CHA-CHA、おめで隊… ジャニーズの混成グループの歴史

9月6日(金)16時0分 NEWSポストセブン

ジャニーズ事務所と他事務所の混成グループとは

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 7月9日に逝去したジャニーズ事務所の創業者であるジャニー喜多川氏(享年87)の「お別れ会」が、9月4日に東京ドームで開かれた。所属タレントやOB、関係者、ファン合わせて約9万1500人が故人を偲んだ。


 1964年、ジャニーズが『若い涙』でデビューして以降、フォーリーブスや郷ひろみ田原俊彦近藤真彦、The Good-Bye、少年隊、光GENJI、男闘呼組、SMAP、TOKIO、V6、KinKi Kids、嵐など、錚々たるグループがジャニー氏のプロデュースによって、世に羽ばたいていった。


 ジャニーズ事務所創業から57年の歴史を振り返ると、他事務所と融合した異色のグループもあった。


 1986年、TBSの『ドキド欽ちゃんスピリッツ』で、少年隊を文字った『おめで隊』というグループが結成された。メンバーは正木慎也、中村亘利、奈津あつしの3人。正木と中村はジャニーズ事務所所属で、少年隊のバックなどで踊る少年忍者の一員だった。1987年2月に『悲しきエクササイズ』を発売してオリコン最高位29位を記録するも、翌月限りでの番組終了と同時に解散。正木は1990年に『忍者』として再デビューを果たしている。


 1988年には日本テレビの『欽きらリン530!!』をきっかけにCHA-CHAが生まれている。同番組のオーディションには、後にSMAPとして大スターになる中居正広や木村拓哉、香取慎吾も参加しており、草なぎ剛は同番組に出演していた。


 番組では欽ちゃんのフリに答えて、ボケる数人を『茶々隊』と呼んでいた。そこに勝俣州和、松原桃太郎、西尾拓美、中村亘利、火野玉男(パワーズ。現在の堀部圭亮)がいた。また、須間一也(パワーズ)が都内から中継で登場し、リポート。視聴者の投稿を受け付ける電話番号を紹介する時には、木野正人が『電話番号ダンス』を披露。渋谷の電話ボックスの上で踊ったこともあった。


 この中から、勝俣、松原、西尾、中村、木野の5人でCHA-CHAが結成された。『おめで隊』に続いて抜擢された中村、木野はジャニーズ事務所、勝俣、松原、西尾は他のプロダクションだった。


 1988年9月発売のデビュー曲『Beginning』はオリコンで5週連続ベストテン圏内に残り、最高位5位を記録。『欽きらリン530!!』は半年で終了したが、10月から日本テレビの金曜16時台に『ビギニング!!チャチャ』という番組が始まり、セカンドシングル『いわゆるひとつの誤解デス』はオリコンで最高位2位まで上昇した。


 CHA-CHAは、歌だけでなく笑いも取れるグループだった。1990年代にアイドルの枠を超えてバラエティでも活躍するSMAPのメンバーがオーディションを受けたり、同じ番組に出演したりしていた事実は興味深い。萩本欽一の指導が、のちに役立ったことのだろう。


 ジャニーさんのお別れ会にはCHA-CHAの木野正人、中村亘利、おめで隊の正木慎也も含め、1960年代から現在のグループまで多数のOB、現役タレントが集まったことで事務所の歴史を感じさせた。


◆文/岡野誠:ライター・芸能研究家。著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)では、ジャニー喜多川氏の『哀愁でいと』『抱きしめてTONIGHT』プロデュース秘話なども綴っている。9月28日15時から、東京・下北沢の本屋B&Bで元CHA-CHAの木野正人とトークイベント『ジャニー喜多川氏を語ろう』を開催。

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