「この先どうなのかな……」 ソフトバンク・岩嵜翔は終わらない試練を乗り越えられるか

9月4日(水)11時0分 文春オンライン

 ホークスファンはみんな、岩嵜翔のことが大好きだ。


 ドラフト1位で市立船橋高校から入団してきた右腕はすらりとした長身で見た目もよく、まるで王子様のようだった。まだ10代だった頃には先輩から「よ、幕張のプリンス!」とイジられると「いや、船橋です」と照れながら返していた。いや、プリンスは否定せんのか〜いとまた場が笑いに包まれる。特におもしろキャラというわけではないが、爽やかな風をさっと吹き込ませる不思議な魅力のある男なのだ。


 プロに入った頃から素晴らしいストレートを投げていた。ちょうど斉藤和巳がマウンドから離れた時期の入団だったこともあり、ファンは系譜を継ぐ大エースに、と大いに期待を寄せた。岩嵜本人も自覚は充分で、4年目のプロ初勝利のお立ち台では涙ながらに「いつかホークスのエースに」と発言してファンの心をまた大きく揺さぶったのだった。


 ただ、なかなか活躍できなかった。1勝目までも時間がかかったが、ローテ定着が期待された翌年は5勝10敗と負けが大きく先行した。能力の高さは誰もが認めるところだったが、若手時代は体力不足から先発よりもリリーフで活路を見出されることが多かった。一方で先発の谷間では必ずといっていいほど名前が挙がり、どちらの働き場所でも一定以上の結果は残してきた。首脳陣にとってはありがたい存在。ただそれは、器用貧乏でしかなかった。



2007年の高校生ドラフト1位で入団した岩嵜翔 ©文藝春秋


便利屋から球界を代表するセットアッパーへ


 そんな岩嵜がプロ10年目にして真の飛躍を遂げた。'17年、本格的にリリーフ一本で勝負をかけると72試合登板、46ホールドポイントといずれもホークス球団記録を樹立する大車輪の働きを見せたのだ。


 脱皮を実感した登板がある。それは'16年9月19日のオリックス戦(ヤフオクドーム)だった。シーズン終盤の1つも試合を落とせない状況の中、延長11回から登板した岩嵜は2イニング目の12回に1死満塁の大ピンチを招いてしまう。打席にはこの年20本塁打の難敵T-岡田を迎えた。その威圧感にやられてしまったかのように、腕が縮こまり3ボール1ストライクとしてしまった。


「昔の自分ならば、あのままダメだったかもしれません」


 しかし、ここからが見事だった。この局面で心を入れ直して思いっきり右腕を振り抜いた。直球勝負でカウントを整え、6、7球目も150キロ超でファウル。8球目、151キロでバットに空を切らせたのだった。


「以前は目の前の結果ばかりを気にして小さくなっていた。あれ以降は自分のできることに集中して、攻めていって点を取られたら仕方ないと思って投げています」


 もう便利屋から卒業だ。球界を代表するセットアッパーの仲間入りを果たした。

ホークスファンは思ったのだ。夢なんて叶わないと冷たく言い放つ人もいるこの世の中だけど、信じればそれはいつの日か必ず報われるのだ、と。岩嵜の成功体験はファンのそれでもあったのだ。



右肘の手術という大きな試練を乗り越えて


 あの活躍からそれほど多くの時間が経ったわけではない。だけど現在のホークスの必勝リレーの中に岩嵜の名前はない。昨シーズンの開幕直後に2試合登板しただけで右肘の違和感を訴え、昨年4月に右肘の手術を行った。秋の二軍戦で実戦復帰したものの状態が上がらず、10月に断腸の思いで再び大切な右肘にメスを入れた。


 そんな大きな試練を乗り越えて岩嵜が帰ってきた。


 8月21日、ヤフオクドームのオリックス戦。柳田悠岐の復帰戦と同日に、岩嵜もまた本当に久しぶりに戦いの場に戻ってきた。9回表、登場曲であるミスターチルドレンの『足音』が場内に響く。その大音量に負けないくらいの歓声と拍手にも包まれ背中を押されてマウンドに上がった。この日はせっかくの岩嵜と柳田の復帰戦だったのに目を覆いたくなるような試合で、この時点で4対13というスコアだった。ラッキーセブンの風船飛ばしまでを堪能して家路についたお客も多かったが、普段のこのような試合展開に比べれば大勢のファンが粘り強く最終回まで席に座っていた。おそらく岩嵜が出てくることを予想して、待ちわびていたのだろう。


 初球はボールになったが、147キロのストレートにまた大きな声援が飛ぶ。3球目は149キロで空振りを奪って、ドームがさらに盛り上がった。しかし、いきなり安打を浴び、続く打者へは四球を与えた。その後犠飛で1失点。最後は見逃し三振で3アウト目を取ったが、笑顔の復帰戦とはならなかった。


 続く24日の千葉ロッテ戦(ZOZOマリン)では1回を打者3人、1奪三振という見事な投球。きっちり修正して本来の姿を見せたかと思ったが、28日の公示を見て驚いた。出場選手登録抹消の中に名前があったのだ。


 遠征先の京都からチームの仲間たちはライオンズとの“天王山”に臨むために東京行きの新幹線に乗り込んだ一方で、岩嵜が手にしていたのは博多までの片道切符だった。逆方向へとひた走る車両で座席に身を沈めて何を思ったのだろうか。


本当の復活を信じての再始動


 この2日後、HAWKSベースボールパーク筑後で岩嵜と会った。最悪なのは右肘故障の再発だったが、その心配はまったくないという。一方で表情や言葉から落ち込んでいる様子も見られなかった。


「正直、ヤバいなと思いながらの昇格でしたから」


 岩嵜が納得いかないのは下半身の使い方。踏み込んでいく左足が弱いと感じるのだという。だから打者に入っていく感覚、勢いが出ない。スピードガンの表示は150キロ超をマークしていても、体重が乗っていないためにボールそのものに力を伝えきることが出来なかったのだ。


「(2度手術をした)右肘は問題ない。ただ、自分のフォームの中で、以前は無意識に出来ていたことが今は意識をしないと出来ないような状態になっている」


 岩嵜いわく工藤監督から「肩や肘の問題とは全く別ものだから」と声を掛けられており、ファームで実戦を重ねる中での復調を期待されたという。


「投げながら見つけないといけないし、新しいもの(投げ方)も含めて探さないといけない。投げられない時期もきつかったけど、どうですかね、今の方がきついかも。この先どうなのかなと考えると」


 試練はまだ終わっていなかった。だけど、野球の神様は乗り越えられない壁を与えることはしない。岩嵜は本当の復活を信じて、またファームで再始動した。


 僕らは見守ることしかできない。願うことしかできない。でも、岩嵜自身が思いを曲げずに毎日を過ごしているのだから、僕らはひたすら思いを共にするだけだ。


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(田尻 耕太郎)

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