完璧な日本語で「お疲れ様です」 誰もがファイターズ・マルティネス投手のファンになる理由

8月5日(水)12時0分 文春オンライン

 この話を私はいろいろな人にしてしまう。そのくらい自分にとってはインパクトがあって、大好きなエピソードなのだ。


 2018年の3月初め、札幌ドームのベンチ裏。午前中から取材に行っていた私にすれ違う人が声をかけた。


「お疲れ様です」


 私は反射的に「お疲れ様です」と返した。


 でも、なんとなく気になって後ろを振り返ってみたら、そこにいたのは、次にすれ違う人に「お疲れ様です」と挨拶をするニック・マルティネス投手だった。


 それはいわゆる来日したての外国人が使うたどたどしく、ちょっとかわいらしさすらあるニホンゴではなく、イントネーションも言葉をかける間合いまでもが完璧な「お疲れ様です」だった。


 また一人、素敵な外国人選手がやってきたな、その姿を見て嬉しくなったのを今でも思い出す。



来日3年目のニック・マルティネス


アメリカでのオファーを断って日本の野球を選んだ理由


 2018年にファイターズへ、今年で3年目を迎えている。


 最初の春季キャンプ、あの頃、ファイターズの1軍はアメリカ・アリゾナ州で前半を行っていて、彼は志願して集合日よりも前に自主トレとして合流した。


 メジャー通算88試合で17勝という実績のある選手、マナーや周りへの気遣いも最初から素晴らしかった。聞けば複数のアメリカでのオファーを断って日本のプロ野球を選んだという。レンジャーズでの同僚に元ファイターズのダルビッシュ有投手がいたことも大きかっただろう。


 日本の野球が基礎的なことを大事にしていること、シングルヒットやバントも重要視していることなどを聞いていて、小さい頃にスモールベースボールを学んでいたという彼には日本で成功する姿が想像しやすかったのかもしれない。自分の野球人生の中で日本でプレーすることが大きくプラスとなると考えて決断したと話していたのも印象深かった。


 ファイターズを選んだのもダルビッシュ投手の影響があると思う。組織としてのチームの話、そして札幌の街の様子についても聞いていたようだ。


 2018年の初勝利は完投で飾った。新外国人投手が来日初勝利を完投であげるのはチームではウィッテム投手以来19年ぶり、北海道のチームになってからは初のことだった。


 そのほぼ1か月後の5月に第一子となる女の子が誕生した。外国人選手によくあるようにマルティネス投手も出産に付きそう為に一時チームを離れたが、札幌は離れなかった。そう、マルティネス夫妻は日本での出産を決めていた。


 通訳や球団スタッフに相談し協力をしてもらって、札幌市内で外国人でもなんの心配もなく出産出来る病院を探した。日本のチームに所属する立場から、なるべく長く家族と寄り添えてチームへの負担を出来るだけなくすための選択だった。奥様の理解も相当なものだったろうし、ファンもとても嬉しかった。家族でファイターズに来てくれたんだなと感じた。


インタビュー中に感じた人柄の良さ


 マルティネス投手の試合中の姿は野球への、そしてチームメイトへの熱い思いでいっぱいだ。


 登板中は、マウンドから戻るとベンチの後方一番右端に座り顔の汗をタオルでぬぐう。そしてユニフォームの上から長袖のチームパーカーをすっぽりと被る。イニングごとに必ず着る。この作業の間に通訳を交えてキャッチャーとの話し合いもほぼイニングごとに行う。


 ベンチにいる時は応援に徹する。いいプレーでは腕を高く上げ、惜しいプレーにはこぶしを振り下ろして悔しがる。リクエスト検証となればファンと一緒に「セーフ!セーフ!」と叫ぶことも。


 マウンドにいる時は野手の好守備にはわかるようにと大きく喜びのアクション、エラーがあった時は気にするなと小さく合図する。


 どこを切り取っても、どんなスローモーションで見ても、完璧なマルティネス投手。だからこそ、昨シーズンは責任感のある彼にとっては苦しかった。


 オープン戦で痛めた右前腕、一時はアメリカに戻って検査やリハビリもしたけれど、5月には再来日していた。ご家族も後を追って日本にやってきて、彼を支えた。


 チームに帯同しながらも、結局、昨年は1試合も投げることが出来なかった。野球人生の中でもこれだけ長く投げられなかったのは初めてだったという。


 それでもファイターズはオフになるとすぐにマルティネス投手と今季の契約を結んだ。本来のピッチング技術はもちろん、彼の人柄も大きく作用しているような気がする。


 今年の春、コロナの影響でオープン戦は無観客になりつつもまだ予定通りの開幕と思われていた時期、マルティネス投手に初めて単独でインタビューする機会があった。この時、とても驚いたのと同時に彼の人柄をより感じることがあった。彼は私の顔を見てずっと話してくれるのだ。これは実は外国人選手との対談ではとても珍しいこと。たいていの場合は通訳に向かって答えることが多い。


 マルティネス投手も来日当初はそうだったと話す。でも間もなくして、それは聞いてくれている人に対して申し訳ないと感じて、英語が通じないとわかっていても相手の目を見て話すし、日本語は理解できなくてもインタビュアーの顔を見て質問を聞くと教えてくれた。


 最初は驚いた私だったが、そのうちに、わからないなりにも笑ったり相槌をうったりしていて、取材というよりも、ゆったりと会話をさせてもらっているような気になった。彼のファンは関係者にも非常に多い、その理由のひとつを感じさせてもらった。


 この原稿が出る8月5日はマルティネス投手の誕生日だ。30歳という節目を日本で迎え、ローテーション通りならば今夜はバースデー登板となる。


 どこを切り取っても完璧なマルちゃんの完璧な笑顔が見たい。


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(斉藤 こずゑ)

文春オンライン

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