樋口可南子の写真集『water fruit』は何がスゴかった?

8月12日(日)16時0分 NEWSポストセブン

宗教人類学者の植島啓司氏(撮影/尾上達也)

写真を拡大

 1990年代はじめ、日本を席巻したのが女優のヘアヌードブーム。宗教人類学者の植島啓司氏は、女優の樋口可南子が1991年1月に発表したヘアヌード写真集『water fruit』に大きな衝撃を受けたという。植島氏は同作についてこう語る。


 * * *

 この写真集を入手する少し前、私は新聞や雑誌などメディアの仕事のほか、講演やトークショーなどで多忙を極めており、一日で数十万円の収入を得ることも珍しくありませんでした。お金に困ることはなかったものの、「これは健全ではない。社会と自分とがどこか釣り合っていない」と感じていました。


 そこである時、すべての仕事をお断わりし、いったん日本を離れることにしました。ちょうど、ニューヨークの大学院大学から人類学の講師として招かれていたこともあって、アメリカへ渡ったのです。


 ニューヨークでの生活に慣れてきた頃に、何の前触れもなく日本から届いた写真集が、樋口可南子さんの『water fruit』でした。出版元に勤める大学時代の後輩が送ってきてくれたのです。梱包を解いて表紙を見た瞬間に、「何だ、これは?」と衝撃を受けたのを覚えています。



◆リアルなエロティシズム


 その時は、特にヘアヌード写真集だと意識したわけではありませんでした。欧米にはヘアヌード写真など当たり前にありましたから、驚いたのはそこではありません。樋口さんは1980年に公開された映画『戒厳令の夜』でヌードを披露しているので、脱いだことに衝撃を覚えたわけでもありません。樋口さんの潔さといったらいいのか、この表情にまず面食らったのです。


 彼女の身体付きは、現在数多あるヌード写真で見られるような豊満なものではありません。ヌードになるモデルたちに比べれば胸も尻も小振りで、当時の日本人女性の典型的なスタイルといっていいでしょう。それが自然な形で現われており、その上、不思議とエロティシズムをたたえていました。


 私は何人かのニューヨークの写真家たちにこの写真集を見せて回りましたが、彼らの反応も同様でした。樋口可南子という女優を知らず、ヌードにヘアが付いている写真に見慣れているはずのニューヨーカーたちをも動揺させたのは、彼らにとって見たことのない美がそこに写し出されていたからでしょう。


 これは、単なるヘアヌード写真集ではありません。かつて日本の芸術家たちが枕絵やあぶな絵、浮世絵などで表現を試みた、独特の美が描かれています。もはや日本では失われてしまった美しさを、撮影した篠山紀信氏はつかんでみせたのです。



 この作品には「不測の事態」という副題がついていました。つまり、ふたりでプライベートの旅行に行き、そこで偶然に撮られた写真という設定です。そこからは、リアルなエロティシズムを体現しようとする野心的なものを感じました。


 この一冊がヘア解禁のきっかけになったとよくいわれますが、本当のきっかけになったのは、その次に出た宮沢りえさんの『Santa Fe』だと思います。宮沢さんの作品も、かわいくて素敵だなと思いましたが、私の受けたインパクトでは『water fruit』に太刀打ちできるものではありませんでした。樋口さんの女優としての力、篠山氏の写真家としての才能、ヘアヌード写真集第一号となったタイミング、すべてが絶妙に絡み合った奇跡的な一冊だと思います。


【プロフィール】うえしま・けいじ/1947年、東京都生まれ。東京大学文学部宗教学科を卒業後、シカゴ大学大学院に留学。関西大学教授などを歴任した後、2015年より京都造形芸術大学教授に就任。40年以上、ネパールやインドネシアなどの宗教人類学調査を続けている。


◆取材・文/小野雅彦


※週刊ポスト2018年8月17・24日号

NEWSポストセブン

「写真集」をもっと詳しく

「写真集」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ