”東大クイズ王”伊沢拓司 塾バイト月100時間も「クイズで食えるようになるまで」

8月12日(月)11時0分 文春オンライン

 TBSの人気クイズ番組『東大王』で芸能人を迎え撃つ「東大王チーム」“東大最強の知識王”として一躍有名になった伊沢拓司さん。

 学生時代に数々のクイズ大会で成績を上げ、伝統の『高校生クイズ』では史上初となる個人2連覇を達成。開成高クイズ研究部の黄金時代を牽引した存在でもあります。


 今年の春には「東大王チーム」を卒業し、新たに敵であった芸能人チームの助っ人として登場。さらに会社を立ち上げ、代表に就任。新しいことに挑戦し続ける25歳の若きクイズ王の、これまでとこれからをじっくりお聞きしました。





◆◆◆


「東大王チーム」卒業からはや半年


——今年の春に「東大王チーム」から卒業されました。


伊沢 卒業の時は感じなかったのに、今になって寂しさを感じるんです。卒業してからすぐはルール上出番がない時もあって、誰にも会わないでスタジオ入りして、収録終わってまた1人でスタジオを出ると「寂しいな」ってすごく感じていましたね(笑)


——伊沢さん卒業の時に、鈴木光さんは思わず泣いていましたね。伊沢さんから見てどんな方なんですか?


伊沢 彼女は努力の権化です。元々競技クイズの経験があった僕ら3人(水上颯、鶴崎修功)とは違って、ほぼ未経験にも関わらず活躍していました。そのための血のにじむような努力を陰で淡々としている。今最も戦いたくない相手でもありますね……いや、戦いたいのかな?(笑)



——水上さん、鶴崎さんとは同じ東京大学の先輩後輩です。


伊沢 どちらも方向は違えどクイズに対してアツい人間です。水上はクールだと思われがちですが、一番感情が入るタイプ。昔より出し引きというか、表し方が上手になった気がしますね。鶴崎君も着実に実力が伸びていますね。


—— 「東大王」に初めて出演された時はいかがでしたか?


伊沢 「全力を出して戦ってこい。その代わり、メチャクチャ強い芸能人チーム用意したから」みたいなスタンスの番組で、僕はただただ収録を楽しんでいました。それまではひらめき問題が苦手だったんですけど、丁度仕事でそういう問題をたくさん作っていた時期で苦手が克服されてたりして、良い成績も残せました。


「ネットメディアの編集長をしているのに、ネット代が払えない」


——クイズの作成もされるんですね。


伊沢 もともと大学生の時からQuizKnockという「身の回りのモノ・コトをクイズで理解する」をコンセプトとしたメディアを立ち上げて、問題作成をしていました。その頃は人手不足で、苦手なジャンルの問題も作っていたんです。



——今年春に東大大学院を中退されて、その事業を株式会社QuizKnockとして新しくスタートしました。


伊沢 僕の中のけじめです。数多くの大学生や社会人スタッフと一緒に活動しているのですが、「俺はこのQuizKnockと添い遂げていくぜ」と宣言をして、より責任感を持ってみんなと仕事をしたいと思ったんです。


——今では2019年の『JC・JKトレンド予測』に「QuizKnock」が入るほどの人気です。


伊沢 トレンド入りは僕らもびっくりでした。本当にありがたいです。 今でこそありがたいことに沢山の方に応援していただいてますけど、2016年にメディアを立ち上げた当初はそれこそネットメディアの編集長をしているのに、ネット代が払えないくらいお金がなくて。家にネットが通ってなくて、ずっとコーヒー1杯で粘って、お店のWi-Fiでウェブメディアを作ってました。実はそんな状況で、『東大王』レギュラー化のお話があったので「宣伝になるかもしれない」と飛びついた経緯があります(笑)。東大王がレギュラー化すると、同時期に始めたYouTubeの人気も上がってきて。



——とはいえ、ご両親は心配されていませんでしたか?


伊沢 実は大学院へ行くときもですが、会社を作ることも両親には相談していないんです。そういうところは僕に任せてくれるんです。


——それは昔からご両親の、伊沢さんへの接し方なんですか?


伊沢 小さい頃から僕のことを「大人」として見てくれるんです。話し方もあえて易しい言葉を使うんじゃなくて、普段通りに話してくれていました。今になってすごく思うのは、それってすごく親としてなかなか難しいことだと思うんです。そのおかげで今の僕があります。



「高校生クイズで2連覇」がもたらしたもの


——ここで、突然クイズなんですけど。


伊沢 おっ。ぜひぜひ。


——「素粒子の一種であるクオークの名前の由来となった鳥の鳴き声が登場するジェイムズ・ジョイスの小説は何でしょう」


伊沢 『フィネガンズ・ウェイク』です。僕が「高校生クイズ」で優勝した時の問題ですね。


——「高校生クイズ」は個人史上初の2連覇でした。


伊沢 僕を世に出してくださったのがあの番組です。それまでのクイズの世界というのは、誰も人が入ってこない状況で、高校生の一番大きい大会でも70人くらい。本当に競技人口が少なかったんです。



—— ちょうど伊沢さんが初出場された2010年の「高校生クイズ」は少し形式が変わった初期でもありました。


伊沢 知力の甲子園路線ですね。それまでは謎解きなど所謂「クイズ」ではない形式だったのが、超難問の「競技クイズ」形式に変わったんです。そこから開成高クイズ研究部で優勝を目指し始めました。


——「高校生クイズ」の対策はどんなことを?


伊沢 先輩方が先に出ていたので、実地の感想を聞いたり、それをオンエアと照らし合わせたりしていました。対策の材料はたくさんありましたね。加えて、番組制作側がどう考えて、どう人を取り上げていくかみたいなことも考えていました。



——制作意図まで研究していたんですか?


伊沢 例えば、進んでいくと1対1の場面も出てくるんです。そういった時に、「東大合格者数トップの東西対決」みたいな形で番組が取り上げやすい組み合わせにしたくなるんじゃないか、と対戦相手を予想していました。


——そこまで攻略に取り組む原動力はなんだったんでしょう。


伊沢 僕は中学生の時、フットサル部をやめて、ずっと家で音楽を聴いて漫画読んでクイズして……という生活をしていたので、日の目を見ることがないわけです。開成高のクイズ研究部も小規模で、少ないときで部員が8人しかいなかった。それがもう、ここで優勝すれば、ゴールデンタイムのテレビにドカーンと出れるんだという価値がいきなり現れたんです。当時は正気じゃいられなかったですよね。



——優勝して、周囲の反響はどうでしたか?


伊沢 同級生たちはいい意味で大騒ぎしないでいつもどおりに接してくれました。クイズに対してだったりとか、クイズ研究部への反応はガラリと変わりましたね。。本当に世の中と自分をつなげてくれた存在です。15歳の時に世の中とつながれてよかったなというのはすごく思います。


「知識を得たい!」クイズへの意識が変わった優勝旅行と3.11


——「高校生クイズ」では優勝賞品が1000ドルと海外旅行ですよね?


伊沢 はい、優勝チームの3人でフランスへ行くことになっていたんですが、当時3.11があって……出発がその10日後だったんです。


——それでも旅行は決行されたんですね。


伊沢 日本が大変な時期なのに自分たちは呑気に旅行なんて、と悩みました。到着したシャルル・ド・ゴール空港で大きなデジタルサイネージに、福島第一原発の映像が流れていたんです。それを見た時に「俺、フランスに来てよかったのかな……」ってさらにモヤモヤしていました。その時は日本の状況というのを海外から見ることになって。だからこそ「今何が起こっているのか知りたい」と思いましたね。



——実際に被災地を訪れたとお聞きしました。


伊沢 震災から3年後の大学2年の時に、女川だったり仙台の若林だったりの海沿いを1人、自転車で走ったんです。やっぱり生で見ると、全然違って。3年も経っていましたが未だ看板もひしゃげてるし、まだ家も取り残されたまま。一方で、復興のトラックがずっとせわしなく動いていて、復興をその手で進めている人もいる。その光景がフランスで映像越しに日本を見ていた時とシンクロして、もっとちゃんと現場でいろんなものを知りたいなという気持ちが芽生えました。これまではクイズに勝つための「情報」しか見えていなかった僕が、ニュースでもなんでも身の回りのことを広く知るために純粋に「知識」を得たいと思うようになりました。



高校生でクイズ賞金80万


——そうして伊沢さんは東大に進んでからもますますクイズに没頭されます。大学時代はアルバイトとかされていたんですか?


伊沢 いやそりゃあもうお金がなかったです。当時は塾講師のアルバイトをしていたんですが、月に100時間くらい入っていたんじゃないかな。そのくらいお金がありませんでした(笑)。


——でもクイズの賞金って結構もらえませんか?


伊沢 高校生で賞金80万ぐらい貯めてあったんですが、大学に入った時に一人暮らしをするための経費でほとんど使ってしまいました。あと、25万のギターを買っちゃったりして……。



——そこまでクイズ強かったら賞金がたくさん入ると思っていました。


伊沢 賞金をもらえる番組も、クイズ番組自体も全然なくて。クイズ作成のバイトも始めたんですけど東大生が知識を存分に使っているのに時給がかなり安くて。当時はクイズ作成って採用報酬だったので、採用されないと一銭にもならなかったんです。


「東大王」が東大模試で0点をとった受験1年前


——ところでクイズと受験勉強というのは似ていますか?


伊沢 いや、クイズはテレビで紹介された話題性のあることや面白いと思われることが題材になるんです。一方受験は教科書に書いてあるような所謂「学問」になるので、大部分は違いますね。


——でも難無く東京大学に合格されました。


伊沢 いやいやとんでもない。それこそ中高ではほぼクイズ漬けの日々を過ごしていたので、授業も寝てたから全然分からない。得意な国語だけを頼りに受験1年前を迎えました。そしたら東大模試の数学がちゃんと解答欄を埋めたのに、0点だったんです。



——「東大王」が東大模試で0点。


伊沢 それで一気に火が付いた。自分が行きたい学校なのに、「何にもできてない」とこのテストで痛感し「勉強し直さないと東大には行けない」と気合が入りました。


——東大を選んだのはどういう動機で?


伊沢 うーん。というよりは「高校生クイズ」に出ているとどうしても「志望校は東大です」って言う雰囲気になってしまうことがあったんです。高校自体が400人中半分は東大に進学する環境だったので……。でも、そう答えながら「東大に行かないと番組にまた呼んでもらえなくなる」と思って、「行くしかない」と考えるようになりましたね。


たった1度、クイズから離れた時


——受験勉強中も、クイズの勉強はされていたんですか?


伊沢 いや、その時期は部活も辞めて一切やらないようにしていました。



——その間にライバルの活動とか気になりませんでした? アイツ優勝してる……とか。


伊沢 やっぱり嫌でした。だから情報を聞かないように、見ないようにしてましたね。でもその一方でクイズを辞められてホッとした時期だったので受験に専念できました。


——伊沢さんにクイズを辞めたい時期があったんですか?


伊沢 ちょうど受験勉強に入る前くらいから後輩に負けることが多くなっていたんです。「勉強しなきゃいけないのに全然勝てない!」って努力するのが辛くなってきた時期だったんです。だからそのタイミングで一度クイズを離れられたのはよかったかもしれないです。




「この人に付いていけば大丈夫だ」林修先生との出会い


——伊沢さんの大学受験の先生はあの林修さんなんですよね。


伊沢 そうなんです。現代文の先生として有名で、当時から周りの評判はすごい先生でした。トークがお上手なのでTV番組を見ている感覚の授業でした。


——その中でも林先生におしえてもらったことはなんですか?


伊沢 一番僕が納得したのは数学では当然のようにある公式や解き方のように、現代文においてもちゃんと応用が利く、公式的な解法を教えてくれたことでした。受験生にとって一番役立つことは何か? と常に考えてくれていました。「この人に付いていけば大丈夫だ」というのは確信がありましたね。



—— 当時は「今でしょ」って言ってたんですか?


伊沢 言ってなかったです(笑)。僕がちょうど受験間際だった頃にブレイクしたんです。カギになったのはそこですよね。


—— 今では様々な番組で共演されています。


伊沢 林先生の印象は当時と何も変わらないです。事実に対してとっても誠実です。番組でご一緒するとこの人が上手とか、この映像を見たほうがいいとか、ここをもっとこうしたほうがいいとかを教えていただきます。



——じゃあ、今も変わらず伊沢さんにとっての先生なんですね。


伊沢 はい。先生の授業を僕1人で受けているような状況ですかね。


東大クイズ王が家庭教師!?というウワサ


—— 林先生は伊沢さんにとって先生ですが、一方で高田万由子さんの息子さんの家庭教師をやられていたという噂を耳にしました。


伊沢 そうなんです。クイズ番組でご一緒したご縁で、普段ロンドンに住んでいる高田さんの息子さんが日本に来た時に日本語でいろいろ教養になるようなことを教えつつ、軽く日本語のレクチャーも、みたいなお話だったんです。


——勉強を教えるよりもなんだか難しそうですね。


伊沢 そうなんです。だから、話す内容はすごく考えました。高田さんの息子さんの経験値が高いんですよ。世界中で色々な経験をされているので、僕が逆に勉強させてもらってるぐらいでした。


——息子さんに何を教わったんですか?


伊沢 釣り好きで、シマアジの釣り方を教わりましたね。メチャクチャ緊張しましたけど、楽しかったです。ただ思いのほか、高田さんが家庭教師のエピソードを番組とかで言ってくださるので、それもありがたいというか。「えっ、言っていいんだ!?」って僕も思わずここで喋ってしまいました。



写真=佐藤亘/文藝春秋



(「文春オンライン」編集部)

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