【インタビュー】柄本佑、“映画”という大きな世界を変幻自在に泳ぐ

8月19日(月)7時45分 シネマカフェ

柄本佑『火口のふたり』/photo:You Ishii

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『ヴァイブレータ』(’03年)や『さよなら歌舞伎町』(’15年)などの脚本家としても知られている荒井晴彦がメガホンを撮った『火口のふたり』。男と女の、ある種の業を見せつける本作で“身体”の欲望に身を任せ続ける男・賢治を演じたのが柄本佑だ。

「俳優」としての夢の一つが叶った作品
この作品に対しての第一印象を聞くと、「脚本家・荒井晴彦の作品に出ることが、この仕事を始めてからの一つの夢だった」と開口一番に答えてくれた柄本佑。小規模なミニシアター作品からメジャー作品までありとあらゆるジャンルの作品、媒体(映画やドラマ、舞台など)で「俳優」として活躍する彼の夢の一つを叶えた映画が『火口のふたり』だ。


「最初に荒井さんからこの脚本をいただいて読んだとき、非常にソリッドで良い作品、そして単純に面白いと思いました。この作品じゃなかったとしても、たぶん、二つ返事で『やります』って言っていたと思うんですよね。だって荒井作品だから。初号が終わって荒井晴彦監督作品っていう座組の中に自分の名前が入っているっていうことがまず嬉しかった。やっぱり欲が出て、また呼んでくれないかなと思ってます(笑)」


『火口のふたり』は秋田県を舞台に、かつて東京で恋人同士として暮らしていた賢治(柄本さん)と直子(瀧内公美)が、直子の結婚を機に再び出会い、衝動の赴くままに過ごす5日間と、その驚きの終わりを描く。賢治という男は一言で言ってしまえばダメ男だ。

「この賢治って、あまりにも自分のことを大事にせず、鬱病になったり治ったり、ふらふらしているから女房に逃げられて子どもも連れて行かれちゃって。いい年なのにフリーターで、暇さえあれば釣りなんかして、とにかく生活に覇気がない男」。

「そんな男が衝撃の事実を知るんですが、それまでさんざん自分を傷つけてきたから、こんな状況になったなら、せめて最後だけでは“身体の言い分”に正直にいてやろうとする。そう思える賢治って、実は優しい男なんじゃないかなって思ったし、最後の最後に、そういう行動ができる賢治が面白いなと思ったんです」


次のページ:エロティシズムと青春が共存する世界観”

エロティシズムと青春が共存する世界観
“身体の言い分”とは、本作でも原作でも作品のテーマの一つとして描かれていることだ。人間という動物の本性とも言える行為を背徳感なく素直に受け入れ、己の欲望のままに行為を重ねていく。その姿はエロティックというよりも、徐々に食事や睡眠といった、より動物的本能に近い行動のように見えてくる。


「原作の小説だと賢治が40歳くらいで直子が30代半ばくらい。明らかに僕らが演じるには若いんですよね。ただ原作通りの年代で映像にしたらもっとディープでどろどろした感じになっていたと思うんです。原作は男と女がある一つの何かを超えて、一周回って子供に戻って素直になるというイメージでした。原作よりも若い僕らがやることで、ある種の抜けの良さみたいな、青春性みたいなものが増したのかな、という気がします」


そう話す柄本さんが最も「賢治らしい」と思ったというのが冒頭、賢治と直子の再会直後のシーンだ。

「最初に直子が『ピアスどうしたの?』と言うと『なんとなく』、『その頭は?』『なんとなく』って。『何か悪さでもしたんじゃないの?』と言われて、『自分の自由にできるのが髪の毛だけってのも悲しいよな』って。このセリフが印象に残っているんですよね。賢治という人間を表しているなと思ったんです。“ああ、コイツは髪の毛しか自由にできないと思ってるんだ”って(笑)。それくらい覇気がないのか、って。このときの賢治の精神状態が分かるなぁと思ったんですよね」


そんなダメ男・賢治を丸ごと包み込み、グイッと引っ張る直子。本作には最初から最後まで賢治と直子の2人しか登場しない。

「撮影前は本読みで一回、劇中にある西馬音内(にしもない)盆踊りの実景撮影で一回、次に写真の撮影で会って。2日かけて写真撮影した後、1か月くらい空いてから映画の撮影が始まったんです。いま考えるとそのスケジュールが良かったなと思います。恋人だった二人が別れて再会するという賢治と直子の関係性に近い感じがして。写真撮影のときも、映画の撮影のときも、瀧内さんがドーンと男前にいてくださって、その男前さに助けていただいた部分は大きいですよね。もうやらなきゃしょうがない、終わらないからって(笑)」


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映画好きならではのこだわり
柄本さんと言えば、映画好きで有名だ。その彼に敢えて「映画とは?」という質問をぶつけてみた。

「僕の場合は小さいころから映画を観て育ってきているので、いろいろな言い方があるし、いろいろな角度からの言い方があると思いますが、“一番身近にあって、一番憧れているもの”でしょうか。やっぱり、ずっと憧れ続けているんですよね、映画に。だから映画の現場に行けるっていうだけでもう嬉しい」


そして映画を観るときのこだわりといえば、“映画館で観る”。

「家で映画を観ることは、ほとんどないですね。役作りなどの資料的に観ることは、たまにありますけど、“映画は映画館で観るようにできているんだな”って思ってからは映画館で観ることにこだわっています。他人と観るっていうことが大事なんじゃないかと思うんですよね。中にはその映画を面白いと思う人もいて、つまらないと思っている人もいるだろうし。そういういろいろな人たちがいる中で、しかも知り合いじゃない他人同士が一つの場所にあつまって一つの人生を垣間見る。その怪しさみたいなものが映画の魅力なのかなと思うんです」

「昔からそうなんですけど、それでも実家で映画を観るとき、家で観なきゃいけないとか、親父が観たいっていう時には“親父のルール”がありました。映画を観るときは絶対に電気を消して、トイレの時も一時停止とかしちゃダメ、っていう。家で観てるのに。それが面白かったりするとトイレの間近まで行って、サッとトイレに行って急いで戻ってきたりする(笑)」。

「そうやって育ってきたから、やっぱり映画館なんですよ。見えてくる情報量も違うし、環境も違う。僕にとって映画は、生活空間の中で観るものではないんです。映画館という場所に行って1800円払う。その映画に1800円の価値があったのかどうかも含めて。10000円の価値がある映画を1800円で観れた、こんなもん50円だ、それを1800円も払って観ちゃった。そういうことも含めての“映画館で観る”なんですよね」


まさに生粋の“映画好き”ならではのコメントではないだろうか。そんな柄本さんのオールタイムベストは『フレンチカンカン』(1954年製作のフランス映画。ジャン・ルノワール監督・脚本)なのだとか。

「好きな映画はその時や気分によっても違うんですけど、改めて観て、これが一番好きだなって思うのは、やっぱり『フレンチカンカン』です。劇場でやる度に観に行って、“あの映画は本当に面白いのかな”って毎回疑いながら行くんですけど、やっぱり毎回“傑作だな”って思う。この映画の持つ大きさ、大らかさ。圧倒的な嘘を見せてくれるところ。やっぱり映画ってでっかいですよね」

その大きな“映画”という世界を変幻自在に泳ぎ続ける柄本佑。これからも、俳優として硬軟自在な姿を見せてほしい。

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