田原俊彦がコロナ禍でライブ開催 声を出せない観客の反応は

9月13日(日)16時5分 NEWSポストセブン

田原俊彦の全国ツアーがスタート

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 はたして、コロナ禍のライブは成立するのか──。9月11日、あと半年足らずで還暦を迎える歌手の田原俊彦(59)が新曲『愛は愛で愛だ』(作詞・岩里祐穂、作曲・CHOCOLATE MIX、編曲・保本真吾)を引っ提げて、神奈川県の厚木市文化会館で毎年恒例の全国ツアーをスタートさせた。


『Love Paradise』と銘打った今年は全16公演の予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大により、7公演に縮小されたため、厚木が初ステージとなった。


 入場前にはアルコール消毒などが行われ、客席もソーシャルディスタンスを確保。ステージと客席の距離も離された上で、本人が登場した。通常であれば、観客は立ち上がり、大きな歓声を上げる。しかし、コロナ禍の今年は着席したままで、決して声は出さず、懸命に手を叩いて迎えた。


 そして、田原が1曲目を歌い終えると、客席から割れんばかりの拍手が数十秒間に渡って続いた。その大きさと長さは、近年の東京近郊の公演では聞かれない質と量を醸し出していた。


 例年と比べ、観客は50%以上減っている。それにもかかわらず、その音はいつも以上に会場に鳴り響き、こだました。数は半分になっても、一人ひとりの拍手は2倍、3倍もの重みを持っていた。田原はその余韻を味わった上で、2曲目を歌い始めた。その後も、魂のこもった拍手が会場を包んだ。


 今年は新曲リリースパーティーも中止になり、ツアーの開始も遅くなった。そして、会場ではマスク着用での観覧になり、声も出せない。そんな鬱憤を、ファンは多大な拍手に変え、ステージに立った本人に感謝の気持ちを現したのではないか。MCに入ると、田原も「今日はいつもより拍手が大きいね」と変化を指摘した。


 本来ならば、大声で叫ぶことで、自らの愛を伝える観客もいる。しかし、コロナ禍のライブでは許されない。いつもなら「トシちゃ〜ん!」と合いの手が入る所はペンライトが振られ、イントロ中に“コール”のある曲では田原が口元に人差し指を立て「シッ〜」のポーズを作った。観客は素直に従い、飛沫を出さないように努める。MCになると、係員がドアを開けて換気し、会館側も十分な対策を行なっていたようだ。


 田原は「いつもと違うこんな感じも好きです」と話し、バンドやダンサーとともに抗体検査を受けて「陰性」の判定が出たことも明かした。8月29日開催の配信ライブは無観客だったため、違和感を覚えたと語り、「『夜ヒット』のマンスリーを長めにやった感じだったね。今日はこうしてみんなに会えて、嬉しいです」と感謝を述べた。


 アーティスト側からすれば、客席の半分しか埋められないコンサートを開催すれば、金銭的に厳しい状況が想定される。それでも、田原はステージに立つと決意した。そして、観客は規則をきちんと守り、いつも以上の拍手を送ることで本人を支えた。


 田原は序盤から順調に立ち上がり、コロナ禍で調整の難しいと思われた今年も、1980年代のヒット曲をほとんど当時と同じ振付で踊った。終盤、疲れの見えた場面もあったようだが、2時間15分にわたってファンを魅了。全ての曲目を終えると、俯きながら「今日は僕にとって、一生忘れられない日になりました」と真面目に語った。その後、舞台を去りながら、涙を拭くマネをしておどけ、「……はっははははははは!」と高らかに笑った。


 双方がお互いを思いやり、ルールを遵守すれば、コロナ禍でもライブは成立する。むしろ、今までと違う状況を楽しむ余裕さえ生まれる。そう実感させるステージだった。


■文/岡野誠:ライター、松木安太郎研究家、笑点研究家。田原俊彦本人へのインタビュー、野村宏伸など関係者への取材、膨大な資料の緻密な読解を通して、アイドルとしての人気絶頂からバッシング、苦境・低迷、そして現在の復活までを熱がこもった筆致で描き出した著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)が話題に。

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