岡崎友紀 芸能界のインタビュー取材は<言わせたい答え>が決まっている。若い頃にはマスコミから「書くぞ!」と脅されて金銭の要求まで…

2024年8月2日(金)12時30分 婦人公論.jp


(写真提供:Photo AC)

1970年、最高視聴率34パーセントを記録したテレビドラマ『おくさまは18歳』が放送されてから50年以上の時が流れ…。飛鳥役を演じ、昭和芸能界の国民的アイドルとして一世を風靡した岡崎友紀さんは、70歳を迎えました。岡崎さんは、歳を重ねることについて「私ったらほとんどの時間、自分が『老人』ということは忘れているんですよね」と語っていて——。今回は、岡崎さんの45年ぶりの書き下ろし著作『なんたって70歳! — だから笑顔で生きる』より一部引用、再編集してお届けします。

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曖昧なのはやめましょう


インタビュー取材には、本当に知りたいから質問している時と、言わせたい答えは決まっているという時の、二通りがあります。

で、純粋に聞きたいことがある取材は、実はほとんど無いんです。

なぜなら、インタビューをすると決めた時に、すでに掲載記事の内容を決めていることが多いので、でも勝手に書くのではなく、ちゃんと取材をして書いたという既成事実は必要ですから、インタビューをするんですね。

これはテレビ番組などのインタビュー取材も同様です。

それを知っているのに取材を受けるのは、やはり持ちつ持たれつの関係で、パブリとの兼ね合いもありますので、ありがたくお受けするわけです。

初めてのインタビュー


初めてインタビューを受けたのは週刊朝日で、私は11歳でした。

ミュージカル『王様と私』の初演で梅田コマ劇場に出演していた時です。

宝塚歌劇団の演出家の巨匠、内海重典氏がインタビューしてくださいました。

発売後の記事を見て、まずは写真写りが最低で自信喪失しました。

って、化粧もしていない小学6年生になったばかりの子供ですから、写真写りもなにもないんですが、なにしろ初めてのインタビュー記事だったので、自分はこんな顔に写るのかとショックだったわけです。


『なんたって70歳! — だから笑顔で生きる』(著:岡崎友紀/興陽館)

とても褒めていただいている記事内容でしたが、私の言葉が、文字になると多少ニュアンスが違うようになるのだなぁと、知ることができました。

褒めてくださる内容でもそうなのですから、面白がったり、皮肉ったりしたい記事の時は、極めて危険です。

注意を払っても無駄なこと


多くの取材を受けるようになって、ますます言葉に細心の注意を払うようになっていきました。

でも、注意を払っても無駄なこともあります。

だって一言も言っていないことを平気で書くし、録画映像なんて、編集でどんなニュアンスにでも作り変えられてしまいます。

そういえば私の若い頃には、いわゆる「トップ屋」と呼ばれる連中がいました。

元々はどこかの雑誌かスポーツ誌にいた人間がフリーになって、「特ダネ」として記事を売って商売にしているのです。

「正義」でも「報道」でもない


私のことも、どうして父親がいないのかとか、氏素性を論(あげつら)い、「書くぞ!」と脅かされたり、「書かれたくないならカネで解決してやる」と、金銭の要求をされたりしたようです。

母やマネージャーがその対応をしていて、私には伝わらないようにと気を遣ってはいましたが、テレビ局などにつきまとってくるので、気配でわかりましたね。

戦争のためにあらゆることを犠牲にしなければならず、やっと生き延びてがんばってきた人に、娘が生まれたことも芸能人にしたことも罪だと言わんばかりに脅すなんて、こんなの「正義」でも「報道」でもありません。

子供の頃にジャーナリストになりたかったけど、こんなマスコミの連中を見たら、つくづくならなくてよかったと思いました。

※本稿は、『なんたって70歳! — だから笑顔で生きる』(興陽館)の一部を再編集したものです。

婦人公論.jp

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