナリオ、モンスター描き、それから広報までしていましたね。

──失礼ですが、1作目の本数からすると、「2作目をよく作れたなあ」とも思ってしまうのですが……。

TADA氏:
 『Rance』の600本という数字は初期ロットのものなので、そこからだんだん伸びていたんですよ。当時のチャンピオンソフトの基準から言うと、「おお、売れたなあ」というところまでは。僕が覚えているいちばん売れなかったソフトには、「3本」というものがありますから(笑)。

──さ、さすがにそれは驚きですね……。そこまで数字が伸びたのは、当時のお客さんにとっても、「エロでファンタジー」というものが珍しかったからなのでしょうか?

TADA氏:
 そうでしょうね。でも、そのころのうちのシステムは、RPGを作れるようなものではなかったんですよ。1作目はアドベンチャーゲームしか作れないシステムを使って無理やりRPGにしました。『RanceII』もそうですね。

 キャラクターにマップを歩かせる技術がなかったから、マップのエリアを塗って移動を表現するあの仕様になったんです。
 “歩くたびに地面の色が変わって位置を示す”という処理を、BASICのPAINT命令で書いてましたから(笑)。ですができる限り、よりRPGっぽくしようとしていましたね。そういう意味では、『II』は、かなり進化していると思います。

──なるほど。そういう作り込みもあって、そのころからすでにアリスソフトさんは他社とは違ったファン層を獲得し始めていたわけですが、そうしたゲーム性に加え、絵の美しさにも人気の理由があった気がします。

TADA氏:
 ただ、「ちょっと無茶していたかな」という思いはあります。他社はまだPC88で200ライン8色【※】というものをメインに作っていたときに、僕らはPC98の400ライン16色で制作したんです。
 はっきり言って、200ラインのメーカーさんと比べて技術力ははるかに下でした。ただ、そうしたハードの差でキレイに見えていたのかなと。

※200ラインは、モニターの天地方向のドット数。数が増えるほど解像度は上がり、絵は緻密にできる。

──当時は雑誌での情報露出がメインなので、印刷したときにも映えましたね。

TADA氏:
 そうですね。しかも雑誌で小さく扱われていても、小さいほどキレイに見えたのでそれも良かったです(笑)。

──絵に対するこだわりというのは、最初から強かったんでしょうか?

TADA氏:
 いえ、ありませんでした。そこで他社と勝負したというよりは、「俺、個人的にPC98を買ったし、使いたいよね」というノリです。

──あるなら使おうと(笑)。

TADA氏:
 逆に、市場性などを考えなかったからこそ、目立ったのかもしれませんね(笑)。

『闘神都市』でRPGが作れるように

──『RanceII』と同じ平成2(1990)年には『闘神都市』【※】も発売され、アリスソフトが市場でも認知され始めていたと思います。そういった空気は、ご自身たちではどう感じられていましたか?

TADA氏:
 『闘神都市』までくると、実感がありましたね。雑誌にちょこっと載っただけでも、すごく嬉しかった時代です。当時あった『テクノポリス』(徳間書店)などの雑誌に、「ちゃんと載せて貰えている!」と喜んだり(笑)。

──実際、美少女ゲーム業界の方に取材をすると、「『闘神都市』が好きでこの業界に就職したんです」という人が少なくないんですよ。

TADA氏:
 アリスソフトにとっても、『闘神都市』はひとつの転機でした。絵もYUKIMIさん【※1】だけでなくMIN-NARAKENさん【※2】が入って印象が変わりましたし、システム的にも、フィールドを歩かせることができた。
 ただ、僕がまだプログラムでそれをできず、開発当初の『闘神都市』では、じつは文字表示だけでマップを表現していたんです(笑)。

TADA氏が、もともとは外字フォントによる表現のみでプログラムしていたというMAP画面。迷宮内を進むごとに、全体MAPが可視化され描画されていく方式だ。

※1 YUKIMI
アリスソフト誕生以前から、チャンピオンソフト作品でも原画を担当していた。『ランス』シリーズにも第一作から参加し、人気ヒロインのデザインを数多く手掛けている。

※2 MIN-NARAKEN
アリスソフトの初期作品『あぶない天狗伝説』、『D.P.S』(ともに平成元年)などにも原画で参加した。『闘神都市』シリーズなどで大ブレイクし、その後も多くのアリスソフト作品に関わり続け、最新作『母爛漫』(平成31年)でも原画を担当している。初画集となる「MIN-NARAKEN画集 豪華絢民」(ホビージャパン刊)も、この令和元年7月に発売された。

──と言いますと?

TADA氏:
 CGではなく、テキストの外字機能を使って16×16ドットの文字を並べてマップにしていました。当然、テキストなので1文字単位でしか色も着けられません。
 それを僕はテスト環境だけではなく、そのまま発売するつもりだったんです。でも社内のプログラマーに、「ちゃんとCGで動くようにするから止めてくれ」と言われ(笑)。

──もっと昔の、海外ゲームのようなイメージですね。

TADA氏:
 そうそう、『ローグ』などと同じような感じで、僕としては、あれでOKだったんです。ですので、ゲーム画面を見てもらうと解りますが、マップ表示がすごく小さい。あれは、元がテキストだったからなんです。

『ローグ』。ダンジョン探索型のコンピュータRPG。初版はUNIX上のライブラリで開発されて、1980年に公開されている。アスキー文字でグラフィックを表現している。

──そんな秘密が(笑)。でも、プログラマー氏の頑張りの結果、プレイヤーの皆さんからも評価されたわけですね。

TADA氏:
 「これでもう、ちゃんとしたRPGが作れる」って、すごく嬉しかったですね(笑)。そういう転機になったことからも、『闘神都市』は自分たちにとっても、「やっとできたRPG」として印象深いです。
 マップ以外でも、『RanceII』や『闘神都市』では、技術力がないからこそいろいろなシステムを考えました。できることが少ないなかで頑張ろうとしたから、新しいこと、変わったことができたんだと思います。

──『Rance』と同時期には、『きゃんきゃんバニー』(カクテル・ソフト・平成元年)、『ドラゴンナイト』(エルフ・平成元年)といった有力作品も発売されました。そうした作品は意識していたのでしょうか?

TADA氏:
 自分自身が濃いエロゲーファンなので、そのあたりのゲームは「すごいなあ」と思いながら全部やっています。とくにエルフさんは憧れのブランドでした。『ドラゴンナイト』を初めて見たときは、びっくりしましたね。「これは無理や、勝負になんねえな」って思っていました(笑)。

新スタッフと作った『RanceIII −リーザス陥落−』が大ヒットに

──そんななか1991年に『RanceIII −リーザス陥落−』が登場します。売れかたからしても、かなりのブレイクスルーだったかと思います。

TADA氏:
 『III』は、『闘神都市』でマップが動かせたので、それをさらに拡張しようとして始めた作品です。人気が出ましたし、会社としてもとても助かりました。それと『闘神都市』や『RanceII』のころに、ゲームデザイナーとして、ぷりん【※】というスタッフが入ったんです。

 それまではファンタジーを作るのは自分だけだったんですが、彼はコアなユーザーでもあり、RPGのセンスがありました。さらに絵も描けるしで、彼のおかげで画面がとてもキレイになりましたね。全部、彼が描いてくれたんですよ。
 そんな彼が入ったことで、『RanceIII』はRPGとしてのクオリティーがむちゃくちゃ上がったんです。彼がいなければ、僕は『RanceII』のクオリティーで満足していました(笑)。

※ぷりん……おもにゲームデザインやUI関係を担当し、『ママトト』(平成11年)や『にょ』シリーズ、『RanceIX』(平成26年)では監督も務めた。初期から『ランス』シリーズを支え続けた氏は、ゲームのマニュアルやユーザークラブの会誌などで見せる、魅力ある男性キャラクターや重厚なランス世界のイラストにも定評がある。
(写真は『20世紀アリス』(アリスのえほん)より)

──当時のアリスソフトさんには、どういう形で入ってくるスタッフが多かったのですか?

TADA氏:
 商品の中にスタッフ募集記事を入れたり、雑誌広告を出したり。このころはもう『Rance』を知ったうえで応募してくる方ばかりで、面接には自分も参加していました。

──そういった新しいスタッフの皆さんの力もあって、続編が作られていったと。

TADA氏:
 そうです。ぷりんがもしいなかったら、『Rance』が格好良くなっていくという方向性はありませんでした。リックなど、男性キャラが多く活躍するのもそのころからです。

──この時期の注目作といえば『DALK』(平成4年)もありますよね。あの作品もファンタジーです。

TADA氏:
 『RanceIV 教団の遺産』(平成5年)の前ですね。『DALK』も自分とぷりんが中心で作っています。
 ふたりとも、当時人気のあったタクティカルバトルものが大好きで、スタークラフト社の『上海』やRPG『アリババ』(ともに昭和60年)をイメージして作っていましたね。ぷりんが、本当にやりこみ型のゲームが好きなんですよ。

──そうやって徐々に、スタッフと一緒に作り込んでいく形になったんですね。このころにはアリスソフトは押しも押されぬ人気ブランドになっていました。でも企画作りのときは、相変わらずセールスや市場動向を意識されなかった?

TADA氏:
 あまり考えませんでしたね。そのせいもあって、好きで作りつつも失敗し、発売に至らなかった企画がいくつもありました。

──これだけ短い間隔でヒット作が出ているのに、まだ失敗作もあったというのも、ちょっと信じられないことです(笑)。

TADA氏:
 それぐらい、ベースの造りが雑だったんですよ(笑)。
 あとはこのころだと、『ぷろすちゅーでんとG』『あゆみちゃん物語』(ともに平成4年)などを制作しているんですが、もともとアリスソフトのファンだったイマームさん【※】という方がスタッフとして入り、中心になって作ってくれましたね。

※イマーム
シナリオライター。多くの作品に参加しているが、『ぷろすちゅーでんとG』(平成5年)や『GALZOOアイランド』(平成17年)などに登場する個性派キャラクターにもとくに定評がある。

──作品からファンになったスタッフがまた作品を作り、つぎに繋いでいく。本当にそういうサイクルが成立しているんですね。
 ファンといえば、アリスソフトさんはユーザークラブも有名でした。初期にはALICE-NET【※】などといった、BBSも運営されていたかと思います。

TADA氏:
 最初の会誌名は「おむらいす」で……全部覚えてますよ。さっきの『あゆみちゃん物語』などは、ユーザークラブからの企画でしたね。

※ALICE-NET
アリスソフトによって運営されていた、電話回線を利用したパソコン通信によるBBS(電子掲示板)。最終的には2万人を超えるユーザーを集め、ネット上だけでなくオフ会的なイベントなども行われ、ユーザーとスタッフの熱心な交流に利用されていた。

──他のメーカーがファンクラブを創設するときも、「ファンとの交流のしかたや距離感がすごくいい、アリスソフトさんのようにしたい」という声が多かったのを耳にしています。運営として、何か意識されていたことはありますか?

TADA氏:
 最初の「アリスの館」のころからそうだったんですが、僕はユーザーにすごく気持ちを伝えたいし、感想も言ってほしいというタイプなんです。
 「どうすれば、それをいちばん早くできるか」と考えたとき、「ユーザークラブと会誌だな」と思い至ったんです。まだインターネットもなかった時代なので、それしか手段がなかった。

スタッフが常に多くの記事を提供していることもあり、いまだにファンアイテムとして人気の会誌の数々。一定期間ごとに名称が更新され、後期にも「でんちばくだん」「はに報」「火星救急車」「ハニホン」などと判型とともに変わっていった。ユーザークラブ自体は惜しまれつつもすでに終了し、公式サイト上で、スタッフ日記などの情報ブログが頻繁に更新されている。

──その結果として、ファンの方が会社に入って一緒にゲームを作ってくれるというのは理想的じゃないですか。

TADA氏:
 そうですね。自分でも先日、会誌を読み直していたんですが、「よくこれだけゲームを作って、こんな会誌まで作っていたな」と思いました。各クリエイターが1ページずつ貰って、好きな話を載せる構成など、同人誌ですよ(笑)。
 外部に依頼するという発想もなく、全部自分たちでやる以外の手段を知らなかったというか、だからこういう会誌ができたんでしょうけどね。

大作化していく『Rance』

──作品ベースでお話を進めます。平成5(1993)年12月11日には、『RanceIV 教団の遺産』が発売されました。

TADA氏:
 『RanceIV』は、前作の『III』でマップ移動が、『DALK』で敵との自動バトルが可能になったことを受け、欲を出した作品です。「16色で凝った画面にし、マップがスクロールし、ユニットアニメ【※】もあるようなすごいものにしよう!」と意気込みました。

 でも、できたものは重すぎて、フィールドを歩くだけでもタイムラグが酷かったんです。表示領域を小さくしてもダメで、けっきょくスクロールはナシになりました。
 アリスソフトのゲームシステムは、ここまでは順調に発展してきたんですが、自分の中では『RanceIV』は、自分たちの力を過信して失敗した最初のタイトルになっています……この後、何回も同様に失敗しますが……(笑)。

※ユニットアニメ
ここでは、ドット絵で描かれたキャラクターによるアニメーションのこと。『IV』の冒頭には「ヘルマン調査隊」の指示で遺跡の扉が開けられるイベントがあり、登場人物の「鍵を開けようとする」、「イラだって足をパタつかせる」、「扉が開いて一回転して喜ぶ」といった動きなどが、実際にユニットアニメで表現されている。

──『RanceIV』と言えば、プレイ環境がハードディスク専用になりましたよね。もともと、それを意識して開発されたのですか?

TADA氏:
 できれば、まだフロッピーディスクで出したほうがいい時代ではありました。でも、いろいろ開発で失敗しまくったこともあり、「全体の容量は大きいし、フロッピーごとに効率よくデータを割り振るのも無理だし……」と。それで「もうハードディスクにしよう!」と。

──でも当時は、「アリスソフトのお陰で外付けハードディスクが普及した」なんてことも、業界では言われていましたが。

TADA氏:
 結果として、そうなりましたね(笑)。まだ40MBとか80MBとかの時代ですけど。

──『RanceIV』はセールスも好調だった印象があります。

TADA氏:
 そうですね、『III』でやっとちゃんと給料が出て(笑)、それから好調になったと思います。売り上げだけで言うと『IV』も大きいものでしたが、翌年の『闘神都市 II』がアリスソフトとしてはやはり大きなものでしたかね。
 『闘神都市 II』は、『RanceIV』でした無茶を反省し、もう少しやりたいことの範囲を絞りつつ、背伸びせず作りました(笑)。

──『RanceII』があって『闘神都市』があり、『RanceIV』の経験があって『闘神都市 II』があるというように、この2シリーズは、つねに隣り合って完成されていったんですね。
 ふたつのシリーズの違いを語るなら、どんなものになるでしょうか。

TADA氏:
 『闘神都市』で描いているのは、トーナメント大会を通しての出来事だけなので、2作目も基本は同じなんです。

 逆に『Rance』は1作ごとに違うというか……無理に変えたというよりも、RPGを作りたくて頑張って、できることが増えるごとに、「次はもっとこうしよう」という欲が出て、それを全部入れ込んで、その結果として、だいぶ印象の違うものになっていきました。
 それが『IV』でついに成長が滞って、「ああ、動かねえわ……」というところまで来てしまった(笑)。

──やりすぎてしまったと(笑)。

TADA氏:
 そういうことですね(笑)。

──その反省から、『ランス4.1 〜お薬工場を救え!〜』『ランス4.2 〜エンジェル組〜』【※】(ともに平成7年)は小規模なタイトルになったのでしょうか?

TADA氏:
 『IV』で懲りましたので、小さめに作ろうと。とくにこの時期に、ずっと原画を描いていたYUKIMIさんがアリスソフトをお辞めになったんですね。ですので、『鬼畜王ランス』(平成8年)のころから、メイン原画が、むつみまさとさん【※】に交代しています。

※むつみまさと
原画家。『D.P.S SG』(平成2年)で初参加し、『鬼畜王ランス』(平成8年)などの大ヒット作品でもメイン原画を務めた。

──シリーズとしても大きく変わる時期だったんですね。

TADA氏:
 原画担当が変わるのは大きいです。YUKIMIさんは、ファンタジーRPGの流行をあまり知らないがゆえ、独自性のある個性的なキャラクターやネタを出してくれていました。『ランス』世界の基礎となるようなものですね。

 むつみまさとさんは、今風のファンタジー大好き、正統派のものが大好きなので、かっこいいデザインをどんどん出してくださり、『ランス』世界を一段階かっこよく引き上げてくれました。
 『RanceV』は彼が原画を担当してスタートしていたのですが、彼と僕との方向性の違いで難航し、何度か作り直しましたが、最後には頓挫しちゃいましたね。

──方向性の違い?

TADA氏:
 僕はひねくれ者なので、あえて格好悪く、正統派から外したり、流行りからも外したりと、そんな考えでゲームを作っているので、真面目にかっこよく作りたかった彼にはきつかったんだろうなと思います。企画と原画担当は好きな方向が一致しているなどの相性が大事ですよね。

 たとえばしばらくの後、織音【※】『Rance5D 〜ひとりぼっちの女の子〜』(平成14年)から最後まで原画担当をすることになりますが、彼とは相性よかったな。もしかしたら、彼がうまく合わせてくれていたのかもしれませんが。

※織音
原画家。『ランス』シリーズには『IV』から一部参加し、『5D』で原画担当となった。『ランス』シリーズのキャラクターデザインや設定にも深く関わり、TwitterやスタッフBLOGなどでも、ユーザーからの質問に積極的に答えている。平成30(2018)年には、『ランス』以外からも多くのデザイン画を集めた『織音画集 -織音計画-』(ホビージャパン)が刊行された。

──TADAさんの言う、流行や正統派から外れるというのは、どういうことでしょう?

TADA氏:
 ともかく流行っているものが嫌いなんです。ひねくれ者なんです。ヒロインよりサブヒロインが好きだし、みんなと一緒は嫌なんです。
 ファンタジーといえば、ドラゴンやエルフやゴブリンが登場するなど、そういう同じものを作りたくないんです。エルフなども出したくなくて……いや、あの種族としてのエルフですよ。メーカーのエルフさんではなく(笑)。

──耳の長い人たちですね(笑)。

TADA氏:
 ぷりんも正統派好きではあるんですが、彼は僕のそういう考えを「俺ならこうするのになあ、TADAさんはもう」などと言いながら許容してくれていましたね。
 そう言いつつ、設定の追加などにうまく正統派っぽいのを組み込んでいくんですよ。「あれ、ドラゴンを出さないつもりだったのに、いつのまにか居るのが当たり前になっているな、あらら?」と僕が後から気付くとか(笑)。

 アリスソフトのファンタジーが独自で面白い世界観を打ち出せているのは、そうしたファンタジーの約束に対して真面目、不真面目に寄り切らず、うまく混ざったからこそできたものと思っています。

Windows95がアリスソフトとTADA氏にもたらしたものは?

──平成7(1995)年には、Windows95が登場しています。PCゲーム開発にとっての影響も大きかったと想像されます。

TADA氏:
 結果として『鬼畜王ランス』(平成8年)【※】がうまくいったということからも、影響はありましたね。それまでのWindows3.1などだと、「重たい、使えない……」などと言っていたのが、「今度のOSはすごいらしいぞ」と。Windows95発売の時はとても盛り上がっていたし、自分たちも楽しんでいましたね。

 このあたりはもう、CD-ROMも普及してくるなど、一気に環境が変わりましたからね。さらに言えば、自分もWindows95を買ったので、「それをゲームに使いたい」という思いがあって(笑)。
 市場としてもPCゲームが一般層に広がり、ユーザー層が拡大した印象でしたが、「ユーザーのプレイ環境がこのあたりだから、こう作ろう」というのは、ここでもあまり考えていませんでした。

──ですが、『鬼畜王ランス』はそんなWindows95だからこそ出できた作品だと思います。ナンバリングでないこのタイトルは、どういったところからスタートした企画なんでしょう?

TADA氏:
 ひとつは、「シミュレーションゲームを作りたい」ということがありました。PCゲームにRPGブームが来るもっと前にウォーゲームの時代があり、それが自分自身がゲームを始めるきっかけにもなっていたんです。

 エポック社などのウォーゲームから始まったゲーム好きなので、ずっとそういうものを作りたかった。でも、技術的にはとてもできなかった。光栄さんなどのゲームを見て検討はするんですが、まったく作りかたが判らなくて。

──ところが、Windows95でならシミュレーションゲームが作れそうだと?

TADA氏:
 そこがふたつめの理由で、まずメモリがたくさん使えるようになったんです。それから配列や関数なども。それまで自社の内部ルーチンでは使えなかった二次元配列などが急に使えるようになったんですね(笑)。それで、「これならもしかしたら作れるんじゃないか」と思った。

 あとは『RanceII』のあたりから、世界地図をマニュアルなどに載せていたんですが、その裏でちびちび作っていた世界設定が積もってきていました。ですが、「そんなのこのままだと出せないよな」と思っていたので、「それを全部吐き出すためのゲームを作ってみよう」となったわけです。

──この『鬼畜王ランス』からランスを知ったというファンも多いと思います。「東のエルフ、西のアリス」【※】と言われていたのもこの時期です。

※東のエルフ、西のアリス
平成初期のPCゲーム雑誌の記事などでも頻繁に使われた言葉。アリスソフトが関西を代表するソフトハウスとして成長したことで、新作の発売ごとに、つねにエルフの『同級生』シリーズなどと話題を競い合っていた。

TADA氏:
 ですがこのころでも、自分たちがとくに優れているとは思っていません。ずっと、もっとすごい人たち、たとえばエルフさんは、はるか頭上にいると感じていました。
 つねにエルフさんを見てゲームを作っていましたし、目標にしていました。すさまじいですよ、このころのエルフさん……つまり蛭田さん【※】は、ですね。

※蛭田さん
蛭田昌人。エルフの大ヒット作品『同級生』、『ドラゴンナイト』、『遺作』シリーズなどを次々と生み出した、美少女ゲーム業界でも伝説的なクリエイター。
ゲームデザインからシナリオまでこなし、サスペンス、ファンタジー、コメディなどと作風も多岐にわたったことで、つねに話題性を伴う実力を見せ続けた。また各作品ごとに、分岐型のシナリオや、時間軸によるシミュレーション要素などといった新しい試みも多く、現在の美少女ゲーム作品にまで繋がる多くのアイデアを残した。株式会社エルフの創設者のひとりであり、代表取締役でもあった。

新しいスタッフが広げるアリスソフトのエロゲー世界

──その後、『Rance5D』に至るまでのあいだ、悪党が主人公の『大悪司』(平成13年)、おにぎりくん【※1】によるインパクトあるビジュアルが話題となった、『超昂天使エスカレイヤー』【※2】(平成14年)など、アリスソフトさんは新しい大きなヒットをたくさん飛ばしています。

※1 おにぎりくん
原画家。『超昂天使エスカレイヤー』や『ぱすてるチャイムContinue』などで、大人気となるヒロインを多数担当している。平成29(2017)年には、初の画集となる『おにぎりくん画集 鬼斬の君』(ホビージャパン)が刊行されている。

※2 『超昂天使エスカレイヤー』
主人公が変身ヒロインを育成してゆくアドベンチャーゲーム。敵怪人との戦闘に勝っても負けても、それぞれのシチュエーションでのサービスシーンが楽しめた。平成26(2014)年には『超昂天使エスカレイヤー・リブート』としてリニューアルされている。

TADA氏:
 スタッフも増え、いろいろなものが作れるようになったからですね。平成9年発売の『ALICEの館4・5・6』には、『零式』とか『アトラク=ナクア』も収録されていますよね。【※】
 じつはこの『零式』は、つぎの主力商品のつもりで作っていたんですよ。ところが、設計はしたんですが、「これは長時間はプレイできない」と気付いて。

※『ALICEの館4・5・6』
前作となる『3』と比べて、3つ分のボリュームとしてこのタイトルで発売された。のちに単体で発売されることになる『零式』『アトラク=ナクア』をはじめ、PC98などからWindows版へと移植された『DALK』や『闘神都市』も収録されている。

※『アトラク=ナクア』
数百年を生きる女郎蜘蛛が主人公のアドベンチャーゲーム。『アリスの館4・5・6』に収録。残酷なヒロインである主人公が、物語の進行に合わせて少女たちの運命を弄んでいく描写も根強い人気となり、平成12(2000)年に単体作品として発売された。

──どういうことでしょう?

TADA氏:
 『闘神都市』でいう闘神大会のような舞台で、複数のキャラクターからプレイヤーを選べる形だったんですね。ただ、「キャラを変えて遊んでも飽きるよな」と思い、1キャラぶんだけ作って『アリスの館4・5・6』に入れたんです。

 それ以外にも試行錯誤しつつ、各開発チームもがんばっていろいろ作ってくれていました。僕がこの時期に作ったのは『守り神様』【※1】(平成11年)などですね。『乙女戦記』【※2】(平成7年)も、当時バイトで来ていた者が独自に3Dダンジョンを作り上げたので「すごいなあ」と思いましたね。
 当時の社内にはあんな『ウィザードリィ』のようなダンジョン制作用のシステムはないんですよ。そのバイトスタッフがアドベンチャーゲーム用のシステムで無理やり作ったんです(笑)。

※2 『乙女戦記』
ユーザークラブなどでWEB配布された、全年齢向け一般作品の3DダンジョンRPG。JAPANを舞台に、少女たちが地下迷宮へと挑んでいく。

──まさに、初期の『Rance』のような手作り感覚ですね。

TADA氏:
 やっぱり、そうやって無理やり作ってるころが、いちばん楽しいんですよね。その裏で、『RanceV』が何度も失敗していたわけですが(笑)。

──失敗したというアイデアは、完全にボツになったのでしょうか?

TADA氏:
 『RanceVI −ゼス崩壊−』(平成16年)にネタは入れていますね。あとは『ママトト』【※】(平成11年)にも画像の一部は入っていたかなあ。

※『ママトト』
移動可能な要塞国家「ママトト」を指揮する主人公が活躍する、シミュレーションRPG。章ごとに戦闘パート、内政パート、アドベンチャーパートのサイクルでストーリーが展開し、アドベンチャーパートではヒロインたちの事情や父である国王の暗躍なども描かれ、明るい作風のなかでのシリアスな展開も多く見せた。

──この『ランス』本編のない時期に、アリスさんのユーザーの幅はまた広がったと感じていました。たとえば『DiaboLiQuE』【※1】(平成10年)や『アトラク=ナクア』などには女性ファンが多かったですよね。
 あとは『妻みぐい』【※2】(平成14年)などが、低価格化でも話題になりましたね。

※1 『DiaboLiQuE』
不老不死の絶対的な力を持つ「デアボリカ」という支配種族に属しながらも、みずから記憶を失い、人間に味方する主人公の葛藤を描くアドベンチャーゲーム。シナリオ重視の構成で、その重厚な世界観と、魅力溢れる敵味方のキャラクターたちが高く評価され、初期からのスタッフである、とり氏の代表作のひとつとなった。

※2 『妻みぐい』
美少女ゲームの平均価格帯が8800円の時期に、2800円で販売されたアドベンチャーゲーム。低価格帯での発売でありながら、シナリオ面でも大きな支持を受けた。ヒロインを未亡人や人妻としたことも、当時はかなりの話題となった。シリーズとしては、平成28(2016)年に『妻みぐい3』までが発売されている。

TADA氏:
 ほかにもHIRO『ぱすてるチャイム 〜恋のスキルアップ〜』(平成10年)を作り、そのあとも『夜が来る! 〜Square of the MOON〜』(平成13年)、『超昂天使エスカレイヤー』(平成14年)と、続けて作ってくれました。『DALK外伝』(平成14年)などはぷりんの作ですし、このように新しいラインが増えて充実していった時期ですね。【※】

※『DALK外伝』……前作『DALK』と同じく、ひたすらダンジョンを潜り続けていくシミュレーションゲーム。恋愛を司る男神マーティスとなって、モンスターとは戦えない彼を支える7人のメイド隊を、アイテムやクラスチェンジなどでパワーアップさせていく。もちろん、ヒロインでもあるメイドたちとのストーリーも、探索とともに進めていくことになる。

※HIRO
マスクマンの自画像でBLOGやマニュアルなどでも印象強い、ディレクター兼シナリオライター。『ぱすてるチャイム』シリーズ、『超昂』シリーズなどの大ヒット作品でもシナリオを手掛けている。

※『ぱすてるチャイム 〜恋のスキルアップ〜』
冒険者を育成する学園を舞台に、主人公が多くのヒロインたちとともに迷宮に挑むRPG。恋愛をメインとした学園ファンタジーという設定も斬新で、ライトなユーザー層を多く開拓した。『ぱすてるチャイムContinue』、『ぱすちゃC++』、『パステルチャイム3 バインドシーカー』といった続編やファンディスクも作られている。

※『夜が来る! 〜Square of the MOON〜』
夜ごとに人々を襲う異形の存在を討つ、特殊な能力を持つ一族「火者」。そのひとりであるヒロインと出会った主人公が、みずからも能力に目覚めつつ、戦いに身を投じていくRPG。日ごとの訓練や、大きな日程としての時間制限がある緊張感あるシステムと、夜をテーマとした美麗なビジュアルでも人気を博した。

──美少女ゲーム業界全体を眺めると、ビジュアルノベルが全盛になってきたころかと思います。TADAさんは、そういったノベル系に興味はなかったのですか?

TADA氏:
 好きでしたよ。普通にユーザーとして遊んでました。『家族計画』【※1】(D.O.・平成13年)とか、18禁ではない一般作ですが『CLANNAD』【※2】(Key・平成16年)などは、すごく好きでしたね。

※1 『家族計画』
D.O.から発売された、アドベンチャーゲーム。さまざまな事情を持つ登場人物たちが寄り添い、疑似家族となって支え合っていくハートフルな展開で人気となった。プレイステーション2など、コンシューマ機への移植も多数されている。

※2 『CLANNAD』
同じく関西を代表するゲームメーカー、Keyより平成16(2004)年に発売された、一般向けの恋愛アドベンチャーゲーム。学生時代から始まるストーリーだが、ヒロインとのその後の結婚生活、そしてその先の主人公の苦悩までを深く掘り下げて描いている。京都アニメーション製作でTVアニメーションとしても放送され、「泣きゲー」としての不動の地位を確立した。

── 一般作といえば、このころの市場の特徴として、コンシューマーへの移植も多かったと思います。アリスソフトさんでは、そういった移植のお話はなかったのでしょうか。

TADA氏:
 『Only you -リ・クルス-』(平成13年・翌々年にコンシューマ)だけ移植したかなあ。『闘神都市』は何度か話が持ち上がったのですが、その当時は立ち消えになりました。『Rance』は、さすがにやりようがありませんでしたが、OVA【※】にはしてもらいましたね(笑)。

※OVA
ストーリー的にはオリジナル要素の強い『Rance 砂漠のガーディアン』が徳間ジャパンコミュニケーションズより平成5(1993)年に発売された。平成26(2014)年には新たに『ランス01 光をもとめて THE ANIMATION』がピンクパイナップルより発売されている。
こちらはリメイク版『ランス 01』の設定やビジュアルを下敷きに、第一作のストーリーを四話構成で製作したもの。

──私事になりますが、一般作を含め、たくさんのゲームを遊んできました。そのなかでも人生最高の1作はと聞かれたとき、『鬼畜王ランス』は、ぱっと思い浮かぶもののうちの1本です。
 それぐらい面白いんですよ。ずっと疑問だったのはそこで、なんでTADAさんは一般作品を作らないのかなと思っていました。

TADA氏:
 PC88時代に、ファルコムさんや光栄さんなどの作品を見て来ているので畏れ多いです。丁寧さ、技術、コンプライアンス……僕たちでは無理な話です。それにエロゲーや大人向けという、少々雑でも自由気ままで許される居心地のいい環境から出たいとは思いませんでしたから。

──そのうえで、ここはぜひお聞きしたいのですが、先ほど『鬼畜王ランス』はシミュレーションゲームとしての作りかたをしていないとお話しされていました。ところがこのゲームはレベルの高いゲーム性が魅力です。どのようにそのバランス調整をされたのでしょうか?

TADA氏:
 たぶん『鬼畜王ランス』は、いまではもう作れないんですよ。というのも、あの作品は自分の記憶力だけで全体を作っているんです。だからフラグとかぐちゃぐちゃなんです。よくあれを覚えて、繋げていたなあ……という具合で。

──最初にチャートを作ったりとかではないんですか?

TADA氏:
 作っていませんでしたねえ。組み立てながら、「次はこのネタを入れよう」と思いつくと、随時それを足していきました。キレイにルート管理する手段を、自分たちで作れないんです。だから資料もあまりなく、すべて記憶だけで作ってました。

 ですから『RanceX −決戦−』などは、作っているそばから、もう自分で忘れていくんですよ(笑)。『鬼畜王ランス』のころは、それが記憶力だけでできたんですね。
 もう、年齢の問題ですかね(笑)。あのころは、この「ルートにはこのキャラがいる」などを、全部覚えていられたんですけどねえ。

──それは凄いお話ですね。作り手の記憶でフラグなどの管理。ですが、そういう開発スタイルでも、アリスソフトさんはあまりバグを出しませんよね?

TADA氏:
 いや、むっちゃありますよ(笑)。ただデバッグは、好きでみんなでやっていましたけどね。デバッグ専用のスタッフがいなかったので、みんなで頑張るんですよ。制作中のバランス調整やデバッグの時間は、かなり確保しています。好きだけど、毎回いちばんしんどい作業でもありましたね。

 とくにインターネットが普及する前は、いまのようにパッチを配布する手段もろくにないので、あのころは発売してしばらくのあいだは、「バグが出やしないか」とストレスがすごかったです。

ユーザー層を広げた『大悪司』と、低価格ソフト企画

──そして平成13(2001)年11月30日に『大悪司』【※】が発売されます。

TADA氏:
 これも自分がメインで作った作品なのですが、いま思えば、『RanceV』の失敗などもあり、けっこうやけっぱちで作ったようなところもあります。悪党が主役という、ネタからして無茶な部分もありますしね(笑)。

──主役が悪党になった理由はあるのでしょうか?

TADA氏:
 とくに極道モノが好きだったなどではないんですね。設定としてまず「可哀想な女の子をいっぱい出したい!」というのがあって。そのためにどうしようかと考えた結果です。

──この作品には、「アリスソフト中興の祖」的なイメージがあるんです。『Rance』を待ち望むようなコアなユーザーさんたちだけでなく、『Rance』を知らない新しいファンも巻き込んだと思うんです。当時の手応えはどんなものだったのでしょう?

TADA氏:
 メイン原画の織音がむちゃくちゃパワフルなんですよ。僕はそのころ、「もう『RanceV』なんて作れないのかなあ……」とちょっと疲れていたんです。
 そうしたら織音が、「はい、これもできました。これも描きました」と、どんどん絵を出してきて、すると僕もだんだん気持ちよくなってきて(笑)。会社全体が、楽しい雰囲気になってきました。

──いざ新作の開発となるわけですが、『大悪司』のようなゲームは、どういった順番でできあがっていくのでしょうか? システムが先にあるのでしょうか? それとも、先ほどの「可哀想な女の子」といったイメージから、必要なシステムが考え出されていくのでしょうか?

TADA氏:
 『鬼畜王ランス』のときもそうでしたが、自分は、世界地図があり、そこをたどりながら征服していく……というようなゲームが基本的に大好きなんですよ。「本当は『信長の野望』のようなゲームを作りたい」とずっと思っているんです。ただ、あそこまで複雑なアルゴリズムや敵のAIのようなものは作れないんですよねえ(笑)。

──つまり、まず地域制圧型でシミュレーションゲーム作ろうという企画イメージがあり、それを面白くする要素として可哀想な女の子がいて……と考えていってという感じでしょうか。お好きだったゲームのなかから、自分でもできそうな要素を絞り込んでいく?

TADA氏:
 そうですね。強い主人公が冒険で成果を得たら女の子を襲う、そういうRPGを作りたい。でもRPGを作る技術がないから、いろいろ誤魔化し、工夫して作ってきたわけです。
 同様に、支配者となり、あちこち攻め込んで女の子を襲いたい、そういうシミュレーションゲームが作りたいが、本格的な戦略シミュレーションを作る技術がないので、これも工夫で出来る範囲で作ってきたと。

──ですが結果的に他に類を見ないものすごいものができあがり、あれだけ売れた……と?

TADA氏:
 はい。技術的に無理など制限のある中で何とか作ろうとしたから、変わったものができたんですね。それっぽいものができたらOKという大雑把さの賜物だったのかもしれませんが。

──それもすごいお話です(笑)。当時、本来は翌月12月の発売予定だったカクテル・ソフトの新作『Piaキャロットへようこそ!! 3』を、当時のプロデューサーの金杉ハジメ氏が、「『大悪司』とぶつけたほうがお祭りになる」と言い出して、なんと発売を前倒しにしたという話があるんですよ。本当に発売当日の秋葉原はとんでもない盛り上がりでした。

TADA氏:
 ああ〜、聞いたことはあります(笑)。

──そうした盛り上がりも含め、ここで『大悪司』を出せたことで、TADAさんの中でも次の『Rance 5D』に気持ちが繋がっていったんでしょうか。

TADA氏:
 そうです。『大悪司』で、「織音と仕事するのは楽しいなあ」となったのは大きいですね。

自由な気持ちで作れた『ランス5D』

──『Rance 5D』(平成14年)は、ナンバリング作品としては少しコンパクトなボリュームですね。

TADA氏:
 何回も失敗してきたので、まだ『Rance』の続編を作るのが怖かったんでしょうね(笑)。『闘神都市 II』あたりからかな、僕はテキストの一部を、とりさん【※】に任せるようになったんです。

 プログラムもだんだん、自分では書かなくなり……。それが少し寂しくなってたんですね。だから規模は小さくても『Rance 5D』は好きにやりたくて、プログラムも自分で組み、シナリオもひとりで書いています。

※とり
ブランド創設時から『ランス』シリーズ以外でもTADA氏とコンビを組んだ、初期のアリスソフトを代表するシナリオライターのひとり。『夢幻泡影』(平成7年)や『DiaboLiQuE』(平成10年)などの作品で見せた独自の世界観、悪役・脇役にまでおよぶ深い心情描写は、PCゲームに増え始めていた多くの女性ファンを魅了した。

──まさに、初期のころのような純正TADA版『Rance』ですね。

TADA氏:
 そう、だからあまり評判は良くないんです(笑)。じつは『Rance 5D』は、『妻みぐい』、『DALK外伝』、『Rance 5D』、『ままにょにょ』(平成15年)と続く低価格プロジェクトの中の1本なんですよ。
 当時、パソコンゲームが6500円、7500円、8000円とだんだん高くなってきていて「それは違うな」と思っていた。「そうじゃない、もっと安いほうが勝負は掛けられる!」と意気込んで企画したんです。

──アリスソフトさんほどの良ゲームが「この値段で!?」と当時驚きました。

TADA氏:
 当時、コンシューマーゲームには「○○ベスト」や「The○○」などの低価格ソフト群があったんですよ。「そこを狙えないかな」と思ったんですね。
 『Theセーラー服』なんていう、すごくベーシックな定番作品を作れば、「ずっとお店にも残るし、その展開でしばらくやっていけるんじゃないか」と企画したんです。それなのに各チームに作らせたら、誰も簡単な定番っぽい作品を作らず、チャレンジした作品ばかりで(笑)。

──そんな感じのラインナップですね(笑)。でも『妻みぐい』などは、その後のアリスソフトさんの中での定番にはなりました。

TADA氏:
 結果的にはそうですが、当時は「人妻……ってなんで急にそんなとこいくの? もっと女学生とかではダメなの?」と思っていました。でも、僕自身が作っていたのが『Rance 5D』ですから、みんなにも「普通に作って」とは言えなかったんです。変なものを作るのは、自分だけだと思っていたんですけどね(笑)。

──この低価格シリーズは、クオリティーの高さも驚きでした。そういうところも、やっぱりアリスソフトさんの実力の高さが窺えます。
 一方でショップさんは、別の意味で歯がゆかったと思いますが(笑)。

TADA氏:
 利益率はとことん低いものでしたからね。社長からも、そのことはけっこう言われました(笑)。でも、そんな企画だったからこそ、自由な気持ちで『Rance 5D』を作れたのは間違いありませんね。

──また、ちょうどこのころ、アリスソフトさんでは画期的なできごとがありました。旧作品の配布フリー宣言【※】です。
 この中には初期の『Rance』から『鬼畜王ランス』に至るまで、当時でもまだまだ遊べるゲームが多数含まれています。この宣言の裏には、どんな思いがあったのでしょうか?

TADA氏:
 思いというか、「もう制作費の回収が終わった作品だから、もっと遊んでほしいなあ」という気持ちだけですね。「売れるゲームこそ、安くて当然なんじゃないか。一度売れた後は、安くなるべきなんじゃないか」ということです。

 じつは値段の安さに関しては、フリー宣言とも関係なく、もともとけっこうこだわっていました。業界全体が8800円だったら、うちは8500円にしようとか。そんなことをしても売り上げ本数は何も変わらないんですが、もう意地ですね。

※配布フリー宣言
過去タイトルについて、無サポートであることを条件に、無償利用の範囲での製品データの再配布が許可された。有志による掲載サイトからダウンロードすることで、パッケージなどがすでに購入困難になっている作品を、いまでも遊ぶことができる(ただし動作環境も当時のままなので、自己責任での利用となる)。
2019年現在では、チャンピオンソフトとアリスソフトの作品の中から、30タイトルほどが配布許可されている。配布規定もその都度改定されているので、利用は確認のうえでをお勧めする。


RPGとしての『Rance』の復活と、新境地を開いた『戦国ランス』

──ここまで『ランス』は『IV』で一度行き詰まり、『5D』が試行錯誤のすえ生まれるころには新しい息吹によってアリスソフトさんの作品の幅は広がり、新機軸が芽吹いていたというお話でした。
 そうして迎えた平成16(2004)年。8月27日に発売された『RanceVI −ゼス崩壊−』は3Dダンジョンものでした。「
単なる続編ではなく、システムをがらっと変えよう」という意欲は、どこから湧いてくるものなのでしょう?

TADA氏:
 自分はゲームを作り終えると、必ず飽きるんですよ。開発中は自分なりに一所懸命に考え、そのゲームシステムで自分が思いつくネタや、その設定で出来るネタなどをすべて突っ込みます。ですから、そうだなあ……飽きるというよりは、もう何も思いつかない状態になるんです。

──空っぽになるまで出し切るからこそ、同じ形での続編は作れないと。

TADA氏:
 そう。ゲームシステムを別のものにしないとできないんですよ。
 だから『VI』は、それまで手を付けなかった3Dダンジョンなんです。ちょうどそのころから、自社でも3Dの技術を取り入れつつあったんですね。そこで、ちょっとまた無茶をしたわけです。

──「今後はPCゲーム自体がもっと3Dの方向に行くだろう」という考えもあったのでしょうか?

TADA氏:
 スタッフのひとりが映像的なインパクトを考え、強く3Dを推してきたんですね。僕は2Dでもぜんぜん構わなかったんですけど(笑)。ただ、それまでにまだ『ウィザードリィ』みたいなものは作っていなかったので、「やってみたい」と思ったんです。

──そのときどきの形に理由があるし、その理由はかなりTADAさんの欲望に忠実ですね。そのつぎの作品である、シミュレーションゲームの『戦国ランス』(平成18年)はどういう理由からあの形になったのでしょう?

──ユーザーからすればこの『戦国ランス』は、待望のシミュレーションゲームであり、それがランスワールドで楽しめるという、『大悪司』と『Rance』がいっしょに来たような、もう堪らない作品となりました。

TADA氏:
 じつは『戦国ランス』は、『RanceVII』として、最初はRPGで作っていたんですよ。3Dダンジョンは『GALZOOアイランド』【※】(平成17年)でもやったので、「もう少し普通のゲームがいいな」と思ったんですね。

 結局は『イブニクル』(平成27年)になってやっと実現するんですが、広大なフィールドを歩きたいと思って設計したのが、『戦国ランス』の原型、最初の『RanceVII』だったんです。
 舞台をJAPANに持ってきたのも、「周りに何もないから範囲を限定できるなあ」【※】なんていう理由です。フィールドRPGを作りたかったんですね。

※ランスワールドのJAPANは虚空に浮かぶ島国で、周囲には海も何もない。大陸とは1ヵ所の橋だけで繋がっている。

──それが、なぜシミュレーションゲームに?

TADA氏:
 ぷりんなどから、「RPGは最近いろいろ作ってるから、『大悪司』みたいなシミュレーションのほうがいいんちゃう?」と言われまして、「じゃあ、やっぱりシミュレーションにしよっか」となりました(笑)。
 それがまだ開発は進んでおらず、キャラクターを描いていたぐらいのころです。そこからはもう、「いっそランスが日本を征服する話にしよう」ということになりました。

──セールスも好調な作品になりましたね。

TADA氏:
 そうですね。でも作っていても途中までは、「これどうなんかなあ?」と不安に思っていました。「作ったことのないものを、とりあえずやってみよう」……というのが毎回ですが、『戦国ランス』では、前例のない無茶をしたものが、上手くいった気はしますね。

 ただ、じつは数字としては、売れている実感はあまりありませんでした。『鬼畜王ランス』などと比べても、そんなに変わらなかったので(笑)。むしろ、作品を作り続けられていることと、自分たちも作っていて楽しかったということが、いちばん気持ちとしては大きかったですね。

──お話を伺っていると初期のころから一貫して、TADAさんは、「自分が楽しい」と思うゲームを作るのが重要なテーマですよね。

TADA氏:
 そうですね。マーケティングなどの偉そうなことはできないので、自分が楽しいことが唯一の基準だったのかなと思います。それ以外の方法を知りませんでした(笑)。あとは、チーム全体がうまく同じ気持ちに乗ってくれたらいいわけで、それが良いことだったかなと。

──『戦国ランス』のチームは、いまに至る『ランス』チームですか?

TADA氏:
 『Rance 5D』からは、ずっとそうですね。一貫して、ぷりんは僕をサポートしてくれています。そこに織音やライターのとりさんがいて、音楽のShade【※】がいて。このあたりが中心で、いつもわいわいやりながら作っていましたね。

※Shade
『ALICEの館 3』(平成7年)から参加した作曲家。作品にはノリの良いロック調の楽曲が多く、『鬼畜王ランス』以降の『ランス』シリーズでも活躍し、ボスとの戦闘シーンなどで多くの名曲を生み出した。

『大帝国』での挫折と、そこからの再出発

──その後もアリスソフトさんとしては『超昂閃忍ハルカ』【※1】『闘神都市 III』【※2】(どちらも平成20年)とヒットが続きますが、この時期TADAさんは、何をご担当されていたのでしょう?

TADA氏:
 平成23(2011)年4月28日に発売された『大帝国』……ここで僕が大失敗するんですよ。『戦国ランス』がうまくいったから、ここでもうひとつ大好きなジャンルだった第二次世界大戦ものを作ってみようと思ったんです。
 「海戦風で、大好きな戦艦などをいっぱい出そう!」と。もう、自分では「わはははっ!」という勢いで作ってたんですが……失敗しまして。どうしようもなく、立ち行かなくなって。

※1 超昂閃忍ハルカ
『超昂天使エスカレイヤー』に続く、変身ヒロインアドベンチャーゲーム。平凡な学生だった主人公が、閃忍と呼ばれる忍者であるヒロインたちとともに、世界を恐怖で支配せんとするノロイ党との戦いに身を投じていく。

※2 闘神都市 III
ダンジョンが3Dとなり、登場人物も一新された『闘神都市』シリーズ3作目。戦闘も3Dで表現され、リアルタイムバトルとなった。
成長に合わせて覚えるスキル構成や、装備をアイテム付与で強化していくシステムが、ダンジョン探索をより充実させた。

──……どうなったのでしょうか?

TADA氏:
 「もう、企画そのものをご破算にするか」というところでしたが、そのときに、いってんちろく【※】が最後の仕上げまで引き継いでくれて。
 ですから、開発当初に僕が作ったシステムは使われていないんです。シナリオや根本の設計などは自分が用意したものなんですが、ゲームシステムはまったくの別物です。

 ここでもまた背伸びをしたんですね。「ここまでならできるだろう」と意気込んだんですけど、でもできなかった。あのとき、いってんちろくが引き受けてくれなかったら、うちの会社は消えてたかもしれません。

※いってんちろく
企画、ディレクター、ゲームデザイン、ウェブサイト管理など、作品ごとに多くのことを担当しているスタッフ。公式ブログの紹介によれば、「100人目のアリスソフトスタッフ」とのこと。

──大変なプロジェクトだったんですね。

TADA氏:
 人生最大の失敗でした。「ここで責任を取って辞めたほうが」なども考えたけど、失敗したまま辞めるのはそれこそ無責任なので、気持ちを切り替え、いまの自分に出来ること、好きなこと、作りたいものをやろうと思い直したんですね。

──『ランス・クエスト』(平成23年)でまたRPGに戻るわけですが、これがTADAさんの「そのとき好きなこと、作りたいもの」だったわけですか?

TADA氏:
 そうですね。昔懐かしい『ソーサリアン』(日本ファルコム・昭和62年)をイメージしました。「基本のゲームシステムがあって、そこにどんどんシナリオを足していったら無限に遊べるやん!」と思って。

──なるほど、すると『ランス・クエスト マグナム』(平成24年)が追加シナリオ型な理由も解りますね。そしてこの2作には、最終作にも繋がる重要なキャラクターがたくさん登場します。

TADA氏:
 じつは順番からすると、『RanceIX −ヘルマン革命−』(平成26年)のほうが先に出るはずだったんですけどね(笑)。ヘルマン【※1】編は、ぷりんが担当と決まっていたんですよ。
 ずっといっしょにやって来たなかで、彼はヘルマン関係の設定を僕が知らないところまで作り込んでいるので、「じゃあもうヘルマン編は君がやりなよ」と(笑)。でも、準備に時間がかかったので発売の順は入れ替わってしまいました。

 『ランス・クエスト』は本来なら、リーザス【※2】、ゼス【※3】、JAPAN、ヘルマンの4国すべてが終わってから、ヘルマンのキャラクターも登場する形で作る予定だったんです。全キャラ出揃ってから、好きなキャラで遊べるRPGにしようと。

※ヘルマン
『III』でリーザスに攻め込み、一時はリーザス城を制圧した軍事大国。そのときの総大将であったヘルマン皇子パットンはシリーズ屈指の人気キャラへと成長し、『IX』では独裁国家であった母国の革命を成功させる大活躍を見せた。

※リーザス
1作目ではまだ王女であったリアが女王となり、国家体制の強化が進んだ大国。リアがランスに惚れ、国王となることを望んでいることから、リーザス国は各シリーズ作品内でもつねに重要な味方となった。

※ゼス
最強の魔法使いでもある国王ガンジーに統治される、大陸でもっとも魔法文化が進んだ王国。『VI』の舞台となったことで、『鬼畜王ランス』でのみ語られていたキャラクターや設定の多くが、このゼスから、新生『ランス』としての新たな展開を見せた。

──なるほど。でも『ランス・クエスト』がそうした形だと、ユーザーさんからも、「もっとアペンドディスクを出してほしい」といった要望もあったのでは?

TADA氏:
 アペンドというか、そもそも『マグナム』を出した経緯は、どうだったかなあ……。
 『ランス・クエスト』は自分では喜んで作っていたんですが、けっこうユーザーさんからのお叱りを受けたところがあり、そうした意見から「そうか、その方向がいいのか」と思って『マグナム』を出したようなところがあります。
 ですので、「アペンドを出す」という前提で作っていたわけではなかったかなと思います。

──そうでしたか。

TADA氏:
 追加という意味で言うと、『RanceVI』のころから、発売後の追加パッチは積極的に公開していましたね。「そういうのはやっていきたいな」と思い、『マグナム』でもしばらく続けていました。

 『RanceVI』『GALZOOアイランド』、『戦国ランス』、『ランス・クエスト』でも、「もっと遊べる追加パッチ」を出していますが、これらの追加パッチは、もともとの開発計画にはないものなんです。自分たちやスタッフが、無理やり開発スケジュールをこじ開けてやっていたんですよね(笑)。

──ああ、初期の「アリスの館」のようなコンセプトが、ずっと残っていたんですね。

TADA氏:
 そうですね。「ユーザーの声を聞き、それを活かしたものを出したい」という気持ちが強かったし、楽しかった。あとは当時、MMOなどでもアップデートが多く、それが羨ましくてしかたなかったというか、「あの仕事、きっと楽しいだろうなぁ」と思っていたんです(笑)。

──え、どうしてでしょう?

TADA氏:
 アップされた追加や修正をア見てユーザーがすぐに反応するのが、「いいなあ、やりてえなあ」と思ったんですね(笑)。そんな気持ちで何度か追加パッチを出すのですが、更新に飽きたらそこで止めています。

──とことん意見を追うわけでもないと(笑)。

TADA氏:
 好きでやっていることなので、飽きたら終わりです(笑)。ですので、ソーシャルゲームのようなものも好きなんですが、たぶん私には運営は無理だろうなと。

──お話は少し変わりますが、この2006〜2007年の時期は、DreamPartyなどの美少女ゲーム系イベントも多く開催されていました。アリスソフトさんは、イベントへのご参加は?

TADA氏:
 最初の参加は、東京ドームであった、富士通のFM TOWNSのショウとかです(笑)。

──ずいぶん昔ですね(笑)。イベントでも、ユーザーさんとの新しい交流はあったんでしょうか。

TADA氏:
 僕の中では、ああいうイベントは大昔の見本市のイメージだったんですね。だから、他社さんと違って、展示会のつもりでブースを作ってしまって、物販を考えていませんでした。でもだんだん、お客さんはグッズを買いにきてるみたいだぞ、となって。それでグッズも作ったんですが、僕自身はあまりイベントへの興味がなくなっていきましたね。

スタッフのセンス光るリメイク

──さて、このあと『RanceIX −ヘルマン革命−』(平成26年)が発売されますが、その前年から『ランス01 −光をもとめて−』(平成25年)というようなリメイク作品が出始めます。どういう意図があったのでしょう?

TADA氏:
 ここまで『Rance』のシリーズも長く続いたので、「最初のほうを遊びたい」という方もいるだろうと考えたのが発端です。でも、改めて触れるとさすがに古すぎて、恥ずかしいというか、「これはひどいよ」と(笑)。

 ですから「やってくれるスタッフがいるなら、作ってほしい」というノリでした。結果、このリメイクシリーズはノータッチです。いってんちろくと、魚介【※】に担当してもらいました。

※魚介
原画家。リメイク版の『ランス 01』、『ランス 03』では彩色も担当した。その人気を受けて、開発中の新作『ドーナドーナ(仮題)』にも、原画と彩色で参加している。

──『ランス03 リーザス陥落』が平成27(2015)年発売です。このときも、ディレクターのいってんちろく氏や原画の魚介氏など、『ランス01 −光をもとめて−』と制作メンバーが同じですね。

TADA氏:
 はい。『ランス01』も『ランス03』も、すごく面白くアレンジしてくれたので、よかったです。

 オリジナルそのままだと、設定的な矛盾や、古すぎるなどの問題が多いので、積極的にアレンジしてもらいました。とくに気に入っているアレンジは、ミリーのような町娘のイベント強化や、アイゼルの使徒などのキャラ関係。
 あとは『03』ラストの魔王ジルとの戦いです。この部分の理屈付けはよく考えてくれたと思っています。

──そして平成26(2014)年4月25日に『RanceIX −ヘルマン革命−』が発売されます。これは物語の一翼を担うヘルマン帝国を語るための作品ということですね。

TADA氏:
 「ランスワールドの各国をメインにした作品を1回ずつやっていこう」ということは決まっていたので、最後に残ったヘルマンを語らずには先に進めませんでした。メインストーリーとゲーム部分は、全部ぷりんが担当です。ランス側のストーリーは僕が担当しました。

──『RanceIX』でストーリーの主軸になるヘルマンの皇子パットンに関するお話以外のお話ですね。

TADA氏:
 そうです。この見せかたというのは、表の主人公ナナスが女の子と仲良くし、その裏でカカロというおっさんが酷いことをするという、『ママトト』(平成11年)のときと同じなんですね。

 『ヘルマン』では、表の主人公がパットンで、裏の主人公がランスでした。そのランス側を僕が担当したんです。ですからヒロインのストーリーは、全部独立したものになっています。

──パットン側で描かれたのは、とても格好いいストーリーでした。それはTADAさんのご担当ではなかったからかもしれませんね(笑)。

TADA氏:
 ええ、僕だと、どうしてもまっとうな格好よさからズラしたくなってしまいますから。ぷりんは、格好良く正統派の物語でまとめてくれました。ですからズレたほうを楽しみたい方は、ランス側のシナリオをご覧くださいと(笑)。

そして『Rance』も終章へ

──そしてついに最終作『RanceX −決戦−』が2018年2月23日に発売されます。……ちなみにこの「X」の読みは「じゅう」でいいのでしょうか?

TADA氏:
 「じゅう」です(笑)。

──よかった。一部でずっと論争になっていたんです(笑)。さて、この作品でシリーズ完結となりますが、そうすることはもう前から決まっていたと。

TADA氏:
 はい。10という数字が切りがよいこともあり、だいぶ昔から決めていました。以前、ユーザークラブの会誌でも、僕は「10で完結させる」と書いていた、とTwitterで書かれていたんですが、覚えていないんです(笑)。
 でもそれぐらい前から、各国を1回ずつ冒険し、全体の総集編をやり、10あたりでキレイにまとめようと考えていたんだと思います。

──「最終作として、どのような終わりにするか」は、その当時から考えられていたのですか?

TADA氏:
 なにしろ全設定をすでに見せた『鬼畜王ランス』もありますので、それとは違うものにしないといけないなと。同じ終わりではいけなかったので。あとは「最後だから派手にしたいね」という気持ちでした。

──最終作に相応しいボリュームだったと思います。そのボリュームをどのように進めたのでしょう?

TADA氏:
 じつを言うと、『X』は第一部と第二部を別チームで作る予定でした。それくらいのつもりの規模で企画していたんです。が、いろいろあって1チームで全て作る事となり、「本当に、よく完成したなあ」と今でも思います。

 織音がどんどん進めてくれたのと、『ランス・クエスト』からシナリオに入ったヨイドレ・ドラゴン【※】、このふたりがもう、化物のように仕事をして、僕を引っ張ってくれたのでなんとか完成したという感じです。

※ヨイドレ・ドラゴン
シナリオライター。『ランス 02』や『大帝国』(平成23年)に参加の後、『ランス・クエスト』にメインライターとして加わり、完結となる『RanceX』でも、長大な『ランス』ワールドを見事に描いている。

──サービスシーンも充実していますし、既存の『ランス』シリーズから総登場した各キャラクターについてのショートシナリオ、このテキスト量もものすごい。

TADA氏:
 尋常じゃない量でした(笑)。それもヨイドレ・ドラゴンが休みの日もずっと会社にいて、ずっと書いてくれたからですね。「ちょっと少なめでもいいよ」と言ったんですが、「やり過ぎ!」というぐらいにやってくれています。シナリオは、彼ともうひとりが本当にがんばってくれました。

 第二部もコンパクトに設計し直してシーンを減らしたんですよ。そうしたら織音とヨイドレ・ドラゴンが、それを元に戻した(笑)。しかも、「もっと増やしたい」というノリで。
 僕自身はもう、力尽きて「うまく着地しようよ」って感じでしたが、ふたりが「まだやれます!」と(笑)。よくやってくれました。

──スタッフさんの情熱がほとばしっていますね(笑)。

平成を駆け抜けたTADA氏の見据える未来とは……

──お時間をかけて30年を語っていただきました。ありがとうございます。

 お伺いしていてあらためて思ったのは、やはりその長さとTADAさんの作品への関わりの深さです。30年間、みっちりとゲーム制作を最前線に立って続けた人というのは、PCだけでなくすべてのゲーム業界でもほかにはあまりいないんじゃないかと思います。だいたい30年続いたシリーズというもの自体がそうありませんし、作られている方も役職が付くともう、あまり作らなくなったりしますよね。

TADA氏:
 30年間か……すごいですね。そこまでできるとは思ってもいませんでした。何かものすごい幸運に恵まれていたんだろうなあと思います。業界の黎明期に参加できて、作るのが下手でも実践しながら成長できる機会があり、優れたスタッフに出会い……。ずーっと自分の好きなことをしていた30年間でした。

 あ、でも副社長としての仕事はあまりしてないなあ。儲けることとか、会社を大きくすることとか……(笑)。

──(笑)。取材の冒頭にも繋がりますが、『Rance』シリーズは、アリスソフトさんとしても根幹を支える作品だったと思います。
 そんな大仕事を30年かけてやりきったTADAさんは、これからどこへ向かわれるのでしょう。ファンも気にされていると思います。

TADA氏:
 エロは永久になくならないジャンルですし、続いていくものと思います。でも、いまの形からは業界が変わっていくだろうなと感じています。
 そして質問の答えであり、これは日本全体の状況だとは思いますが、疲れた年配の人間はさっさと辞めないと、新しい若い人が活躍できないなと(笑)。

──後進に道を譲るという感じですね。まさに若手の皆さんがいま、『イブニクル』(平成27年)などのシリーズで、『Rance』に変わる新しい世界を作ろうとしています。

TADA氏:
 どんどん面白いものができると思います。僕がいたら、ついつい口を出し、余計なことも言ってしまって、むしろ邪魔しかねない(笑)。

──ですがそれでも、まだまだ作りたいものがあるのではないですか?

TADA氏:
 「こんなものを作りたい」、「こんなことをやってみたい」という気持ちはありますよ。でも、体力がついてこないし、技術も追いついていないと感じています。

 もうひとつは「作りたい」ものが果たして「遊びたい」ものなのか、と思ってしまうんです。昔は「自分が作りたいゲーム」は「自分がやりたいゲーム」だったんです。いまは「作りたい」けど、それを「遊ぶか」といったら、「そこまでは……」という気持ちになっていて。それはユーザーさんに対して不誠実にほかならない。

──今日のここまでお聞きした中でも、『Rance』というものが、TADAさんが作りたい、そして遊びたいゲームだったことが解ります。そこから何かズレてきてしまっているのでしょうか。

TADA氏:
 昔は他社さんも含め、本当にたくさんのエロゲーで遊んでいました。いまはそこまでではなく、その熱意が薄れたというかマンネリ感というものが、自分の作品にも出てしまう気がするんですね……ずっと頑張ってきましたが、いまはいったんエロゲー作りから距離を置いてみたいと思っています。

──そういった気持ちが乖離してしまうときがあるのは、クリエイティブな業界の命題のような気もします。

TADA氏:
 そうですね。「どんなに好きなこともぶっ続けでやり過ぎたら飽きちゃって当然だよね」と。だから少し離れ、好きになれるものを探したりなど、また「やりたいぞ」という気持ちが湧くようにと思っています。

──何か見つけられそうですか?

TADA氏:
 これと言ったものはまだ見つかりませんが、勉強をしたりネタ集めをしたりしています。なにせ30年間アウトプットし続けたので、頭がすっからかんなんですよ。「インプットしないとね」と。

──いつか、また作りたいものが見つかったときには、TADAさんは帰ってくるのでしょうか?

TADA氏:
 帰ってきたいとは思うけど、居場所あるかなあ……まあ、チャンスがあれば。

──でも前向きな姿勢が伺えて何よりです。充電後のTADAさんの活躍に、もちろん期待したいと思います。今日は長時間、ありがとうございました。

TADA氏:
ありがとうございました。(了)


 「しばらくは自由にやってみたい」と語るTADA氏だったが、いまもまだまだアリスソフトの最新作の現場に、のぞき見気分で顔を出しているのだとか。『RanceX』後も、ゲーム作りをめぐってスタッフとの熱い討論が続いているらしい……との社内の噂もあった。

 そうやってつねに「もっと面白く」とアイデアを模索し続け、ファンやスタッフと密に対話しながら、既存のゲームとはひと味違う「ズレ」に拘り続けたTADA氏は、間違いなく、PCゲーム業界屈指のクリエイターのひとりだと解るだろう。

 ウォーゲームが、シミュレーションゲームが好きで始まったTADA氏のゲーム作りへの想いは、技術的な制約などを乗り越え、多くのヒット作を生み出し、その中にも、憧れていたそれらのジャンルの匂いが色濃く現れていたようにも思う。
 さらにパーティーユニットやアイテム集めをしていても感じる、運の要素やランダム性の高さ。それもまた、「自分が作ったゲームで、自分も遊びたい」というTADA氏にとっては、必然のスタイルだったのではないだろうか。

 取材中、謙遜しながらも、作品作りへの情熱的な一面を見せてくれたTADA氏。
 氏が考える「ゲームの面白さ」は、数々のヒット作を通してプレイヤーに提案され続け、今回の取材での言葉からもつねに滲んでいた。その一端だけでも、うまくお届けできていれば幸いである。

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取材・書き手
今俊郎
1998年、美少女ゲーム業界新聞「PC NEWS」編集部へ。以降、経営者やシナリオライター、原画家、声優、シンガーなどなど美少女ゲーム関係者のインタビューをとりつづけて20年以上。現在は美少女ゲーム紹介ウェブ番組『電脳妄想開発室』の企画・制作も担当。
取材・書き手
黛宏和
株式会社パラダイムに1994年から所属し、美少女ゲーム情報誌や原画集の製作に参加。美少女ゲームのノベライズレーベル「パラダイムノベルス」(1996年創刊)にも初期から関わる。現在は「ぷちぱら文庫」「ぷちぱら文庫 Creative」「オトナ文庫」「キングノベルス」を担当しつつ、過去の人気作品の電子書籍化も積極的に進めている。
Twitter:@zumimayu
監修
TAITAI
電ファミニコゲーマー編集長、およびニコニコニュース編集長。
元々は、ゲーム情報サイト「4Gamer.net」の副編集長として、ゲーム業界を中心にした記事の執筆や、同サイトの設計、企画立案などサイトの運営全般に携わる。4Gamer時代は、対談企画「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」などの人気コーナーを担当。本サイトの方でも、主に「ゲームの企画書」など、いわゆる読み物系やインタビューものを担当している。
Twitter:@TAITAI999

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