日本人が知らないアリアナ・グランデ「文化の盗用」批判の背景とは——2019上半期BEST5

8月14日(水)5時30分 文春オンライン


2019年上半期(1月〜6月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。国際部門の第5位は、こちら!(初公開日 2019年2月25日)。



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「文化の盗用(cultural appropriation)」という言葉を聞く機会が増えてきた。ごく最近では米国ポップス界のスーパースター、アリアナ・グランデが掌に「七輪」と漢字のタトゥーを彫り、「日本の文化盗用だ」と米国内で批判された。


 文化の盗用とは、他の人種民族の文化を他者が表層的に模倣することを指す。多人種・多民族のアメリカで多発する事象だが、人種民族のバラエティが少ない日本ではブラックフェイス(黒塗り)、ホワイトウォッシュ(白人化)と同様に馴染みのない概念だ。アリアナは自身のヒット曲のタイトル「7 rings(7つの指輪)」のつもりで「七輪」と彫ったのだが、日本では文化の盗用と批判する声はほとんどなく、「それ、間違い(笑)」という反応が多かった。



先日開催されたグラミー賞にて、最優秀ポップ・ヴォーカル・アルバムも受賞しているアリアナ・グランデ ©getty


 とは言え、過去に米国内で文化の盗用とされた件でも、反応は黒人、白人、ラティーノ、アジア系、ネイティヴ・アメリカン……と人種民族によって異なっていた。文化の盗用は、どの人種民族間でも均等に起こるものではなく、そこにアメリカの人種問題の複雑さが見て取れる。


 結局、他者の文化を取り入れてもよいOKラインはどこにあるのだろうか? 私自身の経験や、昨今のポップカルチャーの話題から考えてみたい。


「アジア人なのに、どうしてそんな髪型をしているのか?」


 私はニューヨーク・マンハッタンの黒人地区ハーレムに、かれこれ20年近く暮らしている。ダウンタウンからハーレムに引っ越した2000年当時はヒップホップの黄金期と呼ばれた1990年代の影響で、日本ですらブラック・ファッションが流行っていた。


 ある日、日本からニューヨークに観光でやってきた青年とハーレムのメインストリートを歩いていると、見知らぬ黒人男性に呼び止められた。男性は青年をまじまじと見つめ、「アジア人なのに、どうしてそんな髪型をしているのか?」と聞いてきた。青年はドレッドロックスだったのだ。英語が得意ではない青年に代わり、「彼はとにかくこういうスタイルが好きなんだそうです」と、何やら曖昧に答えた記憶がある。男性は十分に納得はできていない顔付きながらも「ふーん」と頷き、立ち去った。



アイデンティティ、プライド、そして経済利益が奪われた


 あの時期、白人の若者たちも盛んに黒人のファッションを真似ており、黒人の多くはそれを苦々しく感じていた。自分たちが育んだ文化をまたもや白人が盗んでいると感じていたのだ。


 この感情はヒップホップに始まったことではなく、元をたどれば奴隷制に行き着く。北米に初めてアフリカからの黒人が連行されたのは、今からちょうど400年前の1619年だ。以後246年間は奴隷、その後は二級市民として辛酸を嘗めさせられた黒人たちは、それでもこの地に根を張り、文字通り命を賭けて徐々に権利を獲得し、同時に独自のアフリカン・アメリカン文化を育て上げた。


 音楽であれ、ファッションであれ、彼らの強いアイデンティティとプライドを礎とする文化が、いったん白人の目に触れると横取りされ、かつ商品化がおこなわれて利益は白人側に流れた。アイデンティティ、プライド、経済利益を揃って奪われてしまうのである。黒人が白人に対し、文化の盗用を訴える理由だ。


アジア人がアフリカン・アメリカン文化を取り入れても……


 一方、黒人と白人の軋轢の歴史に含まれていないアジア系が黒人を真似ても、それほど責められない。先の黒人男性の表情にも怒りなどなく、単にアジア人のドレッドロックスを物珍しがっていただけだった。



 その後、ハーレムの人たちもアジア人の黒人ファッションを見慣れていき、今では珍しがられることもなくなった。だが、ケイティ・ペリー、カイリー・ジェンナーなど白人のセレブがコーンロウと呼ばれる黒人のヘアスタイルを披露すると、今も瞬く間に文化の盗用と批判の声が上がる。



「チビ」「出っ歯」から憧れの対象へ


 アメリカにおいて、アジア系は黒人よりもさらにマイノリティだ。アメリカでのアジア系移民の歴史は黒人に比べると浅く、人口も少ない。表舞台に出たがらない気質も手伝い、これまでは目立たない存在だった。ゆえに昔は「チビ」「出っ歯」「メガネ」「英語がヘタ」というひどいステレオタイプを貼られ、バカにされこそすれ、憧れの対象となることはまれだった。



 ところが近年、状況は変わりつつある。日本のアニメやゲームは完全に浸透し、コスプレに勤しむ若者、アニメからカタコトの日本語を聞き覚える子供も少なくない。原宿発祥の「Kawaii(カワイイ)」カルチャーも人気だ。


 こうした背景があり、アリアナ・グランデも大の日本文化ファンとなって日本語を学び、ミュージック・ビデオにいくつも日本の小物を登場させ、公式ウエブサイトで「ありがとう」と書かれたトレーナーを販売することもした。その延長で「七輪」のタトゥーを入れてしまったのだ。


マジョリティである日本人と、マイノリティである日系アメリカ人


 アリアナの日本への傾倒振りを、日本のファンは喜んだ。誤った漢字を使っても「かわいい!」「日本を好きになってくれて、ありがとう!」とさえ言った。ところが、アメリカに暮らす日系アメリカ人はそうではなかった。ヒップホップを白人に盗用された黒人と同様、白人に文化を盗用されたと不快感を示した。ここに、日本では圧倒的なマジョリティである日本人と、アメリカではマイノリティである日系アメリカ人の大きな違いがある。


 要するに、文化の盗用は異なる人種民族間で起こるというより、力を持ったマジョリティから、搾取されてしまう弱いマイノリティに向けておこなわれるのである。マイノリティにとってさらに苛立たしいのは、盗用・搾取する側のマジョリティは自身の行いがマイノリティを傷付けていることに気付かず、「それ、いいね」くらいの、ごく軽い気持ちでやってしまうことだ。


 ただし、アリアナの「七輪」タトゥーに全ての日系アメリカ人が怒りを感じたかと言えば、そうでもない。「あれくらいなら微笑ましい」と感じた日系人も少なくない。他方、該当者(今回の場合は日系人、またはアジア系)でなくとも、ポリティカル・コレクトネスとして文化の盗用を批判する層も存在する。


「盗用ではない」大御所スティーヴィー・ワンダーの発言の真意


 ちなみにマイノリティが米国最大のマジョリティである白人の文化を取り入れても文化の盗用とはみなされない。例えば、アジア系だけでなく、黒人、ラティーノ、ネイティヴ・アメリカンなど、どのマイノリティ・グループがロック・バンドを結成して、仮に大ヒットを飛ばしても、文化の盗用とクレームを付ける白人はいない。ロックはもはや白人文化の域を超え、一般的な音楽ジャンルと認識されているからだ。白人が作り上げた現代の洋服を誰もが着ているのと同じだ。


 だが、ブラック・ミュージックに強い影響を受けた音楽を演奏するブルーノ・マーズは、ある黒人ブロガーから「黒人音楽の盗用」と激しく批判された。ブルーノの母親はフィリピンからの移民、父親は白人のユダヤ系の血筋も持つプエルトリコ系(ヒスパニック)であり、ブルーノの人種は一言では言い表せないが、ブロガーが言ったように「黒人でない」ことは確かだ。



 ブロガーの主張を基に若い黒人たちは賛否に分かれて激論を闘わせたが、やがてスティーヴィー・ワンダーなど大物の黒人ミュージシャンから「ブルーノは黒人音楽の盗用はしていない」「素晴らしい(黒人)ミュージシャンにインスパイアされたのだ」といった意見が出たことにより、一件落着となった。


 多くの黒人がブルーノを認めたのは、ブルーノのブラック・ミュージックへの愛と敬意が理由だ。単なるモノマネや盗用ではなく、そこには真の理解があると知っていたのだ。ブルーノの、ミュージシャンとしてのずば抜けた才能と技術も、もちろん重要な要素だ。いくら愛があっても「ヘタの横好き」では認めようもない。



ハーレムで黒人の人形を売るわたしへの2つの反応


 私は黒人の人形を手作りし、販売している。ハーレムで開催されるポップアップ・ショップにも出店する。人形はラグ・ドールと呼ばれる布製だ。肌の色はチョコレート色とカフェオレ色があり、黒人の女性や女の子のヘアスタイルをリアルに再現している。


 私の人形を見たハーレムの人たちの反応は2つに分かれる。「あぁ! こんなの見たことない!」と感極まる女性たちがいる。バービー人形などは黒人バージョンも作られているが、アメリカで販売されている人形の総量としては、やはり白人の人形が圧倒的に多いからだ。



「なぜ、あなたは黒人の人形を作っているの?」と聞く人も多い。皆、私に対して無作法にならないよう、「アジア人なのに」を省くが、彼らが不思議に思うのはそこだ。それが分かっているだけに、この質問を受けるたびに丁寧に説明することにしている。


「私は以前、ハーレムの学童保育で働いていました。そこで黒人の女の子たちが、自分より肌の色が薄い人形を欲しがることに気付きました。だから女の子たちが『わたしにそっくり!』と喜ぶ人形を作り始めたのです」


 アメリカは白人優位の社会ゆえに、黒人も肌の色が薄い方がいいとする風潮が根強くあり、黒人たち、特に女性たちは辛い思いをしている。私の説明に女性だけでなく、人形を欲しがる幼い娘を連れた父親たちも深く頷き、人形を買ってくれる。


他者の文化を取り入れても良いOKラインはどこ?


 アジア系の私がこうした人形を売ることに対し、文化の盗用だと批判を受けたことはない。もしかすると、私が白人ではなく、黒人よりも少数派のアジア系であることが緩和剤になっているのかもしれない。とはいえ、中には文化の盗用と感じる人もいるかもしれない。ボランティアとして作って無料配布しているわけではなく、販売し、ささやかながらも利益を上げていることから搾取と捉える人もいるかもしれない。もし、そう訴える人がいれば、人形を見てもらった上で説明を繰り返すしかない。


 ここで冒頭の疑問に立ち戻る。他者の文化を取り入れても良い「OKライン」はどこなのだろうか?


 答えは「明確な線引きも、マニュアルも存在しない」だ。


 これまで人種民族の多様性を持たなかった日本にとって、文化の盗用の理解は相当に難しい。だが、日本国内の多様化はすでに始まっており、今後も進む。とはいえ、日本における多様性の構成はアメリカのそれとは異なる。日本は日本における文化の盗用を自身で考えていかなければならない。


多様性時代の豊かで新しい文化を創り出す方法


 唯一、答えがあるとすれば、他者の文化への「敬意」を示すことだ。アリアナ・グランデは、日本文化は「喜びをもたらしてくれる」もので、自分には日本文化への「パッション(情熱)」があると語り、日本語のレッスンを受けていた。ブルーノ・マーズは自身の人種と音楽ジャンルの関係について寡黙だが、ブラック・ミュージックへの並並ならぬ敬意があることは、彼の音楽を聴けば十分過ぎるほどに分かる。


 文化の盗用を防ぐには、他者の文化をリスペクトし、真摯に、同時に喜びを持ってクリエイトすること。間違っても手軽なビジネスとして利用しないこと。特に日本における大マジョリティである日本人は、自身だけでは気付きにくいマイノリティの心情を、マイノリティと直接の交流を持って知ること。


 いずれも簡単なことではない。だが、これが文化の盗用を理解し、かつ異なる文化を融合させ、 多様性時代の豊かで新しい文化を創り出す方法なのだ。



(堂本 かおる)

文春オンライン

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