『オレたちひょうきん族』が追求したドリフと真逆の笑い

8月10日(土)7時0分 NEWSポストセブン

『オレたちひょうきん族』の制作秘話が明かされる

写真を拡大

 1980年、『THE MANZAI』(フジテレビ系)にツービートや(島田)紳助・(松本)竜介、ザ・ぼんち、B&Bらが出演すると、空前の漫才ブームが起きた。翌年には日本中を笑いの渦に巻き込む『オレたちひょうきん族』(1981〜1989年、フジテレビ系)がスタート。最高視聴率29.1%を記録した。当時チーフディレクターで、千代田企画社長の三宅恵介氏が言う。


「『THE MANZAI』で有名になったツービートや紳助・竜介さんたちを起用して、お昼の『笑ってる場合ですよ!』が始まりました。この番組が成功して、プロデューサーの横澤彪(たけし)さんを筆頭に、同じメンバーで『ひょうきん』を担当することになったんです」


 当時の土曜8時といえば、最高視聴率50.5%を記録した『8時だョ!全員集合』(TBS系)が圧倒的人気を誇っていた。


「ドリフは“横綱”ですから、勝とうなんて思いませんよ。ただ、せっかくやるからには、存在価値だけは認めてもらいたいと考えていました」(三宅氏)


 三宅氏と同じくディレクターだった荻野繁氏はこう振り返る。


「豪華なメンバーに見えますが、ビートたけしさんも明石家さんまさんも、今のようにビッグではありません。最初は上層部から『番組のメインになる顔が足りない』と忠告されました。でもメインを入れたら、その人の番組になってしまう。いずれ番組の顔になっていく才能ある演者とチャレンジしたかった。視聴率が悪ければやめればいい、くらいの勢いで始まりました」


◆アドリブやハプニング重視


 1981年5月16日、初回は視聴率9.5%と10%に満たなかったが、第4回目には10%台に。その後も少しずつ上昇を続けていった。『ひょうきん』が追求したのは、ドリフと真逆の笑いだ。三宅氏が言う。


「『全員集合』は、最後のオチまでシナリオがあり、リハーサルを重ねて、失敗できない生放送の本番がある。作り上げていく、王道の笑いです。『ひょうきん』はVTR収録で、アドリブやハプニングを重視した笑いにこだわりました。またドリフは、いかりや長介さん率いるチームですが、『ひょうきん』では、ツービートや紳助・竜介コンビもバラして、それぞれのキャラクターや個性を重視しました」


 その結果、ビートたけし扮する「タケちゃんマン」、明石家さんまの「ブラックデビル」「アミダばばあ」や島崎俊郎の「アダモステ」など、個性豊かなキャラクターが誕生。「ひょうきん懺悔室」や「ひょうきんベストテン」などの名物コーナーが人気を博した。


●取材・文/戸田梨恵、小野雅彦


※週刊ポスト2019年8月16・23日号

NEWSポストセブン

「ひょう」をもっと詳しく

「ひょう」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ