石田えり写真集『罪』は女性の意識をポジティブに変えた

8月13日(月)16時0分 NEWSポストセブン

写真評論家の高橋周平氏(撮影/岸マモル)

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 1990年代、世間を大いに賑わせたのがヘアヌードブーム。女優の石田えりも、1993年3月に『罪(immorale)』という写真を発表した。写真評論家の高橋周平氏が同作について語る。


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 今見返してみると、石田えりさんの肌とマッチした色使いが綺麗でカッコいいですね。この中から1枚選ぶなら、彼女が裸で艷やかなテーブルに覆いかぶさり、乳房が圧迫されながらシンメトリーに相似形を作っている写真が好みです。デジタルでの撮影にはない、フィルム撮影の一期一会の迫力を感じます。


 彼女の肉付きのよさや、女性の立場だったら忌避されるかも知れない弛緩した様子も、撮影者のヘルムート・ニュートンは容赦なく撮っています。撮り進むにつれて彼女の雰囲気も変わっていき、まるでスキャンダラスなドキュメンタリー写真のようにも見えます。


 当時石田えりは33歳。撮影場所はニュートンが買い取って住んでいたモナコの古城です。ニュートンは、この厳かな上流階級の場所に、彼女の持つ日本人的な丸みのあるフォルムを配置するギャップも楽しんでいますね。


 ニュートンはファッション誌『VOGUE』などで世界に知られるようになり、生と死やサドマゾなどをモチーフに美を通して階級社会を描いていました。1990年代には彼も70代になり仕事のペースも落ちていましたが、1993年に石田えりの写真集を撮ると聞いたときには「大御所だけど、まだ現役だったのか」と驚いたのを覚えています。



 実は1993年、僕はこの写真集の帯にキャッチコピーを書かせてもらいました。内容は「ヘルムート・ニュートンはまた罪を犯した」だったかな。今のヌード写真集の帯文なら「石田えりの白い肌があらわに……」なんてコピーになりそうなところを、一般人にはなじみのない写真家の名前を用いてアートに寄せた文がよく採用されたなと思いますね。


◆ヌードを撮られたがる女


 1990年代に起きた日本のヘアヌードブームとは、「日本人がコンプレックスを払拭するために必要だった行為」ともいえます。最近の日本では「日本文化がスゴい」と礼賛する人も多いですが、この時期までの若者は「なぜパリに生まれなかったの。日本生まれなんてダサい」と海外に憧れを持つ人が多数でした。国が経済的に強くなっても、日本人の女のコは顔や体型、ファッションなどで欧米へのコンプレックスが強くありました。


 そんな彼女らに対して、ヘアヌードは「30代の石田えりはリアル。私も脱ぎたい」と、女性の意識をポジティブに変えたのです。


 ヘアが解禁された直後、ちょうど『an・an』では篠山紀信が撮影する読者女性ヌードモデル募集もありました。多くの女性が応募し、ヌードを撮られたがる女性の増加がニュースになるほどでした。日本の女性が自分の裸を見せることに自信を持ちはじめた時期だったのです。



 ヌード=エロではありません。フランスには「ポートレートヌー(Portrait nue:裸の肖像写真)」という言葉もあります。この写真集は石田えりが、ヘルムート・ニュートンという大舞台で自分を表現したものだと思います。日本のヘアヌードは「自分をさらけ出す行為=アイデンティティの表現」の端緒として盛り上がったのかもしれませんね。


【プロフィール】たかはし・しゅうへい/1958年、広島県尾道市因島生まれ。多摩美術大学美術学部教授。「写真論」「デザイン論」。著書に『ヌードをきわめる──より美しく撮るための技術』(講談社)、写真集編纂に『キス・ピクチャーズ』(トレヴィル)など多数。


取材・文■松本祐貴


※週刊ポスト2018年8月17・24日号

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