秋野太作 今は若い俳優への扱いにピリピリしていておかしい

8月30日(木)11時0分 NEWSポストセブン

ベテラン俳優は近年の撮影現場に首を傾げる

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 映画史・時代劇研究家の春日太一氏による週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、俳優・秋野太作が密かな自信作『おもいっきり探偵団 覇亜怒組』での怪人・摩天郎役と、俳優の世界で大事なことについて語った言葉を紹介する。


 * * *

 秋野太作は一九七六年『俺たちの朝』(日本テレビ)に出演した際にその時の役名からとって、それまでの本名「津坂匡章」を現在の芸名に変更している。


「親父がいろいろ担ぐ人でね。この名前だと交通事故で死ぬと誰かに言われたんだ。実際にそれまで二回死にかけていたからね。それで『三回目には死ぬ』と言われた親父が凄く心配して、変えることにしたんだ。


 戦後ずっと父子家庭で育ってきて、二度目の母親が来て僕は家を出たわけだけど、親父とは精神的に仲がよかった。その親父にそんなこと言われちゃあ──と思ったんだよね。


 それに家族を持って、子供も生まれて、人生の転換期でもあったからね。このまま遮二無二働いていてもしょうがないと思って、精神的にも内側に向かっている時期だったんだ。それで、これまでの人生をまたやり直そうという気はあった。それと親父の言葉がシンクロしたんだ。


 でも、バカなことをしたと思いますよ。やんなくてもいいことをやったんだ」


 八七年の特撮ドラマ『おもいっきり探偵団 覇亜怒組』(フジテレビ)では主人公の少年たちの担任教師と、彼らに立ちはだかる怪人・摩天郎を演じた。



「うちに主人公たちと同年代の子供が三人いたんだ。この子供たちに見せてやりたいと思ってオファーを受けたんだ。


 声をかけてくれたのは東映の東京撮影所のメインから外れた人たち。組合で頑張ったために、睨まれて端に追いやられていた。ところが才能があるんだ。それにみんな人格者だった。それに脚本も面白かったからね。


 摩天郎以外にも妖怪千年婆というのに化ける回があったんだけど、この時は自分でメイクをやったんだ。プロデューサーは代役を立てるといったんだけど、やりたくてね。そしたら、下の娘が泣き出すくらい怖かった。


 これは僕の密かな自信作です。思い出しても楽しい」


 自由闊達な現場こそ良い芝居を生み出すと考える秋野の目からすると、近年の撮影現場では気になることがあるという。


「交流がなくなったね。俳優の世界って、実は演技する前の段階が大事なんだよ。弁当を食ったり、待ち時間に喋っている間に馴染んでいくんだ。現場に行ってセリフだけ交わしても、なかなか馴染まない。難しいんだ。だから、僕と渥美清さんや緒形拳さんが馴染んだようなことって生まれにくい状況だと思う。


 今はみんな、妙に商品価値を高めようとしている。ブランディングに一生懸命なんだ。だから若い俳優への扱いにスタッフがピリピリしている。一番下のADさんが『ナニナニさん入りまーす』とか言ってさ。そういうの、おかしくてしょうがない。


 俳優の演技ってフレンドリーじゃないと。地の段階で人間関係を作っていかないと、上手くいかないんだ。『天下御免』も『必殺仕掛人』も『男はつらいよ』も『俺たちの旅』も、上手くいった仕事はそこが成立していた。今はそういうことが生まれにくいように思える。とにかくみんなピリピリしている。そんな時代になってきたね」


●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。


■撮影/横田紋子


※週刊ポスト2018年9月7日号

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