「駅伝で注目されても世界とは戦えない」——マラソン日本記録・大迫傑が陸上界に伝えたいこと

8月31日(土)5時30分 文春オンライン

東京マラソン棄権で得た教訓とは?——日本記録保持者・大迫傑の“悩み”と“変化” から続く


 大船渡高校・佐々木朗希の登板回避を受け、選手の未来と勝利、どちらを支持するべきか、多くの指揮者やアスリートが持論を展開し、大きな議論を呼んだ今夏の高校野球。


 議論の対象は野球だけではない。


 陸上選手で、現在はマラソンでのオリンピック代表の座を狙う大迫傑は、著書 「走って、悩んで、見つけたこと。」 のなかで、彼自身の経験と指導者への提言を語っている。



大迫傑 ©松本昇大


先生から「そんなにやるな」と言われて


 大迫傑が陸上競技を本格的に始めたのは中学生になってから。地元の中学校には陸上部がなく、当初は近隣の学校の練習に参加したり、陸上クラブでトレーニングを積んでいた。


 2年生になり、大迫の中学にも陸上部が発足。大迫は陸上部に籍を置きながら、2つの陸上クラブにも通い続けていた。


「学校とクラブで、週に3、4回ハードな練習をしていたんです。それを見た顧問の先生から、これでは絶対に潰れてしまうからと、まずは学校の練習をメインにして、陸上クラブはポイント的に行くようにして、うまく棲み分けをしなさいと言われたんですよ。先生がうまくコントロールをしてくれたおかげで、今も僕は大きな故障をすることなく、走り続けていられるんだと思います」



 とはいえ、当時は不安が強かった。


「今まで週4回ハードな練習をしていたのが、2回になったら、やっぱり不安ですよ。もっとやれ!と怒られるんじゃなくて、そんなにやるなと言われて。もっとやりたいという気持ちが強いのに、抑えなきゃいけないということで泣いていた記憶があります。それでも中学生にとって先生の言葉は絶対的なものですから、我慢していました」


 今でも覚えているエピソードがあるという。都大会出場のための地区予選。がむしゃらにピークを合わせなくても、いつも通りの走りさえすれば通過できる予選だった。


「だけど、僕はそこでいい走りをしたいと調整をしていたんです。それに気づいた先生が、レース前に30分ジョグをするようにと言ってくれたのを覚えています。今だからわかるんですけど、ひとつの大会にこだわってそこで力を使い切るのではなくて、もっと長期的な目標まで考えて、そう言ってくれたんだと思うんです」



「練習しすぎ」をセーブするのが大人の役割


 大迫は以前、自らの欠点を決められたメニューよりも長く走ったり、速く走ろうとすることだと語っていた。そして、それをセーブするのが大人の役割だと考えている。


「子供たちはちょっと怪我が良くなったら走ろうとするし、目の前に大会があれば、無理をしてでもベストを尽くそうと思いますよ。その気持ちは理解しつつも、未来のことも含めた長期的な目標を達成するためのスケジューリングを考えるのが大人の役割で、だからこそコーチという存在が必要なんですから」


 それは子供達に限った話ではないと大迫は言う。例えば、陸上では大きな大会に目標をセットしたとき、そこに向けての練習の一環として小さな大会や記録会に出場することがある。こういった大会では、今の自分がどれぐらい仕上がっているのかを把握したり、練習の刺激のために走ることも多い。つまりタイムについては、自分の現在地を示す参考程度に考えればいい。


「それなのにそこで頑張ってしまって本来の目的を忘れてしまう選手がいるだけでなく、選手自身はこの大会でタイムを狙う必要がないとわかっているのに、指導者がその記録に一喜一憂して、良い悪い、できるできないみたいなことを判断してしまう。競技を続けていれば、良い時もあれば、悪い時もあります。本当に選手のためを思ったら、もっと長い目で見て、積み重ねていかなければいけないのに、そこで結果を出さなければ何かを言われてしまう。日本の記録会に出るとそう言う雰囲気が本当に多い」



「僕にとっては駅伝は必要ない」発言の真意


 ともに積み重ねていくためには指導者と選手が同じ目標に向かっていることが大切だ。早稲田大学に在籍していた時から、大迫はエースでありながら「僕にとっては駅伝は必要ない」と公言していた。


「駅伝が魅力的なコンテンツというのは分かりますし、駅伝をやりたい子たちにとっては箱根駅伝は目標になるでしょう。だけど僕は世界と戦いたいとずっと思っていて、そうなると駅伝の先の展開が見えないわけです。けれども大学や指導者は駅伝に力を入れますよね。800mや1500mを走りたいと考えている子たちにとっては、駅伝チームに入ってしまうと、トラックシーズンである4〜8月にピーキングを持っていきづらい。本来そこは歩み寄れない部分であるはずなのですが、学生や実業団だとチームの意向に歩み寄らざるを得ないですよね。そうやって結局、選手が潰れてしまうというのはもったいないと思うんです。


 駅伝も甲子園もそうなんですけど、自分たちがいくら頑張っても輝きをもってフォーカスされるのは、コンテンツを盛り上げるために作り上げられた友情や困難、根性、学校の仲間というドラマであって、選手はただの使い捨てにすぎない感じがします。実力がなくても輝かされているみたいなところもあって、僕は大学時代はメディアに出ることも好きじゃなかった。駅伝で注目をされたところで、世界と戦う実力にはなりませんから」


「これを言うことは次の世代にとって良いことなのか」


 日本にいたときには気づかなかったが、アメリカに渡ったからこそ見えたこともある。


 今年4月、大迫は日本選手権の選考基準が曖昧なことについて、ツイッターで苦言を呈した。


「疑問に思ったきっかけは出場の申請が通らなかったことでしたが、ツイートする前には自分の内面を深く掘り下げて考えました。果たしてこれは僕だけのことなのだろうか。よくわからない基準で落とされた選手はどれぐらいの割合でいるのか。これを言うことは次の世代にとって良いことなのだろうかと。そこまで考えてああいうツイートをして、想像以上に広がってしまったけれど、今でも言ってよかったと思っています」


 次世代の選手に何を伝えられて、どんな選択肢を用意していけるのか。大迫は今、第一線で戦いながらも、帰国の際には自ら企画をしてランニングクリニックを開くなど、指導者としての道を模索している。




(林田 順子)

文春オンライン

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