ベトナム人女子留学生がバイト先のコンビニで感じた身の危険

9月13日(日)16時5分 NEWSポストセブン

コンビニでは多くの外国人留学生が働いている

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 この数年、様々な場所のハラスメントが可視化され、「良くないこと」として止めるように求められてきたが、実際には、被害にあっている人が場所を追われることのほうが多い。とくに「お客様は神様です」が行きすぎていると指摘されることもある接客の現場では、カスタマーハラスメントに泣き寝入りさせられることが少なくない。俳人で著作家の日野百草氏が、今回は、「アニメおじさん」のためにコンビニで働くのをやめたベトナムからの女子留学生についてレポートする。


 * * *

「おじさん怖い。私もう会いたくないです」


 ベトナム人の女子留学生、ホアさん(仮名・20代)は小さな肩を震わせる。とても愛らしい女性で、本当は別の名前だが、ここは仮名でホア(ベトナム語で”花”の意味)さんとする。ベトナムの女の子は花の名前や季節(たとえばシュアン・春)などの名前が多い。ホアさんは日本で言うなら花子さんだ。ホアさんと仮名にするのは特定がどうこう以上に、身の危険があるためである。


「怖い人、アニメおじさん、いつも来ました」


 身の危険の原因はホアさんがかつて勤めていたアルバイト先のコンビニに来ていた男である。ホアさんが「アニメおじさん」と呼ぶ理由は後述する。ホアさんは彼の恐ろしさにコンビニを辞めたが、いまも怖がっている。


 ホアさん、まだ日本語学校に通い始めて1年ほどだが、日本のアニメや漫画が好きだったので多少は覚えたという。とくに『君の名は。』はベトナムの映画館で見て感動したそうだ。純愛ものが好きとのことで、『聲の形』や『天気の子』なども劇場で観たという。ベトナムは健全な作品という条件に限れば日本のアニメをたいてい観ることができる。とくに『ドラえもん』などはベトナムでも国民的アニメだし、『美少女戦士セーラームーン』もベトナムの少女には懐かしい作品だ。


「おじさん、優しいけど怒る、話長いの迷惑。仕事中なのに」


 そんなホアさんが憧れの日本に来て、勤め先で遭遇した男はいわゆる「クレーマー客」と呼ばれる人種だった。ホアさんは怖がっていても「おじさん」と丁寧に呼ぶ。ベトナムの英雄、ホー・チ・ミンの愛称「ホーおじさん」と同じように。ベトナムは年功序列、上下関係が徹底していてベトナム語でも男性女性、目上目下どころか年齢、性別によって人称代名詞も事細かに変わる。普通の女の子ならまず目上をぞんざいな言葉で呼んだりしない。


「ホアのため、ホアのため、って怒ります」


「アニメおじさん」とはなかなかキャッチーだが、ホアさんいわく、日本で言うところの中高年がアニメ好きというのはベトナムでは珍しいから素直に呼んでいるだけで悪意はないようだ。


おじさんの家に行こうって言われました、怖い


 細かい部分は英語で補ってもらうことにしたが、ホアさんいわく、その男は50歳とか60歳くらい(日本人は若く見えるのでわからないとのこと)でお爺ちゃんという感じではない。レジに来ては「釣りの渡し方が駄目」「挨拶がなってない」「スプーンが違う」と、ホアさんの接客にダメ出しをしたという。ホアさんも日本に来て間もなく、また相手が目上ということもあって素直に笑顔で「ごめんなさい、ありがとう」と応じていたがやがてエスカレート、「日本のことを教えてあげよう」「日本語を教えてあげよう」とあれこれちょっかいを出してくるようになった。まだ擦れていないホアさんはこれも最初のうちは簡単な単語をフランクに交わしたりと接客のタイミング内で応対していたが、ついには日本文化を教えてあげると秋葉原に誘われたり、「いつ店は終わるの?」と聞かれるようになった。親切なおじさんなんだろうと思っていたホアさんもさすがに気味が悪くなった。


「おじさんの家に行こう、日本のアニメ見ようって言われました、怖い」


 ついには帰宅途中、待ち伏せされて家に誘われたホアさんは走って逃げたという。そしてこれを機に、「お前のために言っている」とあれこれ難癖つけるクレーマーと化した。アニメを持ちかけられたのはホアさんがつい日本アニメが好きと言ってしまったこと、ちょっと作品の話をしたからだろう。おじさんは話を合わせたか、もしくは古参のオタクかもしれない。ちなみにホアさんに投げかけられた誘いの言葉、文中では「日本のアニメ」としているが男が言った作品名をホアさんが覚えていたので実際は明確である。有名なロボットアニメなのだが仮に60歳だとしてもファースト世代でありおかしくはない。それでも異国で見知らぬ客のおっさんが俺の部屋でアニメ鑑賞をしようと誘ってくるわけで、微笑ましい文化交流というより単なるホラーである。しかしホアさん、そういうのは勘弁だがクレームに関しては仕方ないという。


「日本でお客さまは神さまです。日本では仕方ないです」


 日本の文化をよく知っているホアさん、彼女なりに順応しているが、こうなると「おもてなし」文化もかわいそうでしかない。


「でも、クレームより困ることされました」


 ホアさんは困った顔で言葉に詰まる。綺麗な黒目を左右に散らせて、より小声にしてうつむき加減にこぼす。


「悪い本でいじめします。あれ困ります」


 悪い本とはどういうことか、私はもちろん察しがついたので言葉を選んで問い返すと、ホアさんもうなずく。要するに成人雑誌のことだ。昨年、コンビニから成人向け雑誌が原則、配置されなくなることがニュースになったが、加盟店の判断で今も1000店以上のコンビニで販売が続いている。そのコンビニの成人雑誌をおじさんがレジでホアさんに見せつけるように買うのだという。まあコンビニで正規に売っているわけで買うことに何の問題もないのだが、ホアさんによればあれはわざとだと言う。実際、立ち読みできないようにしているテープを剥がしてこれみよがしにあられもない見開きのままレジに出したりしたという。それも1度や2度ではないし、明らかにホアさんを選んで来ていることは当時の同僚も心配してくれていた。そんな嫌がらせも日本人店員なら気にしないかもしれないが、キスシーンすら手で顔を覆ってしまうというベトナム人の女の子からすればテロ行為である。


「日本だから仕方ないです。でも恥ずかしいです、ベトナムそういうのないです」


 ベトナムは性表現にとてつもなく厳しい。文化的にも思想的にもコンテンツとして性的なものはご法度、水着グラビアが関の山である。日本で売っているような成人雑誌はベトナムなら間違いなく罰金刑、下手すると公安に拘束される。ホアさんも年ごろの女の子、興味がないわけではないが、そういうことは好きな人とするものだと言う。ホアさんのバイトしていたコンビニは都内でも城東エリア、その手の本が充実している店はまだ多い。ホアさんの言葉をそのまま受け取るなら、おじさんはとんでもないセクハラ男である。店は守ってくれなかったのか。


「日本では悪いことじゃないです。お客さま神さまです。だから私が辞めました。怖いのは私だけだから」


 詳しい経緯は話してくれなかったが、結局その男から逃れるには店を辞めるしかなかったのだろう。客を出禁にしてまで守る店もあるが、大半はのらりくらり、本部も含めてよほどの犯罪行為でもない限り対処しないのが現実だ。言い方はあれだが店長や責任者の当たり外れという部分もある。はっきり言っておじさんの行為はストーカーそのものだが、警察が動くほどの法には触れていない。ホアさんは辞めて逃げるしかなかったということか。実はこの取材、最初はコンビニで働く外国人留学生の取材の一環だったが、モンスター客による女性店員の事件化されない日常の被害についての話に変わってしまった経緯がある。


「日本にいるから日本に従います。あたりまえのこと」


 外国人留学生のほとんどは礼儀正しく真面目な子たちだ。そもそも日本で凶悪犯罪に手を染める外国人はごくわずかで総検挙人員の2%前後、これはほぼ横ばいで変わりがない。ましてこれは日本人には適用されない入管法違反(特別法犯の約8割)も含めての話である。


「いつかベトナム人にもっと日本のアニメ見せたいです。ベトナムも作ることできます」


日本の男の人、もっと紳士になるべき


 将来は大好きな日本のアニメをもっとベトナムに紹介したいというホアさん、ほとんどの日本にいる留学生の本音がアメリカやEUの西側先進国に行きたかったのに、という現実を鑑みればありがたい話である。それなのにホアさんには本当に申し訳なく思う。運悪くコロナ禍に失策を続ける日本に来てしまい、あまつさえコロナより恐ろしいホアさん命名の「アニメおじさん」(ホアさんはバカにしているわけではなく純粋にそのまま呼んでいるだけ)につきまとわれてしまった。おじさんは娘ほど年の離れたホアさんに恋をしてしまったのか。ホアさんは黒髪に大きな瞳にきりりとした太眉で月の砂漠のお姫さまのよう。魅力的なのは間違いないが、こんな理不尽な目に遭う道理はない。こんな目に遭って日本を嫌いにならなければいいが。


「アニメイトある。日本好き」


 なるほどありがとう。どうか存分にクールジャパンを満喫して、日本語をたくさん覚えて欲しい。がんばってN2(日本語能力検定のレベル。5段階でN2は上から2番め、まともな大学の正科生になるにはこのあたりが求められる)を取得したいとホアさん自身もやる気満々だ。嫌なことを話してもらったが、いま彼女は別の地域で働いている(業種は書かない)。できればメイドカフェにも挑戦したいとのことで、この愛らしい容姿ならきっと制服も似合うだろう。それにホアさんは英語ができる。インバウンドが冷え込んでいるとはいえ、接客業で英語ができる日本人、それも女の子は少ない(これもどうかと思うが)わけで、日本語さえ上達すれば大きな武器になるだろう。


「日本の男の人、もっと紳士になるべき」


 すいませんごもっともです。私があやまるとホアさんは同席した日本人の女の子と一緒に屈託なく笑う。そう、この取材、ちゃんとホアさんの友達の日本人女子が2人も同席しているのでご安心を。取材を終えてしばらくするとベディヴィエールだの宇髄さんだの、イケメンキャラクター談義が始まった。もう私のようなおじさんの居場所はない。盛り上がる3人を置いて失礼した。なるほど見知らぬ異国で奮闘するホアさんを救っているのは日本のアニメ文化とその仲間たちだ。クールジャパンは日本が誇る有名無名のクリエイターたちが何十年もかけて積み上げたもの。知的財産戦略本部なんぞで作られるものではないということか。


 ホアさんの被害は特殊な例ではない。じつは取材の過程で他の女子留学生にも同様の被害の声があった。誘いやつきまといどころか酷い事例では金額(売春婦扱い)を聞かれた女の子もいた。それも決まってやらかす連中は若い男の子ではなくおっさんやお爺ちゃんであった。1980年頃にアジア各国から日本へ来ていた「ジャパゆきさん」のイメージそのままに老いた昭和脳の日本人男性なのだろうか。いや、日本人の女子店員にも被害者はいるので、単に女性を性的に軽んじたまま老いた日本人男性ということなのだろう。上司が一般職の女の子のお尻にタッチなんて化石のような文化など、もう冗談ではすまされない社会なのに。


 もちろんクレームや客の嫌がらせが一部の不逞の輩のせいでしかないことは論を俟たないが、「お客さまは神さま」という日本人の美徳とされてきた1点に限れば、これを外国人にまで郷に従えと強制するのはあまりにかわいそうだし、行き過ぎた神接客はやめてもよいのではないだろうか。接客業は男女問わずこの「神さま」に疲弊している。国際化の中、ましてやアフターコロナを見据えた時代の転換期に於いて、日本のあたりまえが通じなくなってきていることを実感する。日本人だけでは国家が維持できないのであるなら、それは日本人同士の予定調和と「空気を読め」という悪習そのものを見直す良い機会なのかもしれない。古来、日本の外来文化の受け入れ力こそ日本の強みなのだから。


●ひの・ひゃくそう/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。2018年、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。近刊『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)寄草。近著『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。

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