田中角栄の言葉は人間心理の機微を知り尽くした行動伴ってた

8月18日(木)16時0分 NEWSポストセブン

新潟の自宅には支持者がよく押しかけた(写真:山本皓一)

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 田中角栄は「人たらし」と言われた。会った人の心を瞬時につかみ、反対派でさえも虜にする人間的魅力を備えていた。それは言葉だけの力でもカネだけの力でもない。「人を操る心理学」を熟知していたからだろう。角栄の数々の名言の背後にある人心掌握の哲学を探求していこう。ジャーナリストの武冨薫氏がレポートする。


 * * *

〈役人の顔や人脈はよく覚えておけ。〉


 角栄は高等小学校卒の学歴しかなかったが、それでも東大法学部出身のエリート官僚たちを手足のように動かして仕事ができたのは、彼らが何に喜ぶか、その心理を熟知していたからだ。


 角栄はエリート官僚たちの顔から入省年次、家族構成まで全部記憶していた。新人時代から角栄の薫陶を受けた渡部恒三・元衆院副議長は「あんまりよく覚えているもんだから、田中のオヤジに東大法学部同窓会の事務局長みたいだと言ったら、ひどく怒られた」と本誌に語ったことがある。


 ある正月、東京・目白の田中邸には政治家、役人たちが年始の挨拶に集まっていた。その中に地味な1人の人物がいた。建設省の官僚OBだった。


「この人はな」


 角栄が若手議員たちに彼の仕事ぶり、いかに有能だったかを語って聞かせると、周囲の見る目が変わった。


「あのときは、一緒に徹夜して、いろいろ法律を作ったよなあ!」


 政策づくりや行政実務を担う“黒衣役”の官僚にとって、政治家に自分のやった仕事を評価してもらうことが存在証明になる。田中邸に来ていた現役官僚たちが、角栄の官僚OBへの言葉を聞いて“この人なら”と思ったことは想像に難くない。


〈必ず返事は出せ。たとえ結果が相手の思い通りでなかったとしても、「聞いてくれたんだ」となる。〉


 角栄には地元ばかりでなく、各業界、福祉団体など数多くの陳情が寄せられた。「よっしゃ、よっしゃ」と何でも二つ返事で引き受けたわけではない。


 あるとき、肢体不自由児の福祉施設「ねむの木学園」の創設者で知られる女優の宮城まり子が田中邸に飛び込んできた。


「施設には、すばらしい頭脳を持った子供たちがいます。ですが予算がつけられているのは小中学校までで、いくら頭が良くても高校に進学できない。どうか高校で学べる予算をつけてください」


 黙って聞いていた角栄は、「知らなかった。返事はすぐには無理なので待って欲しい。必ず返事をする」と答えた。そしてその年の予算編成で予算をつけた。


 陳情を受けても実現できなかった場合もある。けれども必ず返事を出した。そうすると、「あの田中角栄が話だけでも聞いてくれた」となる。


 角栄は自分が恩を受けたときの心構えを、こう説いている。


〈これみよがしに「御礼に参上した」とやってはいけない。相手が困ったとき、遠くから、慎み深く返してやるんだ。〉


 角栄の言葉の裏には、人間心理の機微を知り尽くした行動が伴っていた。「人たらし」の真骨頂である。


※SAPIO2016年9月号

NEWSポストセブン

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