圧倒的なエネルギーに満ちたブルース・スプリングスティーンの3rdアルバム『明日なき暴走』

2021年8月20日(金)18時0分 OKMusic

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コロナ禍での開催で賛否両論が渦巻いた東京オリンピックが終わった。オリンピック開催前から国民を顧みない与党政治家たちの醜さは露見していたが、それでもやはりアスリートたちの熱のこもったパフォーマンスは素晴らしく、毎日手に汗を握りながらテレビの前で応援した人は多かっただろう。そんな中、乗馬の団体競技でブルース・スプリングスティーンの娘がメンバーとして銀メダルを獲得したという話を聞き、かつて大阪城ホールで彼のハンパない熱量のライヴを85年に観たことを思い出した。そんなわけで今回は、彼の模索が実を結んだ3rdアルバム『明日なき暴走(原題:Born To Run)』を取り上げる。

ディランズ・チルドレンとしてデビュー

スプリングスティーンは73年に『アズベリーパークからの挨拶状(原題:Greetings From Asbury Park)』でデビューした。当初はレコード会社の思惑で“ディランズ・チルドレン”というキャッチフレーズが売りになっていたのだが、彼はディランというよりはヴァン・モリソンのような歌い回しであり、しっかりロックしていたから“ディランズ・チルドレン”の言葉につられてこのアルバムを購入した人はピンとこなかったはずである。生ギター中心のナンバーは、おそらくレコード会社の指示によるものだ。何と言っても、このアルバムがデビュー作なのだから、彼自身レコーディングでは緊張の連続だったに違いない。このアルバムでは「反抗期(原題:Growin’ Up)」と「町で聖者は楽じゃない(原題:It’s Hard To Be A Saint In The City)」が白眉であるが、すでに彼らしいスタイルが随所に見られる佳作である。

より熱いロックンロールへ

彼はのちの自伝で「ボブ・ディランのような詩を書き、フィル・スペクターのようなサウンドを作り、デュアン・エディのようなギターを弾き、何よりもロイ・オービソンのように歌おうとした」と語っている。まぁ、要するにウェルメイドのロックンロールが演りたいということだろうが、それに一歩近づいたのが2作目の『青春の叫び(原題:The Wild, The Innocent & The E Street Shuffle)』(’73)である。冒頭の「E・ストリート・シャッフル」はソウル/ファンク的なテイストで、彼がバンドサウンドを楽しんでいるのがよく分かるナンバー。このアルバムには彼のライヴではお馴染みの「いとしのロザリータ(原題:Rosalita(Come Out Tonight))」(彼の曲を1曲選べと言われたら、僕はこれ!)や、ストリート感覚に溢れた熱いロックがぎっしり詰まっている。裏ジャケットに彼を含む6人のメンバーが写っているが、この写真は彼の目指すグループでの音楽制作を表わしていると思う。

本作『明日なき暴走』について

74年、ライヴを観に来た評論家/プロデューサーのジョン・ランドーとスプリングスティーンは出会い、以後の彼の音楽はランドーの助言もあって大きな飛躍を遂げる。同じ頃、レコード会社やマネージャーとのトラブルがあって新作のレコーディングはなかなか進まなかったが、マックス・ワインバーグ(Dr)とロイ・ビタン(Key)がE・ストリート・バンドに新たに加わることになり、バンドサウンドが大きく進化することとなる。また、ジョン・ランドーがレコーディングの途中からプロデューサーとして参加し、エンジニアにはジミー・アイオヴァンを迎えるなど、レコーディングは遅れていたものの新作の環境は良い方向に向かっていた。

そして、75年にリリースされた本作『明日なき暴走』は、まさに彼の目指すサウンドに仕上がっているのである。これまでと比べ、無駄な音は削ぎ落としてシンプルになり、ライヴでのエネルギッシュさはスタジオ録音にもしっかり生かされている。ランドーの客観的な視点とスプリングスティーンの主張がうまく噛み合っただけでなく、躍動感を生かしたアイオヴァンのミキシングも文句なしの仕事をしている。まさにジャケット(秀逸!)そのものの、スプリングスティーンの思い描く労働者階級的なアメリカンロックが本作で完成したのである。

収録曲は全部で8曲。「涙のサンダーロード(原題:Thunder Road)」「明日なき暴走(原題:Born to Run)」「裏通り(原題:Backstreets)」「凍てついた十番街(原題:Tenth Avenue Freeze-Out)」など、よく知られた曲以外も全て名曲で、ロック史上に残る傑作であることは今さら言うまでもない。本作は全米チャートで3位まで上昇し、以降多くのフォロワーを生んだことでも知られている。「凍てついた十番街」での南部ソウルのようなホーンセクションは、デイブ・サンボーン、マイケル&ランディ・ブレッカーが演奏しており、僕はこれだけは余りにももったいない使い方だと思っている。

この後、『闇に吠える街(原題:Darkness On The Edge Of Town)』(’78)、2枚組(LP時代)の『ザ・リバー』(’80)、ひとりで宅録した『ネブラスカ』(’82)と傑作を次々にリリースする。84年にリリースした『ボーン・イン・ザ・USA』は全米1位を獲得し、84週間もベストテン内に居座り続け、全世界で2000万枚以上のセールスを記録するモンスターアルバムとなった。個人的には『青春の叫び』から『ザ・リバー』までが彼の最高の仕事だと思っている。

TEXT:河崎直人

アルバム『Born To Run』

1975年発表作品

<収録曲>
1. 涙のサンダーロード/Thunder Road
2. 凍てついた十番街/Tenth Avenue Freeze-Out
3. 夜に叫ぶ/Night
4. 裏通り/Backstreets
5. 明日なき暴走/Born to Run
6. 彼女でなけりゃ/She's the One
7. ミーティング・アクロス・ザ・リバー/Meeting Across the River
8. ジャングルランド/Jungleland

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