「浪曲は死んだ」から2年、木馬亭には若い女性客が増加

9月6日(水)16時0分 NEWSポストセブン

若いファンも増えつつある(撮影:ヤナガワゴーッ!)

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「馬鹿は死ななきゃ直らない〜」──誰もが一度は聞いたことのある名文句。『清水次郎長伝・石松三十石船』の一節だが、浪曲にはそうした心に残る一節が数多くある。


 浪曲は、浪曲師の節(主人公の心情を表わす歌)と啖呵(台詞)を、曲師が三味線で守り立てて「語る」芸である。明治初期に関東では「浪花節」、関西では「浮かれ節」として寄席の高座に上がるようになった。


 ネタは講談から拝借したものも多く、武芸物、任侠物、義理人情、出世物、ケレン(笑い)など多種多様。明治後期から昭和20年代にかけてレコード、ラジオの隆盛と共に人気を博し、最盛期には3000人を超す浪曲師が活躍、「天下を取った」と浪曲師・玉川奈々福はいう。


 一世を風靡した浪曲師といえば、昭和では『清水次郎長伝』の二代目廣澤虎造であり、平成では国本武春である。国本は、ロックなどの音楽要素を取り入れて浪曲界を盛り上げたが、2015年に55歳で死去。その後「浪曲は死んだ」ともいわれたが、昨今、寄席などで興味を持った若い女性客が、関東唯一の定席・木馬亭(東京・浅草)にも増えつつある。


◆浪曲師と曲師が一つになり聴く者を物語の世界へ運ぶ


「シンプルに語り、三味線と一体化し、お客様のイマジネーションに頼る芸が浪曲です」


 玉川奈々福は浪曲の本質をそう語る。講談との大きな違いは、なんといっても三味線が入ることだ。曲師は譜面がない中、浪曲師の口元を見てバ〜ンと打ち込み、音色とリズムで盛り上げていく。ある時は丁々発止やり合い、ある時は一体化して主人公の心情を描く。


「出番前に段取りはしません。その場その場で生まれる躍動感を大切にしたいので」(奈々福)


 高座に上がった奈々福は和扇子を持ち、客をつかむマクラを講じて演目に入る。


「一席、もうけさせていただきます」


 深々とお辞儀をする。


「たっぷり!!」


 客席から声がかかる。イマジネーションを掻き立てる世界が始まる。


■取材・文/佐藤俊


※週刊ポスト2017年9月15日号

NEWSポストセブン

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