元山口組直参組長が芸能人との付き合い断った「所作の美学」

8月2日(金)16時0分 NEWSポストセブン

元山口組長が芸能人との交友を語る

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 勝新太郎さんや高倉健さんなど、名だたる昭和スターたちと交友を重ねた元山口組直参組長・天野洋志穂(よしお)氏(79)は、「所作」という言葉をしきりに口にする。ふるまいや身のこなしだけでなく、「人としての生き方」も含ませて使っている。大スター鶴田浩二さんとの思い出、そしてその後は芸能界との付き合いを完全に断った理由について聞いた。ジャーナリストの伊藤博敏氏がリポートする。


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 天野は大スター、鶴田浩二とも交流があった。鶴田は1987年、肺がんで62歳の若さで死去するが、天野は、その「死」を予言している。


「ブラジルを訪問していた鶴さんの慰労会が天ぷら屋であり、『あまちゃんも来いへんか』と、誘われて行ったら、俊藤(※浩磁氏。東映のプロデューサー)さん、鶴さんの事務所の社長、文ちゃん(※菅原文太氏)なんかがおったんや。鶴さんは元気で、『1週間で(女を)13人抱いたぞ!』とか、本当かウソかわからん話で盛り上がった。


 ただ、わしには鶴さんの調子が悪そうに見えた。そこで、事務所の社長と文ちゃんと3人で帰る時、『鶴さん、死相が出とった』と正直にいうたら、文ちゃんが『あんなに元気やないか』って。でも、1か月後ぐらいに社長からの電話で、『もうあかんねん。肺を開けたらみんな転移してしもうて』と。『あまちゃん、どうしてわかったん』と、いわれた」


 付き合えば「一生もの」である。損得、貸借ではないから続く。天野は、芸能人と付き合うことに自分なりの一線を引き、一緒に酒を飲むときは店に人払いさせる、新幹線などで会っても自分から声をかけるのは控えるなど、その関係が表に出ないように努めた。


 天野が芸能界との付き合いを断ったのは2011年、島田紳助が山口組幹部との交際を理由に芸能界引退したときである。


「ああ、これはまずいなと思って、付き合っていた方々に『今までお世話になりました』と手紙を出して、お付き合いをお断わりしたんや。『本当にありがとうございました』と連絡してくれる人もおった」


 それからは盆暮れの挨拶も日常の連絡もしていないという。


 カネ絡みで芸能人を呼び、その関係をひけらかす半グレに、そこからカネをもらって喜ぶ芸能人──。


 人としての「生き方の違い」だが、そこには天野が常に気にした「所作」の美学は微塵もない。その行き着く先が、吉本興業と所属芸人との索漠たる人間関係ではないだろうか。


●いとう・ひろとし/1955年福岡県生まれ。東洋大学文学部哲学科卒業、編集プロダクションを経て、ジャーナリストに。経済事件、暴力団事件などの取材に定評がある。主な著書に『黒幕 巨大企業とマスコミがすがった「裏社会の案内人」』など。


※週刊ポスト2019年8月9日号

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