阿部一二三&詩、兄妹金メダルを達成した固い絆「お兄ちゃんに追いつけ」「柔道家として尊敬する妹」

9月12日(日)19時0分 婦人公論.jp


金メダルを手に笑顔の阿部一二三選手と詩選手(写真提供:読売新聞社)

五輪史上初めて兄妹で同日に金メダルを獲得した阿部選手と詩(うた)選手。表彰式に臨む前、2人は固く抱き合った。兄妹が高校時代から取材してきたジャーナリストが、切磋琢磨し成長した2人のこれまでを振り返り綴る。(取材・文=粟野文雄)

* * * * * * *

1日で2つの夢が叶った


7月25日。日本武道館で行われたオリンピック柔道女子52キロ級決勝戦。畳に上がる阿部詩に兄・一二三が「頑張れ」とだけ言うと、詩は目でうなずいた。

立ちはだかったのは、フランスの実力者アマンディーヌ・ブシャール。詩は得意の「袖釣込腰」や「背負い投げ」などを繰り出そうとするが警戒されて簡単にはかからない。だが延長戦に入ると相手に疲れが見えだした。高度な寝技「腹包み」でブシャールを押さえ込み一本をもぎ取る。

詩は畳を叩いて喜んだものの、上げた顔は半泣きだった。直後のインタビューでは「お兄ちゃんの試合が今からなのでまだ気が抜けない」と語り、20分後に始まった兄・一二三の男子66キロ級決勝戦に駆けつけた。

兄妹はそれぞれ軽いほうから2番目の階級で、国際試合などで同日になることが多い。控室で妹の金メダルを見届けた一二三は、「今日も妹が先に金メダル。燃えるしかない。絶対やってやるしかない」と奮い立った。

祈るように見守る妹の前で、一二三はジョージアのバジャ・マルグベラシビリ相手に落ち着いた試合運びを見せ、強引な「大外刈り」で『技あり』を奪い、攻め続けた。試合終了の瞬間、妹は笑顔で飛び跳ねたが、兄は喜びを押し殺し、正座してから畳を後にした。以前、父・浩二さんが「一二三はあまり感情を出さず噛みしめるけど、詩は感情の起伏が激しいんです」と言っていたことが思い出される。

試合後のインタビューで、「1日で2つの夢を叶えられた。23年間生きてきて、最高に輝く1日になった」と語った一二三。詩も「小さな頃からの2人の夢でした。ずっと思い続ければ実現するんだな」と喜びに浸った。

消防士の父と特訓の日々


阿部兄妹が注目されるきっかけになったのは、2017年12月の国際柔道大会「グランドスラム・東京」。初めて兄妹で《アベック優勝》し、取材を受ける2人にカメラマンが「お2人、もっと寄ってくださいよ」と注文をつけた。兄は「彼女やないねんから(笑)」と応じなかったが、妹はそっと身を寄せていた。仲のいい兄妹だ。

2人が育ったのは、神戸市兵庫区、和田岬駅近くの商店街。一二三と詩は3人きょうだいの次男と長女で、一番上に長男・勇一朗さんがいる。一二三がテレビで見た柔道に憧れ、少年柔道教室「兵庫少年こだま会」に兄と一緒に通い始めたのは、6歳の時のこと。最初は女の子にも負けて泣いていたが、逆立ちで道場を歩き回るなど、運動神経は抜群。

いつしか「一番になりたい」と目標を口にするようになった一二三を支えたのは、消防士でかつて水泳の国体選手だった父の浩二さん。柔道経験はなかったが、一二三のため、消防隊員の訓練などを取り入れた独自のトレーニングを考案。背負い投げをイメージしてチューブを引っ張ったり、重さ3キロの球を投げたりと親子で特訓を積んだ。

2人で今後の目標を語り合い、オリンピックについては「お前が19歳、23歳、27歳になる年にある。23歳はいけるな!」と未来をイメージさせたという。

こうして一二三は中学2年生で全国優勝、さらに高校2年生で出場した講道館杯で最年少優勝を果たし、一気に注目された。

「お兄ちゃんに追いつけ」


詩が兄に続いて道場に通い始めたのは、5歳の時。兄の送迎についていくうち「詩もやる」と言い出した。

「娘は3歳からピアノを習っていたので反対したんですけど、小さい時から女の子らしいものは好きじゃなかった。かといって、特段、運動神経が抜群とかではありませんでした。きっと柔道が向いていたんでしょうね。とにかく負けず嫌いで、40キロも体重差のある子に負けても悔しがりました」(浩二さん)

詩が誰よりも尊敬し、目標にしてきたのが兄・一二三だった。

「お兄ちゃんに追いつけ」。その思いを胸に、夙川学院中学へ進学してからはいっそう、柔道に打ち込んだ。どうしたら兄のように勝てるのか、と兄の動画を見て動きを真似る日々が始まる。

中学から詩を指導してきた夙川学院の垣田恵佑さんは、「運動センスのいい子だなと思いましたが、当時はまさか、オリンピックに行くとまでは思いませんでした」と振り返る。技の覚えも早くメキメキ力をつけた。

高校1年生の時、詩は大きな挫折を味わう。インターハイの1回戦。相手に足を掛けたが「河津掛け」という反則にされて敗退。「1週間くらい泣き止まず、練習に来ても道場の隅っこで震えていました。『お前はチワワか』と言ってやりましたよ。でも、彼女は自分で考えて必ず挫折を次につなげる頭の良さを持っていました」(垣田さん)

17年11月には、兄と同じく高2で講道館杯優勝を果たした。

その後、兄を追って、日本体育大学に進学した詩を支えたのは母・愛さん。商店街で喫茶店を経営していたが、ホームシックになった詩のため、店を閉めた。現在は東京で詩と暮らしている。

励まし合って切符を掴んだ


一二三は、「詩がシニアの大会で優勝し始めてから、東京五輪で2人揃って金メダルを、と思うようになった」と語っている。筆者は、五輪内定に至るまでの大会で励まし合う兄妹の姿を何度も目撃してきた。

17年、18年と一二三は世界選手権で2連覇。かつて親子で思い描いたように、「23歳という一番いい時に東京オリンピックが来る。絶対金メダル」と意気込んでいた。だが簡単ではなかった。

立ちはだかったのは4つ年上の丸山城志郎だ。19年11月のグランドスラム・大阪までの時点で一二三は丸山に3敗しており、「五輪は丸山」という空気が強くなっていた。丸山はグランドスラムで勝てば五輪内定。一二三は絶体絶命となったが、延長戦で勝利したことで、20年12月の丸山との代表決定戦に持ち越される。24分間の死闘の末、「大内刈り」でねじ伏せた一二三は、畳を降りて「ウォーッ」と吠え、歓喜の涙に暮れた。

妹の詩は同年2月のグランドスラム・デュッセルドルフで優勝し、すでに五輪内定を決めていた。兄の決定まで10ヵ月待つことになった詩は、「お兄ちゃんなら絶対に決めてくれる。支えたい」と話していた。一二三も「妹が先に決まって、絶対に負けられないという気持ちでやった」と振り返る。一二三の後ろにはいつも自分の背中を追い、同時に支える妹の姿があった。

話は遡るが、19年8月の世界選手権では一二三が丸山に敗れた。一方、この時、詩は優勝。一二三は「兄は情けなかったが妹はすごい」と妹を称賛したが、詩は兄を心配してか、浮かない表情だった。

逆に19年11月のグランドスラム・大阪で、詩はブシャールに敗れて、対外国人連勝がストップ。号泣する妹を、すでに優勝を決めた兄が必死に慰めた。

コロナの影響で東京五輪が延期、代表決定戦のスケジュールが変更されるなど、想定外の事態に見舞われながらも、兄妹二人三脚で掴み取った五輪への切符だった。

一二三を強くしたのはなんといっても丸山戦


そして2021年、ようやく迎えたオリンピック。それぞれが金メダルを獲得し、さらに兄妹で出場した混合団体では銀メダルを獲得するという快挙に、地元からも喜びの声が上がっている。

メダル獲得後の7月31日、一二三の母校・神港高校の柔道場を覗いた。総監督の信川厚さんは「一二三を強くしたのはなんといっても丸山戦でした。負けたら終わりで、試合開始まで顔がこわばっていた。あれを乗り越えたことがすべてです。今回のオリンピックは、本人も勝って当たり前くらいに思っていたのでしょう」と話す。

詩の中高時代に指導していた、神戸の柔道教室「樽谷塾」 の新名悦子さんは、「詩ちゃんは周囲に流されない、芯のある女性。最初は寝技も私のほうが詩ちゃんより強かったんですが、あっという間に勝てなくなりました。決勝で決めた押さえ技もよく練習していたのでしょう」と話す。

悦子さんの長女で大学生の寧々さんは、夙川学院中学の3年から同高校3年までスポーツ学科、柔道部で詩と一緒だった。「詩ちゃんは昔からみんなに優しくて友達が多かった。オリンピックの前に同級生や保護者らも一緒にZoomで励ましたんです。通信トラブルがありましたが、喜んでくれました」


森好理江さんと阿部兄妹の写真。2020年撮影(写真提供:森さん)

尊敬する妹、最強の兄


兄妹が通った和田岬小学校の近くでお好み焼き店「よりみち」を経営する森さんは、「よりみち後援会」を結成。常連客を中心に月500円で会費を募ったり、応援旗を作ったりして熱心に支えてきた。

「浩二さんと愛さんは阪神大震災で家を失い、ローンで家を買って頑張っていた。いつも車で遠方の試合会場に行くんじゃ大変だろうから新幹線に乗ってほしいと思ってね。一二三くんと詩ちゃんのためより、ご両親のための支援ですね」と笑う。

浩二さんはよく幼い2人を連れてきた。詩は甘えて森さんのことを「ママ、ママ」と呼ぶので、浩二さんは「ここは家みたいやな」と言っていたそうだ。

実際、好理江さんは家族のように2人を見守ってきた。講道館杯、グランドスラムなど毎年応援に行き、18年のアゼルバイジャンの世界選手権では兄妹アベック優勝を見届けた。オリンピックも常連客と店で観戦。下町の人たちは2人の英雄の凱旋を心待ちにする。

夙川学院高校時代の松本純一郎柔道部監督は以前、「詩がライバルと思っているのは有名な女子選手ではなく一二三です。でも兄貴より詩のほうが柔道の天才ですよ」と話していた。

詩も「阿部一二三の妹、ではなく阿部詩の兄と言わせたい」と語っている。「先に名前が出たのはお兄ちゃん。メディアに囲まれてすごかった。でもこの1年(17〜18年)で自分も注目されるようになったのかなあ。そういう気持ちでやってるけど、もっと阿部詩って出たらいいかな」と。

そして今回、ついに兄に「柔道家として尊敬する妹です」と言わしめた。一方の一二三も「天才」と言われる妹に負けないよう、努力を惜しまなかった。詩は「最強の兄だな、と思います」と目を輝かせる。互いをリスペクトしながら競い、高め合った2人。歴史に名を残した兄妹の絆は固い。

婦人公論.jp

「兄妹」をもっと詳しく

「兄妹」のニュース

「兄妹」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ