草食系キャラで『明烏』の面白さを浮き彫りにした柳家わさび

9月6日(金)7時0分 NEWSポストセブン

柳家わさびの『明烏』に目からウロコ(イラスト/三遊亭兼好)

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 音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、草食系キャラで面白さを浮き彫りにした、柳家わさびの『明烏』についてお届けする。


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 商家の旦那が堅物の息子に遊びを覚えさせようと、遊び好きの二人組に吉原へ連れて行ってもらう『明烏』。八代目桂文楽の十八番で、今でも高座に掛かることは多い。


 文楽の時代にはまだ吉原の「粋な遊び」のイメージがあり、「女郎なんて汚らわしい!」と泣き喚いていた若旦那が一夜明けたら花魁の色香の虜、という面白さに観客が共感できた。古今亭志ん朝は、もはや存在しない「吉原の粋」を芸の力で観客に「共同幻想」として提示したが、それは志ん朝だからできたこと。現代ではこうした「吉原礼賛」を観客と共有するのは不可能だ。第一、演者が「吉原の粋」を知らない。


 現代において『明烏』を面白く演じるには、「駄々っ子の坊ちゃんに手を焼く二人組」という構図の中で、時次郎という若旦那を思いっきり「ヘンなヤツ」として描く、という手法がある。時次郎が泣き喚く可笑しさがメインのドタバタ劇とする演り方だ。これは、センスのいい噺家がやれば最高に面白くなるが、ヘタな噺家がそれをやると、噺そのものが壊れてしまう恐れがある。


 そんな『明烏』を、奇を衒わず正攻法で演じて大いに感心させてくれた若手がいる。この9月から新真打の柳家わさびだ。


 かつて立川談志は「現代において『明烏』は、経験のない男性の女性に対する性的な恐怖心をテーマとして演じれば共感を得られる」と語ったが、7月20日の「関内寄席ねくすと」のトリでわさびが高座に掛けた『明烏』を聴いて、「談志が言ったのはこれだ!」と僕は思った。


 わさびの演じる時次郎は純真で、実に可愛い。ただ性的な経験がないため「女性と接するのが怖い」のである。「堅物」と言うよりむしろ「草食系男子」だ。だからこそ肉食系な源兵衛と太助に「性交渉の場」に連れて来られてパニックに陥る。わさび自身の草食系なキャラが、そんな時次郎にピッタリ重なって実にリアルだ。「追い詰められた人間の可笑しさを描くのが落語だ」と言ったのは春風亭昇太だが、わさびの『明烏』はまさにそれだろう。


 わさびは持ち前の個性を見事に活かし、登場人物をリアルに描いて『明烏』という噺が持つ本質的な面白さを浮き彫りにした。そこに目新しいギャグは一切必要ない。真正面から取り組んで、素直に「『明烏』ってこんなに面白い噺だったのか!」と思わせてくれた。まさに目からウロコ。これはもう「わさび十八番」と言っていいのではないか。新真打わさびの大いなる飛躍を確信させる、素敵な『明烏』だった。


●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。


※週刊ポスト2019年9月13日号

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