青木さやか「2年経たず肺がんが再発? 生かされたわたしは生活をシフトした。愚痴、悪口、噂話は一生しない」

9月13日(月)13時0分 婦人公論.jp


(写真提供◎青木さん 以下すべて)

青木さやかさんの連載「48歳、おんな、今日のところは『……』として」——。青木さんが、48歳の今だからこそ綴れるエッセイは、母との関係についてふれた「大嫌いだった母が遺した、手紙の中身」、初めてがんに罹患していたことを明かしたエッセイ「突然のがん告知。1人で受け止めた私が、入院前に片づけた6つのこと」が話題になりました。今回は、「肺がんの再発と二度目の手術」について、赤裸々に語ります。

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前回「1年間粘った娘の熱意に負けて迎えた2匹の保護猫。今や彼らなしの生活は考えられず」はこちら

肺がんができやすいタイプ


2019年、肺がんの2度目の手術の為に入院することになった。
2017年に肺がんの手術をし、2年しか経っていない。定期的に検査をしてきて、こんなに早く再発か、とショックであった。

「再発ではないんですよ」
と主治医の似鳥先生。

「再発じゃないんですか?」

「このタイプのものは、女性ではできやすい方がいらしてですね」
「はい」

「CTだけではがんかどうかわからないので、疑わしくて大きくなる傾向だととる、ほうが良いかと。もちろん、とってみないと完全にがんかどうかはわからないのですが」
「ふー。そうですか」

「前回よりも、とりやすいところにありますし、時間もそんなにかからないと思います」

わたしは、もう先生に委ねているので、おっしゃる通りに。次の舞台が終わったら入院しましょう、となった(前回同様、1週間弱の入院。術式は胸腔鏡下左肺上葉部分がん切除手術)。

トートバッグ1つで4人部屋へ


2年前、1度目の手術前よりはナーバスにはなっていなかった。えらいもので、慣れる。初めてのことではないので何となく段取りがわかる。そして、きっと術後は日にちぐすりで良くなるであろうことも、わかる。気持ちは重たかったが日常生活は2年前より淡々とできていた。

今回みつかったがんも、とても小さくて保険がおりないであろうと先生に言われていた(上皮内がんは、保険がおりない場合があります)。
だからというわけではないが、個室ではなく4人部屋に入らせていただくことにした。今回も入院の事は誰にも言わなかった。前回よりも言わなかった。誰もお見舞いに来る人はいないので、少ない荷物だが忘れ物がないようにした(歯ブラシ、コップ、歯磨き粉、財布、保険証、下着、携帯、充電器、小説)。

軽めのトートバッグ1つで4人部屋に入った。大きな窓際のベッドだった。部屋は広めで開放感があった。

わたし以外の3人のうち、2人はわたしと同じ病気で、1人は手術を終えて退院を控えてるおばさま。もう1人は明日手術を控えてるおばさまだった。この部屋には、おばさましかいなかった。
とても賑やかな方たちで、明日手術を控えてるおばさまが退院を控えてるおばさまに聞いていた。

「やっぱり、痛いの?」
「大丈夫〜痛みは、ほら、普通に私は話しているから」

えーでも昨日は痛そうだったじゃない、でも今日は元気になったわね、と心配そうだが時折笑いもありながら話は進んでいた。

新人からベテランにのし上がる


「あなたも聞いたら?」
手術を控えているおばさまがわたしを会話に入れてくれた。

「わたし、ですか?」
「手術のこと、聞いてるの。いま。どんな風だか」

「わたしですね」
「はい」

「なんと、2回目なんです!手術」
「えー!そうなの、すごいじゃない!」

何が凄いのかはわからないにしても、わたしは一気にこの部屋で新人からベテランにのし上った。2度目と聞いて、大変ね、というより、ベテランね、という表現は、なかなか嬉しいものがある。

「1回目はいつ?」
「2年前、くらいです」

「そう、痛かった?」
「まあ、そうですね、術後はやっぱり傷口は」

「そう」
「咳とかしようとすると、わーー!となりましたね」

「痛い?」
「肺が膨らむからですかね、痛かったですね、ですが」

「うん」
「大丈夫です。痛み止めも痛かったらいただけますし」

「大丈夫かしら」
「大丈夫です。先生にお任せしておけば。なにもすることがないですから」

わたしは実際よりも、ほんの少しだけ抑え気味に情報を伝えた。そう、ほんの少し。
術後は確かに日に日にラクになっていくのだ。

娘がまた心配するだろうか


「お菓子、食べる?」
明日手術のおばさまがお菓子を進めてくれた。

「あ、大丈夫です、ありがとうございます」
「いらない? 私もいらないって言ったんだけど、息子が持ってくるのよ」

「素敵ですね」
「いらないって言ってるのに、もー」

その後の面会時間になると、それぞれの家族がいらしてカーテンを閉めて、話していた。心配している空気が伝わってきた。

わたしのところには誰も来ない。待つ必要もない。誰にも伝えていないのだから。

窓の外をみた。
本当は家に帰りたい。
こわいよこわいよ、と駄々をこねて、眠るまで手を握っていて、と言いたい。そういう相手がいないだけ。

翌日は肺の内視鏡(気管支鏡)をしてから手術をしていただいた。
今度は、反対側の肺の手術だ。両脇に手術のあとが残るだろう。娘がまた
「どうしたの?」
と心配するだろうか。


タケノコを切る娘さん。簡単な料理はできるそう

そんなことをボーっと思いながら、
やはり1度目の手術よりも緊張は少なく、やはり起きたらICUにいた。

「がんでは、なさそうです」


先生が起きたわたしのところへきて伝えた。

「しっかりと調べないとわからないのですけどね」
「.....」

「がんでは、なさそうです」
「.....」

「ともかく手術は無事終わりましたから、安心してくださいね」

わたしは、ありがとうございます、と声にならない声で言った。

がんじゃなかった。(器質化肺炎)

半分夢の中で、少しセンシティブになってみると、生かされたのかな、とも思った。
2度の手術で、わたしは生活と言動を少なからずシフトしていくことになる。

友人に教えてもらった酵素玄米炊飯器を購入し、自宅にいるときはできるだけ自炊。
和食中心の生活に。


友人から勧められて購入した酵素玄米炊飯器

マンションを購入し、地に足のついた生活に。

多くの悩みは人間関係だったので、「でも」という口癖を「はい、わかりました」に変更。
愚痴、悪口、噂話は一生しない(最初はじゃあ何を喋ればいいのかしら、と戸惑ったが〈笑〉)。

ICUを出て病室に戻ると、すぐに携帯のLINEに、いまの気持ちを書き始めた。

さあ、わたし。どう生きていく?

婦人公論.jp

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