どん底の満島ひかり下積み時代を支えたミッツ・マングローブ

8月29日(木)16時0分 NEWSポストセブン

 ドラマ『Woman』(日本テレビ系)でシングルマザーを演じ、多くの女性団を泣かせている満島ひかり(27才)。その秘密は“挫折”と“家族”にあった──。


 沖縄出身の満島は、ともに中学校の体育教師だった両親のもと、弟2人、妹1人の4人きょうだいの長女として生まれ育った。父は元サッカー日本代表・トルシエ監督似のフランス系アメリカ人のハーフで、満島はクオーターだ。


「お父さんは地元の中学のバスケットボール部で顧問をしていて、チームを全国大会の優勝に導いたこともある名監督なんです」(地元の住民)


 そして、1997年、満島は11才でアイドルユニット『Folder』としてデビューした。デビューシングルは10万枚を超える売り上げを記録するなど、順風満帆のスタートを切った。その後『Folder5』として再デビューするも、グループの活動は下降線となり、2002年には活動休止となってしまう。


 結局、満島は個人で芸能活動を続けたが、鳴かず飛ばずの日々が続く。挫折と闘いながら、徐々にドラマ出演を増やすなど、女優としてチャンスを掴み始めた2006年7月、彼女が生まれ育った実家に思わぬ事態が…。


「家計が苦しかったみたいで税金などを滞納して、実家が沖縄市に差し押さえられてしまったんです」(満島家の知人)


 そして2007年10月、さらに彼女を苦しめる事件が起こる。父親が酒気帯び運転で事故を起こしたのだ。


「沖縄市内の国道で、父親が乗っていた軽乗用車が赤信号で止まっていた乗用車に追突したんです。泡盛を8杯ほど飲んでいたそうです」(地元紙記者)


 厳格で、人格者だった父が起こしたこの一件に満島がショックを受けたことはいうまでもない。しかし、それ以上に、この事件をきっかけに家族は追い込まれていく。


「教師だったお父さんは、教え子にも示しがつかないと学校を辞めることになったんです。お父さんが職を失ってしまったために、さらに家計は苦しくなって、結局、実家を手放すことになってしまったんです」(前出・満島家の知人)


 次々と満島に襲いかかる不幸──まさにドラマさながらの状況だったのだ。


「当時の満島さんは、まだ今のような人気女優ではなく、収入も少なかったため、両親を助けることができず悩んでいましたね」(芸能関係者)


 どん底の日々を送っていた満島。そんな彼女を支えていたのは意外な人物だった。


「当時、満島さんはミッツ・マングローブさん(38才)が経営していたバーに足繁く通っていたそうです。“ひかり”と名前をマジックで書いた焼酎ボトルを飲みながら、ふたりで夜な夜な語り明かしていたみたいなんです」(満島の知人)


 ミッツも自身のブログで、満島との友情について、こう綴っている。


<その昔、私も、そしてひかりちゃんも、いろいろな仕事をしていた頃、飲んだり、食べたり、踊ったり、ドライブしたり、互いに互いの人生をぼんやりと手の平に浮かべながら、遊んだりしたものでした>


“挫折”と“不幸”に打ちひしがれそうになりながらも、自身の努力と友情に支えられながら乗り越えてきた満島は、2009年に映画『愛のむきだし』で主演を務めると、その演技で映画各賞の新人賞を総ナメにする。


 悲壮の源となっていた家族のトラブル。しかし、現在は満島が大ブレークしたことで、金銭問題は解決しつつあるようだ。沖縄市内の居酒屋では父親と満島が食事をしながら、沖縄訛りの言葉で笑い合う仲睦まじい姿が見かけられている。


※女性セブン2013年9月12日号

NEWSポストセブン

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