甲子園球児の「50m走」タイムが日本記録超え続出という問題

8月16日(木)11時0分 文春オンライン

 夏の甲子園が佳境を迎えている。


 今年で100回目を数える夏の風物詩は、酷暑の中で連日好ゲームを見せてくれている。プロ注目の選手たちをはじめとした高校球児の一生懸命な姿は、見ているこちらの気持ちも熱くさせてくれる。


 その一方で、毎年この時期、高校野球で報じられる“ある数字”を見て心を痛めている人たちもいる。


 それが全国の陸上競技関係者の面々だ。



©iStock.com


ほぼありえない眉唾ものの記録


「50m5秒7の俊足」


「俊足巧打の1番打者で、50mは5秒8——」


 甲子園の結果を報じる新聞やテレビのニュースでは、今年もこんな言葉が躍っている。


 野球における選手の走力の高さを示すのに、読者が身近にイメージしやすい50mの記録というのはわかりやすい指標なのだろう。誰もが学生時代に体力テストで測定経験があるし、記録のインパクトも伝わりやすい。


 だが、実はこれらのタイム、ちょっと眉唾ものの記録なのだ。


 50m走の日本記録は、100mでも日本歴代4位となる10秒02の記録がある朝原宣治が持つ5秒75。世界記録保持者のウサイン・ボルトでさえ5秒47だ。つまり、毎年甲子園には日本記録を上回る選手が何人も出場しているということになる。


「野球選手がみんな申告通りのタイムを競技場で出せたら、100mで日本人が9秒台を出すのにこんなに時間がかかっていませんよ(笑)。俊足のひとつの基準なんだろうけど、陸上選手と比べるなら測定の方法や気象条件くらいはしっかり書いてほしいよねぇ」


 そんなぼやきをこぼす陸上関係者が多いように、結論から言えばこれらの記録は陸上競技で採用される正式な測定方法では、ほぼありえないと言っていい。



野球の場合はストップウオッチによる手動測定


 では、なぜこんな記録が出るのか。


 その理由は測定方法の違いが大きく関係しているという。スポーツ紙の記者が語る。


「陸上競技の場合、基本的に記録は電気計時による測定になります。スタートの合図と同時に電気信号が流れて、計測が始まる。当然、人間の反応速度を上回るような速さでスタートすれば“フライング”ということにされる。


 一方で、野球の場合はストップウオッチを持った人間による手動測定。しかも1歩目が地面についた瞬間から測定をスタートする方法で測定することが多い。さらに自分のタイミングで自由にスタートを切れるため、精神的にも非常に走りやすいんです」



手動の方が記録が速くなるのは“常識”


 一般的に、陸上競技で記録を示すときには、手動計測の場合、100m走では測定記録に0.24秒がプラスされる。手動の方が記録が速くなる誤差は“常識”とされている上、クラウチングスタート姿勢で完全静止を求められる陸上競技と重心移動をさせやすいスタンディングスタートが許される野球の測定の違いも考えると、高校球児の申告する50mの記録は0.3〜0.5秒程度は速くなっていると考えるのが自然だ。


 参考までに、プロ野球で1997年にシーズン62盗塁を記録し、ぶっちぎりの盗塁王を獲得した松井稼頭央(現・西武ライオンズ)ですら、当時のテレビ番組の電動計測の50mでは、6秒06かかっている。


 高校野球の50mの記録は、主催の朝日新聞からのアンケートに記入することもあり、申告は基本的に選手個人の裁量になる。なかなか普通の高校球児が電動計測で50mの記録を測る機会などはないと思うし、選手達が自己記録としてこういったタイムを申告するのは仕方のないことだと思う。


 一方で、そんな当たり前のことをあえて無視してそのまま報じてしまうメディアの姿勢には、疑問が残る。


 陸上競技の経験のない読者や視聴者は、測定方法次第でどれほどの差が出るのかを知らない人の方が多いだろうし、そういった人たちが数字だけを見た時に「球児が陸上競技をやったほうが速いんだ」と考えてしまうことが起こりうるからだ。



桐生祥秀はタイムを0.03秒縮めるのに4年の月日を要した


 例えば100mの現日本記録保持者である桐生祥秀(日本生命)が、高校時代に出した10秒01の自己記録をたった0.03秒縮めるのに4年の月日を要したように、陸上競技における「記録」は非常に重い意味を持つ。


 その記録との比較が起こりうる以上、数字を示すメディア側はある程度の正確性を担保すべきではないか。測定方法が手動なのか、電動なのか。それとも単なる自己申告に過ぎないのか。少なくともその程度の情報は明記する必要があるように思う。


 単に「速そうに見えるから」という理由で俊足選手のアイコンに50mの記録を使うのは、0.01秒を競う世界で戦う陸上選手たちに対してあまりにも失礼なことではないだろうか。


 ちなみに現在、50m走は陸上競技の正式種目ではないため、そもそも電動測定で記録を測る機会がほとんどない。前述の朝原やボルトの記録も、他競技の通過タイムである。そういう意味では、野球の競技人口を考えると、ひょっとするとどこかに凄まじいポテンシャルを秘めた選手もいるのかもしれない。俊足を武器にする球児たちは、50mを本当はどの程度の記録で走れるのか——それはそれで、一度ぜひ見てみたい気がする。


 近年では阪神タイガースが陸上競技の元日本代表選手の指導を仰ぐなど、野球の走塁に陸上競技の専門家の意見を取り入れる動きも活発化してきている。実際に効果をあげているという話も耳にするので、高校野球にもこういった取り組みが広がれば、50mタイムも現実的なもの近づいていくのかもしれない。



(山崎 ダイ)

文春オンライン

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