『ノーサイド・ゲーム』池井戸潤氏インタビュー 「劣勢にあるときこそ、真の力が試される」

8月8日(木)6時0分 ダイヤモンドオンライン

ついに開幕まで1ヵ月半を切ったラグビーW杯日本大会。そのタイミングで池井戸潤氏がラグビー小説を発表——。発売前から多くの人々の期待を背負った一冊『ノーサイド・ゲーム』がさる6月13日に上梓された。

大手自動車メーカー・トキワ自動車が擁する社会人ラグビー部アストロズをめぐる群像劇。TBS日曜劇場で放送中のドラマ版(主演・大泉洋さん)も好評な同作は、4年に一度の大イベントを前にしたラグビーファンのみならず、幅広い層から注目を浴びている。

企業スポーツを巡る組織内外の攻防など、通常のスポーツ小説の範疇にとどまらない人間ドラマにも魅せられる一作。ラグビーをモチーフに選んだ理由、そして作品に込めた思いを池井戸氏に聞いた。(文/大谷道子)



一度は“全ボツ”にした物語


 「ラグビーにはそんなに縁はなくて、大学のときに試合をちょっと観たことがあるくらい。それが、5年ほど前にラグビー関係者と話す機会があって、あるチームの再生にまつわる話を聞いたんです。面白いな、これをいつか小説にできるかなと思っていて……」


 日本代表選手を数々輩出しつつも、近年は成績不振に喘いでいた名門実業団チーム。そこに、ひとりの新任GM(=ゼネラル・マネージャー)が送り込まれるところから、『ノーサイド・ゲーム』は始まる。男の名は君嶋隼人。ラグビーボールには触れたこともない初心者だった。就任が決まったのは、ひとえにトキワ自動車社内の事情。本社の経営戦略室で新規事業の立ち上げなどに辣腕を振るってきたエリート社員である彼は、ある大型の企業買収案件で担当役員と対立。結果、工場の総務部長への転任を命じられることになった。総務部長が伝統的にラグビー部の統括を務めてきたという工場の慣習に則り、GMに指名された君嶋。つまり、左遷人事の成れの果てのことだったのである。


 「まったくラグビー経験がない人がGMに指名されることは、現実にはありません。でも、君嶋を主人公に設定することで、ラグビーに馴染みのない人でも、彼と同じ素人目線で物語を読んでいける。かなり効果的だったのではと思います」


 ラグビー小説といっても、そこは池井戸作品。会社という組織の中に置かれたひとりの人物の運命のボールがラグビーというスポーツのフィールドへと鮮やかに転がり込むことで、読者はあたかも自分が新人GMの君嶋になったかのように物語へと引き込まれる。君嶋は会社員としての誇りを懸け、チームは復興を目指し、一心同体となって再起を図るのだが、ここで思いもかけない変節が作者である池井戸氏の側に生じたのだ。


 「最初はチーム再生の物語のラインに乗った、わりとストレートなラグビー礼賛小説だったんです。それが(原稿用紙400字詰め換算で)600枚くらい書いたところで、どうも自分の中で納得がいかないモヤモヤが残って。結局、それをいったん全ボツにしました


「One for all, All for one」が通用するのは日本だけ?



 「最初はもう少し日本のラグビーを信じていたんです」と池井戸氏。わだかまりの最初のきっかけは、ラグビーにまつわる、ある“定説”が覆ったことだった。


 「ラグビーといえばよく聞くのが、『One for all, All for one』(=ひとりは皆のために、皆はひとりのために)という有名なフレーズ。でも調べてみたら、この言葉をラグビー用語として使っているのは日本だけらしいんです。ラグビーの本場であるニュージーランドやオーストラリアのラグビー関係者に尋ねたら、「それって三銃士(アレクサンドル・デュマの小説)のフレーズでは?」と。タイトルに使った『ノーサイド』(=試合終了後は敵も味方もなくなり、お互いの健闘を称え合うというラグビーの精神を象徴する文句)という言葉も日本では多くの人が知っていますが、世界ではもうラグビー用語としては使われていないこともわかった。断言はできませんが、どうやらラグビーのイメージは日本で独自の進化を遂げているようですね」

 

 さらに取材を行う中で心に募っていったのは、現状への疑問だった。


 「ラグビーの社会人リーグについて『儲かってるのかな?』と興味が湧いて、財務諸表を調べてみた。そうすると、採算が取れていないことがわかったんです。たとえば、ラグビーより後発のBリーグ(国内男子プロバスケットボールリーグ)はラグビーの4倍近くの額を売り上げている。なぜかというと、Bリーグは高い放映権料に加えて、チケットをインターネット販売に一元化していて、どんな属性の誰がどこの試合を買っているか、すべて把握しているからです。


 ところがラグビーは観客を獲得できていない。2015年のワールドカップで南アフリカに歴史的な勝利を収めた直後のトップリーグの試合でも、2万人収容のスタジアムの半分が空席でした。ルールが難しい、ラグビー人口が少ないといったラグビー独特の苦しい事情もあるでしょうが、それでは高い放映権料なんて取れないし、動員数が落ちていくのも仕方がないでしょう」これは、素直に礼賛している場合ではない——「本音で書くしかないと思った」と池井戸氏。初稿を捨てる決断は、再起を願い背水の陣を敷いた主人公・君嶋の覚悟そのものだった。


 「建前の世界と本音の世界があるとしたら、最初の原稿は完全に前者の世界で書いていた。そりゃあ、つまらないはずですよね。そんな生煮えの状態の作品を世に出すことはできない。あれこれ考えましたが、やっぱり小説は本音の世界でしか成立しないもの。最終的にはそういう、当たり前のところに回帰したんです





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