高田文夫絶賛、今の漫才を考えるには一家に二冊は欲しい名著

9月2日(月)7時0分 NEWSポストセブン

高田文夫が絶賛する新書とは?

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 放送作家、タレント、演芸評論家で立川流の「立川藤志楼」として高座にもあがる高田文夫が『週刊ポスト』で連載するエッセイ「笑刊ポスト」。今回は、浅草の演芸場・東洋館会長とナイツの塙宣之が同時期に出した新書2冊と東京の笑芸について語る。


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 明るく楽しい町・浅草をひっぱる「浅草演芸ホール」「東洋館」の会長でいつも陽気な83歳・松倉久幸と、東洋館をホームにする若き漫才協会副会長・ナイツの塙宣之が同時期に新書を出したというのが、東京の演芸を一緒に生み続け応援しつづける身としては嬉しい。


「ロック座」「フランス座」から戦後のストリップ、軽演劇の歩みを楽しく語ってくれたのが松倉会長の『起きたことは笑うしかない!』(朝日新書)。


 長野県は上田出身の父・宇七が芝居好きで浅草へ。映画館経営から、伝説のストリップショーの父(?)秦豊吉にすすめられストリップと軽演劇を組み合わせたこと。フランス座は永井荷風が命名したことなど、様々勉強になった。渥美清、作家の井上ひさし、東八郎、萩本欽一、ビートたけし等の話が生き生きと語られていて楽しい。


 戦後の東京の笑芸の流れが分かりやすく書かれている中に、ビートたけしの伝説の師匠でもある深見千三郎の想い出にもキッチリとページがさかれていて貴重。皆が売れると「映画」だ「テレビ」だと浅草から出ていった中で、唯一かたくなに浅草に残った師匠である。最後は松倉の持つアパート「松倉荘」で一人孤独に焼死。その時私はたけしと仕事で一緒にいたので覚えている。


「うちの師匠もせっかちだよな。もう少し待てば人に焼いてもらえるのに、てめぇでてめぇ焼いちまったんだから……」と寂しそうに笑った。“歩く浅草資料館”のような人が書いた本だ。


 一方塙は『言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』(集英社新書)という、M-1への熱い思い、漫才への熱心な研究分析がうかがえる一冊。先週このページのイラストは(相方)土屋の“消しゴムサッカー”という呑気なものだったが、こちら副会長は真面目に東京の漫才の行く末まで考えている。「大阪は漫才界のブラジルである」とか「吉本芸人の王者が多いのは当然」「非関西弁で初めての王者は2004年のアンタッチャブル」などM-1おたくの様に語る。


 歴史をさかのぼれば東京言葉、江戸弁で160キロを出していたのはかつてのツービートのたけし。「あの人以来東京人で160キロのしゃべりをした人は高田文夫先生。ナイツの大恩人であり第二の師匠。70過ぎてなお150キロは(今でも)出ていると思います。まさに演芸界の村田兆治です」。ここまで書かれちゃこの本、誉めない訳にはいきません。今の漫才を考えるには一家に二冊は欲しい名著。これでいい?


◆イラスト/佐野文二郎


※週刊ポスト2019年9月13日号

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