百恵Pが歌にした「新聞投書の夫婦愛」 広がる感動の輪 

8月25日(日)7時0分 NEWSポストセブン

写真左から宮本英司さん、クミコ、酒井政利氏

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 新聞の投書から生まれた歌が感動の輪を広げている。


「先日、妻を病気で亡くしたのですが、この歌のように、最後まで妻を守ってあげたかったと後悔しています」(東京都・65歳男性)

「人生100年時代といいますが、同年代の妻に、最後に何をしてあげられるか、考えさせられました」(埼玉県・73歳男性)


 リスナーからはそうした声が続々と寄せられているという。


 きっかけになったのは、神奈川県在住の宮本英司さん(72歳)の他界した妻・容子さん(享年70)が、入院中の枕元に残した一節の詩。これが新聞の投書に載り多くの人々の目にとまった。糸井重里横山だいすけを始め、著名人も「感動した!」「泣いた!!」とSNSに投稿、反響は大きかった。


 詩は書籍化され、夫婦愛を伝えるノンフィクションとしてベストセラーに。そして歌へとつながった。タイトルは『妻が願った最期の「七日間」』──。


 実はこの歌、英司さんがシャンソン歌手・クミコに、こんな手紙を送ったことで生まれたという。


〈容子は小腸がんという珍しい病気で、がんが見つかったときにはステージ4の末期がんになっており、余命2年と宣告されました。その後、懸命の治療を続けましたが、やはり病魔には勝てず(中略)。


 あの日、容子と話をしているときに私の夕食が届いたのですが、私が食べられない容子を気遣って食べないでいると「気にしないで先に食べて」といってくれました。「ありがとう、じゃ食べるよ」と言って食べ始めると容子はうとうとしてそのまま眠ってしましました。その頃は痛みもひどくなっていて眠れないことも多くなっていましたので、私はゆっくりねむれてよかったなぁと容子の寝顔をみていました。


 そしてそれが最後でした。容子はそのまま目を覚ますことなく明け方にこの世を去ったのです。


 クミコさんの歌のように「今日という日が最後だとわかっていたら」もっともっと話したいことや伝えたいことがいっぱいあったのにと、CDを聞くたびにあの日のことが思い出され、辛くてたまりませんでした〉


 クミコは、アメリカの詩人、ノーマ・コーネット・マリックが亡き息子に捧げた詩「最後だとわかっていたなら」を1年前、歌にした。これは2001年に起こった9.11米同時多発テロの際、消防士の息子を失った母がSNSで拡散して話題になったもの。


〈最後だとわかっていたら、一言だけでもいい、「あなたを愛している」と伝えただろう〉


 この歌を聴いた宮本さんは、息子を失った母の姿に自分を重ね合わせ、クミコに手紙を送ったのだった。


 


 ここで、容子さんがまとめていた「神様お願い この病室から抜け出して 七日間の元気な時間をください」と綴られた詩の“最期の7日間”を紹介しよう。


1日目:台所に立って料理をいっぱい作りたい。あなたが好きな餃子や肉味噌、カレーもシチューも冷凍しておくわ

2日目:趣味の手作り。作りかけの手織りのマフラー、そしてミシンも踏んでバッグやポーチを心残りがないほどいっぱい作る

3日目:身の回りのお片付け

4日目:愛犬を連れてあなたとドライブに行こう。箱根がいいかな、思い出の公園手つなぎ歩く

5日目:子供や孫の一年分の誕生会。ケーキもちゃんと11個買って、プレゼントも用意しておくわ

6日目:友達集まって憧れの女子会をしましょ。お酒も少し飲み、カラオケで十八番を歌うの


 そして7日目は、お気に入りのCDをかけて、「あなたと二人きり、静かに部屋で過ごしましょ」と──。


 容子さんが生前、成し遂げることができなかった7つの思いを、クミコは切々と歌い上げた。この楽曲をプロデュースしたのは、山口百恵郷ひろみ、南沙織らをスターにした音楽プロデューサーの酒井政利氏。かつて吉永小百合・浜田光夫主演で映画化されたことでも知られる、軟骨肉腫で21歳の生涯を閉じた大島みち子(ミコ)と大学生・河野實(マコ)の実話『愛と死をみつめて』を、青山和子に歌わせ、ヒットさせた経験を持つ。


「世の中がアナログからデジタルに変わり、デジタル化が進めば進むほど、人間同士の愛情が欠けていってしまうように感じていました。人の思い合う気持ちは、人間にとってすべてのエネルギーです。通じあえればそれはさらに強くなる。生きるうえで最も大事なことを、この歌に託しました」(酒井氏)


 この歌が世に出たことで、「死ぬまでにやっておきたいこと」を募集したラジオ番組では、パーソナリティの生島ヒロシが生放送で、号泣しながら詩を読み上げた。


 容子さんの夫の宮本英司さんが振り返る。


「容子の遺品を片付けた後、心にぽっかりと穴が空いた寂しさがあって、1か月、2か月、そして1年、2年経つうちに、みんな容子の思い出を忘れられちゃうのかな、という寂しさがあって…。容子の言葉をみんなに見ていただければ、容子の記憶が残るのかなと、いう思いでの投稿でした。


 私自身、まだ容子が亡くなったことをしっかり受け止められていない。容子には“みなさんの心に思いを届けたよ”と報告しました。歌になり、容子の思いを全国のみなさんに聞いていただき、感謝しています」


【PROFILE】クミコ/1954年生まれ。シャンソニエの老舗「銀巴里」でプロ活動スタート、2010年『INORI〜祈り〜』で、NHK紅白歌合戦に初出場、2017年『デラシネ』が日本レコード大賞優秀アルバム賞受賞。10月26日に「ビルボードライブ東京」で公演を行う。メディアやコンサートなど各方面で活動中。http://www.puerta-ds.com/kumiko/

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